宇宙嵐を発達させるのは地球起源のプラズマだった

宇宙嵐を発達させるのは地球起源のプラズマだった

「あらせ」衛星が従来の学説を覆す発見

2023-10-30自然科学系
理学研究科准教授横田 勝一郎

研究成果のポイント

  • 宇宙嵐は地球近傍の宇宙空間最大の変動現象であり、人工衛星や地上の機器にも影響を及ぼすことが知られている。
  • ジオスペース探査衛星「あらせ」、米国および欧州の科学衛星による観測から、宇宙嵐の進行につれて地球起源のプラズマが宇宙嵐を駆動していることが明らかになった。
  • 今回の結果は、「宇宙嵐は太陽起源のプラズマが引き起こす」という従来の説を大きく覆すとともに、太陽地球系結合過程において、地球が能動的な役割を果たしている新たな描像を提示するものである。

概要

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所のリン キスラー 教授(兼:米国ニューハンプシャー大学教授)、三好 由純 教授、堀 智昭 特任准教授らは、宇宙航空研究開発機構の浅村 和史 准教授、篠原 育 教授、東京大学大学院理学系研究科の笠原 慧 准教授、桂華 邦裕 助教、大阪大学大学院理学研究科の横田 勝一郎 准教授、及び米国研究者との国際共同研究で、宇宙嵐を引き起こしているのは、従来考えられてきた太陽起源のプラズマよりも、地球起源のプラズマが主要因であることを発見しました。

研究チームは、国際協力によって、日本の「あらせ」衛星、米国 NASAや欧州ESAの合計4機の科学衛星のデータを用いて解析しました。その結果、地球近傍の宇宙空間(ジオスペース)で、太陽と地球起源のプラズマの組成を分離することに初めて成功し、宇宙嵐の発生時に、地球磁気圏のプラズマが太陽起源から地球起源へと変化することを発見しました。また、宇宙嵐の発達において、はじめは地球起源の水素イオンが支配的であり、その後、地球起源の酸素イオンが宇宙嵐の主要因となることも同定しました。これは、従来考えられてきた太陽起源のイオンだけでなく、地球起源のイオンも、宇宙嵐の発達に大きく影響することを示しています。

宇宙嵐のときには地球周辺の宇宙環境が大きく変化し、人工衛星に障害が生じたり、地上で強い電流が流れたりして送電網に影響が及ぶことがあります。本研究は、宇宙嵐による宇宙環境の変化を理解したり、宇宙嵐を予測したりするためには、太陽からのプラズマだけではなく、地球からのプラズマの挙動を正確に理解する必要があることを示しており、これまでの宇宙嵐の理解に大きな変革を迫るものです。

本研究成果は、2023年10月30日午後7時(日本時間)付イギリス科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

研究背景と内容

(宇宙嵐とは)
ジオスペースと呼ばれる地球の周りの宇宙空間には、地球の磁場の勢力範囲(磁気圏)が存在し、そこには電気を帯びた荷電粒子(プラズマ)が存在しています。このプラズマの起源の一つは、太陽からやってくる太陽風と呼ばれるプラズマで、プラズマシートと呼ばれる地球の夜側の領域に侵入した後、内部磁気圏と呼ばれる地球近傍まで運ばれてきます。一方、地球の超高層大気(電離圏)にもプラズマが存在しており、水素イオンや酸素イオンが宇宙空間へと流出することが知られています(図1)。

太陽の爆発に伴って、太陽風の密度や速さ、また磁場の強さは大きく変化します。太陽風が特に激しくなると、ジオスペースは「宇宙嵐(スペースストーム)」と呼ばれる状態になり、荷電粒子の増加に伴って、激しいオーロラ活動が地球のいろいろな場所で見えたり、また超高層を強い電流が流れたりします。特に強い宇宙嵐が起こると、人工衛星の機能障害や、GPSの測位精度の低下、さらには地上での停電など、私たちの日常生活にも大きな影響が及びます。そのため、宇宙を安全に利用していくために「宇宙嵐」の研究は不可欠であり、宇宙天気研究の最重要課題です。

これまで宇宙嵐の発達には、太陽風に含まれる水素イオンが、内部磁気圏で大きく増えることで発生すると考えられてきました。一方、地球起源のプラズマにも水素イオンが含まれています。しかし、太陽風起源の水素イオンと地球起源の水素イオンを分別することができないために、地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響はわかっていませんでした。

(日米欧科学衛星の連携観測と、新たな解析手法の開発)
研究グループは、2017年9月7日-10日に発生した宇宙嵐について、JAXAのジオスペース探査衛星「あらせ」、NASAの科学衛星「MMS (Magnetospheric Multiscale)」、太陽風を観測する「Wind」、ESA(欧州宇宙機関)の科学衛星「Cluster」の日米欧の科学衛星を組み合わせた解析を進めました。「あらせ」衛星は、2016年に打ち上げられ、宇宙嵐の発達過程の解明を目指して観測を続けています。

太陽風からやってくるイオンと地球起源のイオンを区別するために、研究グループは、太陽風中に含まれているアルファ粒子(2価の電荷をもつヘリウムイオン)に注目しました。このアルファ粒子は、太陽風中にのみ存在し、地球起源のプラズマの中には見られないものです。太陽風とジオスペースの中で、水素イオンとアルファ粒子の割合を計測することで、太陽風の水素イオンと地球起源の水素イオンを区別した議論が可能となります。研究グループは、「Wind」衛星が計測する太陽風中、「MMS」衛星が観測する高度40000 kmから80000 km付近、そして「あらせ」衛星が観測する高度40000 km以下の領域について、水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の比較を行いました。ここでは特に、宇宙嵐の発達にとって重要となる高度40000 km以下の内部磁気圏領域での「あらせ」衛星の観測が要となりました(図1)。

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図1. 日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、太陽風起源ではなく、地球起源の水素イオンと酸素イオンが宇宙嵐を引き起こしていることが発見された。

(地球起源のイオンが宇宙嵐を起こしていることを発見)
結果を図2に示します。上図は、宇宙嵐の発達の発達を示したもので、特に9月8日付近で宇宙嵐が大きく発達していることがわかります。中図は、「あらせ」衛星が観測した内部磁気圏での水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度、また下図は、「Wind」衛星、「MMS」衛星、「あらせ」衛星が観測した水素イオンとアルファ粒子の割合を示します。「あらせ」衛星が観測した水素イオンとアルファ粒子の割合が「Wind」衛星に近ければ、「あらせ」衛星が観測している水素イオンは太陽風起源、逆に大きく異なる場合には地球起源と言えます。9月7日の20時までは「あらせ」衛星が観測していた水素イオンは太陽風起源でした。しかし、21時以降、宇宙嵐の発達とともに、Wind衛星と「あらせ」衛星が観測した割合が大きくずれはじめ、「あらせ」衛星が観測している水素イオンは地球起源であることが明らかになりました(図2下)。さらに宇宙嵐が進んでいくと、地球起源の酸素イオンの量が増え始めて水素イオンの量を上回り、宇宙嵐の発達に主に寄与していることも明らかになりました(図2中)。

図2. 上) 宇宙嵐の大きさを示す指数(単位は nT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示す。9月8日01:00に、宇宙嵐が最も強く発達した。
中)「あらせ」衛星が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることが分かる。
下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、あらせ衛星(青)で計測した結果。青線が黒線と重なった場合は太陽風起源であることを、黒線とずれた場合は地球起源であることを意味する。9月7日の20時までは、内部磁気圏のイオンは太陽風起源が主であったが、その後、宇宙嵐の発達とともに地球起源のイオンが主となっていることが分かる。

(結果)
この結果は、
1) 宇宙嵐を起こしているプラズマは、これまで考えられてきた太陽風起源ではなく地球起源の水素イオンが主成分であること
2) さらに宇宙嵐が進行すると、主成分が地球起源の水素イオンから酸素イオンへと変化すること
を示すものです。

成果の意義

(学術的意義)
本研究では、太陽風とジオスペースの相互作用において、ジオスペース中のプラズマの組成に焦点を当て、その変化が宇宙嵐の発達に伴いどのように変化するかを、独自の解析手法によって明らかにしました。

地球近傍の宇宙空間の環境変化は、太陽と地球の相互作用によって生じるものですが、これまでは太陽風の影響に対して、地球は主に受動的に応答すると考えられてきました。しかし、今回の結果は、地球起源のイオンが宇宙嵐発達の主要因を担っていることを示すものであり、従来の太陽地球系結合過程の概念の変革を迫る新たな知見です。

(宇宙天気予報の精度向上を通した社会課題解決への貢献)
宇宙嵐の予測は、宇宙天気研究の最重要課題ですが、これまでは太陽風の影響を予測することが重要視されてきました。本研究の結果は、宇宙嵐の発達過程の理解には、地球起源のイオンの影響も評価することが必要であることを示すものであり、宇宙嵐の予測研究においても、太陽風だけではなく、地球大気の影響を組み込んでいくことが必要であることを示唆するものです。

特記事項

【論文情報】
雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: The variable source of the plasma sheet during a geomagnetic storm (宇宙嵐におけるプラズマシートの組成変化)
著者:    
Lynn Kistler: 名古屋大学宇宙地球環境研究所/米国ニューハンプシャー大学 教授
浅村 和史:宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 准教授
笠原 慧:東京大学大学院理学系研究科 准教授
三好 由純:名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授
C. G. Moukis:米国ニューハンプシャー大学 研究准教授
桂華 邦裕: 東京大学大学院理学系研究科 助教
S. M. Petrinec:ロッキードマーチン先端技術センター 研究員
M. L. Stevens:ハーバードスミソニアン天文センター 研究員
堀 智昭:名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任准教授
横田 勝一郎:大阪大学大学院理学研究科 准教授
篠原 育:宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授
DOI: 10.1038/s41467-023-41735-3

用語説明

宇宙嵐

太陽面での爆発などに伴って起こる地球近傍の宇宙空間での最大の変動現象。地球周辺に強い電流が流れるとともに、宇宙放射線の量も大きく増える。また、超高層大気の状態も大きく変化する。そのため、人工衛星の運用や通信、測位、電力網に影響が出ることもある。

ジオスペース探査衛星「あらせ」

2016年12月に打ちあげられたJAXAの科学衛星。宇宙嵐の変動過程、およびヴァン・アレン帯電子の加速・消失機構の解明を主目的としている。イオンについては10 eV/qから180 keV/qまでイオン種を分別した観測が可能であり、特に水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子を区別した観測を実現したことが、今回の発見に結び付いた。また、あらせ衛星に関するサイエンスセンターが、JAXA宇宙科学研究所と名古屋大学宇宙地球環境研究所によって運営されている。 (https://ergsc.isee.nagoya-u.ac.jp)

地球起源のイオン

地球の超高層大気に存在する水素イオンや酸素イオンは、宇宙空間に流出しており、ジオスペースでも観測される。

太陽風

太陽からやってくるプラズマ。水素イオンと電子からなる。また、わずかな量であるが、二価のヘリウムイオン(アルファ粒子)も存在する。