ニッケル酸化物超伝導体が高温で超伝導になる理由を理論的に解明!
40年の歴史で初! 非従来型高温超伝導の理論予想が実験に先行!
研究成果のポイント
- 2023年に発見され、爆発的な勢いで世界中で研究が進められているニッケル酸化物超伝導体が、なぜ高温で超伝導になるかを理論的に解明した。
- この物質は2017年に黒木教授らのグループにより高温超伝導が予想されていたが、今回の理論 研究により、その予想の正しさが裏付けられた。
- これまで、ニッケル酸化物超伝導体が属する「非従来型高温超伝導」においては、その膨大な努力にもかかわらず理論予想が実験に先行した例はなく、今回が史上初となる。
- 現時点で超伝導の実現には高圧をかける必要がある。常圧で同様の現象を示す物質を見つけることで、基礎研究・応用研究に極めて大きな展望が開ける。
概要
大阪大学大学院理学研究科の黒木和彦 教授と越智正之 准教授らの研究グループは、鳥取大学学術研究院工学部門の榊原寛史 准教授との共同研究により、ニッケル酸化物La3Ni2O7(図1:左)について、圧力下で最大超伝導転移温度(Tc)=80Kの高温超伝導が発現する要因を理論的に解明しました。La3Ni2O7は、2017年に黒木教授らによって高温超伝導が発現する可能性が指摘されており(M. Nakata et al., Phys. Rev. B 95, 214509 (2017) 以下, 論文Aとします)、今回の理論研究は、より詳細な計算により、論文Aの理論予想を裏付けたことになります。
高温超伝導の歴史は銅酸化物に始まり、鉄系超伝導、超高圧下における水素化物(典型的に200万気圧の圧力下でTc >200 K)と続いてきました。水素化物と、銅酸化物や鉄系超伝導との大きな違いは、超伝導の発現機構にあります。前者は「従来型超伝導」に属しており、原子の振動が超伝導発現に重要な役割を果たすのに対し、後者は「非従来型超伝導」と呼ばれ、電子間に働く強い反発力が超伝導発現の起源に深く関わっていると考えられています。従来型超伝導の理論研究の歴史は古く、高度に成熟しているため、水素化物の高圧下高温超伝導は、理論的に予想されてから実験的に実証されました。一方、これまで非従来型高温超伝導においては、その膨大な努力にもかかわらず、理論予想が実験に先行した例はありませんでした。今回の理論研究で、黒木教授らの論文Aが、実験に先んじてLa3Ni2O7における非従来型超伝導を予想していたことが裏付けられたことにより、史上初めて、非従来型高温超伝導において、理論予想が実験に先行したことになります。
本研究成果は上記の黒木教授、榊原准教授、越智准教授の他に、2019-2021年に大阪大学大学院理学研究科修士課程に在学して、本研究に関する源流的な研究を行っていた北峯尚也氏との共同研究です。また、研究遂行に際し日本学術振興会科学研究費助成事業(22K03512, 22K04907)の支援を受けました。発表論文は2024年3月4日にアメリカ物理学会が発行する「Physical Review Letters」(インパクトファクター=8.6)に掲載されました。
図1. 左:La3Ni2O7の結晶構造。右:超伝導に重要であると考えられる原子軌道を抜き出して描いたもの。
研究の背景
銅酸化物における高温超伝導の発見は、その翌年に異例の速さでノーベル物理学賞を受賞していることからもわかるように、科学史上に残る金字塔です。黒木教授らのグループは、2000年代初頭から、銅酸化物を上回るTcを実現するための方策を研究してきました。理論模型の範囲では高いTcを実現することが可能でも、それを現実の物質で実現することは容易ではありません。様々な検討を重ねた結果、黒木教授らは、2017年の論文Aにおいて、La3Ni2O7が、理想な理論模型そのものではないにせよ、それに近い状況を実現しうることを見出しました。その6年後の2023年5月、中国の中山大学のグループが、プレプリントサーバーarXiv上で、La3Ni2O7が圧力下において、最大Tc =80Kの高温超伝導を示すことを発表し、同9月にNature誌に出版されました(H. Sun et al., Nature 621, 493 (2023))。この論文がarXivに5月に現れて以降、黒木教授、榊原准教授、越智准教授は共同研究を開始し、6月にはarXivに論文を発表しました。以降、膨大な数の関連する実験、理論の論文がarXiv上に発表されており、研究は世界的な活況を呈しています。
研究の内容
ニッケル酸化物La3Ni2O7は、ニッケルと酸素が構成する二次元平面を二層重ねた構造を一つの単位として結晶が構成されています。それゆえ、「二層型」と呼ばれます。圧力下で高温超伝導を示すため、本研究では、圧力下の電子状態を正確に記述する理論模型を構築しました。このような理論模型に対して、多電子系の問題を扱うことができるある種の理論計算を施すことによって、黒木教授と榊原准教授はこれまで、銅酸化物におけるTcの物質依存性や、別の種類のニッケル酸化物超伝導体(Nd,Sr)NiO2においてTcが低くなる理由などを解明してきました。この理論手法においては、理論的なTcと正相関する量(ここではlと呼びます)を計算し、lの大小により理論的Tcの高低を論じます。今回、この手法を用いて圧力下におけるLa3Ni2O7を解析したところ、lの値としてTc =80Kと整合する結果を得ました。
図2に理論的に計算されたlと実験的に観測されるTcを各種非従来型超伝導体に対してまとめました。各種銅酸化物や(Nd,Sr)NiO2も含め、理論的なTcと実験的に観測されるTcの高低が整合していることは理論の信頼性の高さを示しています。
そして、La3Ni2O7の高いTcの起源は、(i)超伝導にとって重要なニッケルの原子軌道の層間の電子的結合が強いこと(すなわち、層と層の間で電子が行き来しやすいこと、図1:右)、また、(ii)その重要な原子軌道一つあたり、平均して約一つの電子が存在していることが重要であることがわかりました。2017年の黒木教授らの論文Aの研究においては、今回の研究ほどの定量性を持った計算は行われていませんでしたが、「La3Ni2O7においては上記(i)(ii)の条件がそろっているため、高温超伝導発現に適している」ことが述べられており、La3Ni2O7における実験結果と今回の理論研究により、その予想が正しかったことが明らかになりました。
また、黒木教授、越智准教授、榊原准教授は、本研究の流れに乗って、三層型ニッケル酸化物La4Ni3O10の理論研究も推し進めました。その結果、二層型のLa3Ni2O7ほどではないにせよ、相対的に低めのTcを持つ銅酸化物なみの超伝導が圧力下で発現する可能性を見出しました。そこで、物質材料研究機構の高野義彦氏のグループと理論・実験の共同研究を行い、La4Ni3O10の超伝導の実証にも成功しました(H. Sakakibara, M. Ochi, Y. Takano, K. Kuroki et al., arXiv:2309.09462, 図2参照)。
図2. 理論計算と実験測定データの相関関係。三角形が本研究で調べた物質(La3Ni2O7, La4Ni3O10)を指す。円形は一層型の超伝導体を指す。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
現在までのところ、二層型、三層型ともに超伝導発現には圧力をかけることが必須です。常圧で高温超伝導を実現するにはどうすればよいか、世界中でしのぎを削って研究が行われています。実現すれば、基礎研究・応用研究に極めて大きな展望が開けることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年3月4日に米国科学誌「Physical Review Letters」に掲載されました。
タイトル:Possible High Tc Superconductivity in La3Ni2O7 under High Pressure through Manifestation of a Nearly Half-filled Bilayer Hubbard Model
著者名:Hirofumi Sakakibara, Naoya Kitamine, Masayuki Ochi, Kazuhiko Kuroki
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.132.106002
参考URL
黒木 和彦 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8db4145f2526e89b.html
SDGsの目標
用語説明
- 超伝導
金属中の電子は常温では互いに自由に運動するが、低温になると電子同士が連動して動く方が有利になるため、電子が対として運動する状態が実現する事がある。この対を発見者にちなんでクーパー対と呼ぶ。クーパー対が形成されると物質の電気抵抗が0になり、強力な電磁石になる等の様々な特殊な性質が現れる。超伝導状態になる温度は物質に強く依存し、低温でも超伝導状態にならない物質も多い。
- 銅酸化物における高温超伝導
1986年にベドノルツとミュラーによって発見された層状構造を持つ銅酸化物の総称。普通に合成すると磁性絶縁体になるが、元素置換や酸素欠損等によりキャリアをドープすると高温(最大135 K=摂氏−138度)で超伝導現象が発現する。磁気的な性質が高温超伝導発現の起源と関係があると一般に考えられている。