半導体量子ビットの高精度読み出し法を開発

半導体量子ビットの高精度読み出し法を開発

大規模半導体量子コンピュータの読み出し法の確立へ向けて

2024-10-3工学系
産業科学研究所教授大岩 顕

研究成果のポイント

  • 半導体量子コンピュータの実現に向けて、半導体スピン量子ビットの高精度読み出しが必要。
  • 従来の読み出し法を改良し、世界最高精度に匹敵する高精度読み出しを実現。
  • 既存の方法では精度低下が予想される大規模量子ビット配列においても高精度読み出しに期待。

概要

量子力学に基づいて計算を行う量子コンピュータが、スーパーコンピュータを凌ぐ計算能力を実現する次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々なハードウェア候補が研究されており、その有力候補の一つが、微小な半導体(量子ドット)に閉じ込められた電子スピン量子ビットです。現在、スピン量子ビットの高精度制御と高精度読み出し、さらに量子ドット集積化など、基盤技術の開発が急速に進められています。これまで、スピン量子ビットの読み出しについては、スピン情報を電荷情報に変換し、量子ドット近傍に設置した電荷計を用いて検出する方法が実現しています。

九州大学大学院システム情報科学研究院の木山治樹准教授、大阪大学産業科学研究所の大岩顕教授の研究グループは、量子ビット性能によらず読み出しエラーを大幅に低減可能な新たなスピン量子ビット読み出し法を考案し、これまでの世界最高精度に匹敵する高精度読み出しを実現しました。さらにこれまで、スピン量子ビットの読み出しは大規模配列においても有用な高精度読み出し法の開発が課題でした。今回研究グループが発表した手法は、大規模配列においても高精度を維持することが予想されています。今回の成果をもとに、半導体スピン量子ビット大規模配列の研究開発の促進が期待され、大規模半導体量子コンピュータの実現に向けた進展が期待されます。

本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループの科学雑誌「npj Quantum Information」に、日本時間2024年10月3日(木)午後6時(英国時間2024年10月3日(木)午前10時)にオンライン公開されました。

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図. 本研究成果による半導体量子ビット読み出し精度の向上
従来の手法(単一ラッチング法)では、読み出し精度が量子ビットの状態間エネルギー差に強く依存し、デバイスによっては読み出し精度70%を下回ってしまいます。本研究成果で開発した手法(二重ラッチング法)を用いると、どのようなデバイスであっても読み出し精度を大幅に向上させることが可能となります。

研究の背景

量子力学に基づいて計算を行う量子コンピュータが、従来のコンピュータを遥かに凌ぐ計算能力を実現する、次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々なハードウェア候補が世界各国で研究されており、その有力候補の一つが、電子のスピンと呼ばれる、磁石のような性質です。電子1個を微小な半導体に閉じ込め(これを量子ドットと呼びます)、そのスピンを情報担体として利用します。現在、スピンの向きの精密制御や量子ドットの集積化といった基盤技術の開発が急速に進められています。

量子コンピュータの基盤技術の一つが量子ビットの読み出しです。電子1個のスピンを使った量子ビット(以降、スピン量子ビットと呼びます)では、スピンの向きの情報を電荷の有無の情報に変換(スピン電荷変換と呼びます)し、その電荷情報を検出することでスピン量子ビットの読み出しが行われてきました。これまで様々なスピン電荷変換方式が報告されており、99%を超える高精度の読み出しも達成されています。しかし、高精度の読み出しを実現するには量子ドットに要求される性能や動作環境の条件が厳しく、今後の実用化へ向けた研究開発にすでに大きな制約がかかってしまっています。

研究の内容

本研究グループは、既存のスピン電荷変換方式である単一ラッチング法を改良し、スピン量子ビット性能によらず読み出しエラーを大幅に低減することが可能な新規スピン電荷変換法(二重ラッチング法)を考案しました。実際の量子ドット(図1)にこの方法を適用し、これまでの世界最高精度に匹敵する高精度読み出しを実現しました。また、従来の読み出し法は量子ドット大規模配列において読み出し精度が低下してしまうことが懸念されており、大規模配列においても有用な高精度読み出し法の開発が課題でした。今回研究グループが発表した手法は、大規模配列においても高精度の読み出しを実行可能であると提案されています(図2)。今回の成果をもとに、半導体スピン量子ビット大規模配列の研究開発の促進が期待され、大規模半導体量子コンピュータの実現に向けた進展が期待されます。

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図1. 本研究で用いたGaAs二重量子ドットの電子顕微鏡写真。量子ビット読み出しのための電荷計量子ドットも備えている。

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図2. 量子ドット2次元配列への二重ラッチング法の適用。電荷計から遠い量子ビットに対しても高精度読み出しが期待される。

今後の展開

今後は、開発した半導体スピン量子ビット読み出し法を実際の中規模量子ドット配列に適用し、高い読み出し精度が保持されることの実証を目指します。その後、さらに大きな配列における読み出しや、量子ビット制御など他の基盤技術との両立などの研究へと展開し、20~30年後の半導体量子コンピュータの実現を目指します。

特記事項

【論文情報】
掲載誌:npj Quantum Information
タイトル:High-fidelity spin readout via the double latching mechanism
著者名:Haruki Kiyama*, Danny van Hien, Arne Ludwig, Andreas D. Wieck, and Akira Oiwa
DOI:10.1038/s41534-024-00882-1

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(23H05458)、基盤研究(B)(23H01793)、挑戦的研究(萌芽)(23K17764)、テレコム先端技術研究支援センター、カシオ科学振興財団、大川情報通信基金、村田学術振興財団、マツダ財団、科学技術振興機構「ムーンショット型研究開発制度」(JPMJMS2066), カナダ国立研究機構(QSP013)、物質・デバイス領域共同研究拠点共同研究プログラム、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの支援により行われました。

用語説明

量子コンピュータ

量子力学では、異なる状態の重ね合わせや粒子間の複雑な絡み合い(量子もつれ)など、古典力学では許されない状態を取り得る。このような量子力学特有の状態をリソースとして計算に利用するのが量子コンピュータである。従来のコンピュータに比べて桁違いの処理能力を有すると期待されている。

量子ドット

ナノメートルサイズの箱のような微小空間を有する半導体デバイス。そこに電子を閉じ込めることにより、電子は量子力学で記述される離散的な状態を持つ。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。ゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。

(電子)スピン

電子が示す、上向きまたは下向きを示す磁石のような性質。電子の自転運動に対応する。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。