骨格筋はわずかな温度の変化を敏感に感じてパフォーマンスを向上させる!

骨格筋はわずかな温度の変化を敏感に感じてパフォーマンスを向上させる!

ウォーミングアップの効果をタンパク質レベルで解明

2023-10-24生命科学・医学系
蛋白質研究所准教授鈴木 団

概要

東京慈恵会医科大学細胞生理学講座の福田紀男准教授と量子科学技術研究開発機構(QST)高崎量子応用研究所の石井秀弥研究員、大山廣太郎主幹研究員、大阪大学蛋白質研究所の鈴木団准教授らを中心とする共同研究チームは、骨格筋が心臓よりも温度の変化に敏感に反応することを明らかにしました。

私たちの身体を動かす筋肉(骨格筋)は、神経からの電気信号に応じて、筋細胞内のタンパク質が活性化して収縮します。本研究グループはこれまで、筋収縮の温度感受性を精密に評価できる顕微解析法を開発し、筋肉から抽出して精製した主要なタンパク質を用いることで、心臓が体温付近で効率よく収縮できる性質を備えていることを明らかにしてきました。しかし、骨格筋の温度と関わる性質は良く分かっておらず、心臓とどのように違うのかについても不明でした。

そこで本研究では、骨格筋と心筋の精製タンパク質を用いて筋収縮システムを再構成し、両者の性質の違いを調べました。そして骨格筋の筋収縮システムが、心臓の筋収縮システムよりも約2℃高くないと活性化しない一方で、体温付近では、温度の上昇に対して心臓よりも1.6倍ほど鋭敏に応答することが分かりました。この結果は、常に拍動している心臓とは異なり、骨格筋には「不要な時は動かず、必要な時は必要な力を瞬時に出す性質」が備わっていることを示唆します。本成果は、運動前のウォーミングアップが筋肉のパフォーマンスを高めるメカニズムを、タンパク質のレベルで新たに説明するものです。また、筋肉のタンパク質が温度センサーとして機能するという事実の発見は、骨格筋を温めることで機能を向上させる温熱療法へと発展し、今後迎える超高齢化社会への一助となることが期待されます。

研究成果は米国の生理学雑誌「Journal of General Physiology」に 2023年10月23日23時(日本時間)にオンライン掲載されました。

研究の背景

私たちが身体を動かす際に起こる骨格筋の収縮は、筋細胞に届く電気的な刺激によって、細胞内カルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇することで始まります。この筋収縮は、力を発生するミオシン分子が、「細いフィラメント」とよばれるフィラメントを綱引きすることで起こります。細いフィラメントとは、アクチン分子を主とする「アクチンフィラメント」に「トロポニン・トロポミオシン複合体」などが結合したフィラメントです(図1)。筋肉が弛緩しているときには細胞内Ca2+濃度は低く、トロポニン・トロポミオシン複合体がアクチンフィラメントとミオシン分子の相互作用を阻害しています(OFF状態)。電気的な刺激によって細胞内Ca2+濃度が上昇すると、この筋収縮のスイッチを担うトロポニン・トロポミオシン複合体にCa2+が作用し、アクチンフィラメントにミオシン分子が結合できる状態(ON状態)になることで、筋収縮が始まります。

このCa2+シグナルによる収縮制御のメカニズムに加え、本研究グループはこれまでに、温度上昇(熱シグナル)にも心臓の筋収縮を誘導する作用があることを報告してきました(Ishii et al., 2019, 過去のプレスリリース:体温において心臓が効率良く拍動するメカニズムの一端を解明)。これは、加熱された細いフィラメントは低Ca2+濃度にも関わらずON状態になるというものです。それならば、骨格筋にも同様の温度センサーが備わっているのでしょうか?もしあるとすれば、その感度や仕組みは心臓と同じなのでしょうか?

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図1. 筋肉の階層構造と細いフィラメントの活性化。筋肉が弛緩する低Ca2+濃度では、トロポニン・トロポミオシン複合体がアクチンフィラメントとミオシン分子の相互作用を阻害する(OFF状態)。細胞内Ca2+濃度が上昇すると、トロポニン・トロポミオシン複合体にCa2+が作用し、アクチンフィラメントにミオシン分子が結合できる状態(ON状態)になることで、筋収縮が始まる。加熱された細いフィラメントは低Ca2+濃度にも関わらずON状態になる。

研究の手法

本研究では骨格筋と心筋の温度感受性を調べるために、精製したタンパク質だけで筋収縮を再現できる「in vitro 滑り運動系」を利用しました。これはアクチン、トロポミオシン、トロポニンから細いフィラメントを再構成し、ガラス基板上に接着させたミオシン分子と相互作用させることで、筋収縮システムの活性を評価する手法です(図2A)。蛍光標識した一本一本の細いフィラメントの動き(滑り運動)を蛍光顕微鏡で観察することで、細いフィラメントのON-OFF状態変化を見分けることができます(図2B)。光熱変換顕微鏡によって局所的な温度勾配を形成することで、様々な温度に加熱されたフィラメントの様子を同一視野内で観察しました。

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図2. (A)実験系の模式図。ガラス基板上に接着させたミオシン分子と細いフィラメントが相互作用することで滑り運動がおこる。水を加熱するための赤外レーザー光を集光することで、観察視野内に局所的な温度勾配を形成し、様々な温度における細いフィラメントの滑り運動を観察することで、筋収縮システムの温度感受性を評価した。(B)低Ca2+濃度(10-9 mol/L)で停止している骨格筋の細いフィラメントが、レーザー加熱により滑り運動を開始する様子。レーザー照射をやめると、再び滑り運動は停止した。

研究の成果

骨格筋の筋収縮システムを再構成し、筋弛緩時と同程度の低Ca2+濃度(10-9 mol/L)で加熱実験を行ったところ、32.5℃以上で半数以上のフィラメントが動き始めました(図3A)。この閾値は心臓の筋収縮システムに比べて約2℃高く、温度上昇に対する移動速度の上昇率から算出した温度感受性も骨格筋の方が1.6倍高いことがわかりました(図3B)。これは、心筋に比べて骨格筋の筋収縮システムは体温付近の温度変化に対して鋭敏に応答することを示唆しています。私たちが生きてゆく上で、心臓は恒常的に働き続けることを求められるのに対し、骨格筋は必要に応じて最大のパフォーマンスを発揮することが求められます。この生理的機能の違いを考えると、それぞれ理にかなった温度感受性を持っていることがわかります。

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図3. (A)低Ca2+濃度における温度と動いている細いフィラメントの割合との関係。T50は半数以上のフィラメントが動きはじめた温度を意味する。(B)低Ca2+濃度における細いフィラメントの滑り運動の活性度と温度との関係。高Ca2+濃度(10-4 mol/L)による活性度を1に規格化した。赤は骨格筋の収縮システム、青は心筋の収縮システム。

さらに、ミオシンと細いフィラメントの組み合わせを変えて実験を行うことで、骨格筋、心筋それぞれのミオシンと細いフィラメントの温度感受性が異なることを明らかにしました。骨格筋ミオシンは心筋ミオシンに比べて温度感受性が低いものの、骨格筋の細いフィラメントは心筋のものに比べて温度感受性が高いために、骨格筋の筋収縮システムは心筋より温度感受性が高いことが分かりました(図4)。

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図4. 本成果が明らかにした骨格筋と心筋の細いフィラメント、ミオシン、収縮システム全体の温度感受性の大小関係。骨格筋ミオシンは心筋ミオシンに比べて温度感受性が低いものの、骨格筋の細いフィラメントは心筋のものに比べて温度感受性が高いために、骨格筋全体の筋収縮システムの温度感受性は心筋のそれよりも高い

本研究成果の意義

今回の結果は、骨格筋の2つの役割である筋収縮と熱産生の相乗効果を明らかにしたものです。運動前のウォーミングアップは、細いフィラメントを活性化することで筋肉のパフォーマンスを高めている、と考えることができます。また、熱中症などの高体温時には細いフィラメントが活性化し過ぎてしまい、骨格筋の熱産生が上がることで、さらなる体温上昇を起こしてしまう可能性も考えられます。

本共同研究グループは、私たちヒトを含め、生き物の内部で産生される熱に着目しています。産生された熱が環境へ散逸する過程では、体温が上昇するだけでなく、もしかすると細胞内の様々なシステムに影響し、システムの働きを補助したり、制御しているのではないかという仮説を立て、これを実験的に検証する研究を進めてきました(関連する過去のプレスリリース参照)。そして、この隠された熱の役割を「熱(サーマル)シグナリング」と呼ぶことを提案しています。より大きなスケールにおいて、生き物が知覚する環境温度への応答が「温度シグナリング」と呼ばれるのと、対になる言葉です。筋肉は、収縮と熱産生の2つの機能を含む、特殊な臓器と言えます。今回の発見から、筋肉の2つの機能が、細胞という微小な領域において、「熱シグナリング」を介して密接に結びついていることが、再確認されました。

これまで「電気刺激→Ca2+シグナル→筋収縮」の仕組みを活かした医療機器開発や筋トレーニング・リハビリテーションの技術開発が進んだように、本成果は「熱シグナル→筋収縮」に基づいた新しい温熱療法、健康医療のための技術開発の扉を開くことが期待されます。

特記事項

<論文情報>
雑誌名:Journal of General Physiology
論文名:Myosin and tropomyosin-troponin complementarily regulate thermal activation of muscles
執筆者名:Shuya Ishii (石井秀弥)1,2,*,#, Kotaro Oyama (大山廣太郎)1,2,*, Fuyu Kobirumaki -Shimozawa (小比類巻生)2, Tomohiro Nakanishi (中西智博)2, Naoya Nakahara (中原直哉)2, Madoka Suzuki (鈴木団)3,#, Shin’ichi Ishiwata (石渡信一)4, Norio Fukuda (福田紀男)2,# (*共同第一著者; #共同責任著者)
著者所属:1: 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構、2: 東京慈恵会医科大学、3: 大阪大学、4: 早稲田大学
DOI:10.1085/jgp.202313414

なお本研究は JSPS 科学研究費、内藤記念財団、山田科学振興財団、三菱財団、大阪大学の助成を受けて行われたものです。

引用文献

Ishii S., Oyama K., Arai T., Itoh H., Shintani SA., Suzuki M., Kobirumaki-Shimozawa F., Terui T., Fukuda N., Ishiwata S. J Gen Physiol 151(6): 860–869 (2019), Microscopic heat pulses activate cardiac thin filaments.

関連する過去のプレスリリース等

体温において心臓が効率良く拍動するメカニズムの一端を解明
https://www.jikei.ac.jp/news/press_release_20190423.html
https://www.waseda.jp/top/news/64616
https://www.qst.go.jp/site/press/24243.html

胎児の神経を形作る仕組みは精密な温度センサー
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20211109_1

熱中症の発症予測・メカニズム解明にも寄与―タンパク質の過敏な熱応答で体温上昇が止まらない!
悪性高熱症の熱産生暴走メカニズム
https://www.jikei.ac.jp/news/press_release_20220808.html
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220808_2
https://www.qst.go.jp/site/press/20220808.html

メディア掲載
日本経済新聞 2019年5月6日 朝刊 「体温に反応して心臓の収縮変化」

用語説明

光熱変換顕微鏡

水を加熱する赤外レーザー光を対物レンズで集光することで、同心円状の温度勾配を観察視野内に形成できる顕微鏡。レーザー光照射を電動シャッターで制御することで、約0.5秒以内に温度勾配を形成・消失させることができるため、同一フィラメントの加熱前・加熱中・加熱後の状態変化を観察することができる。