k-mer法を用いた ゲノム編集ジャガイモ中の外来DNA検出法を開発
ゲノム編集ジャガイモの実用化に資する新検出法
研究成果のポイント
- ゲノム編集生物の拡散防止措置なしでの利用には、使用するゲノム編集生物について外来の核酸(DNA) が残存していないことを確認し、官庁へ必要な情報を提供する必要がある。
- これまで、ゲノム編集ジャガイモの外来DNA検出には PCR 法、サザンハイブリダイゼーション法が利用されてきた。
- 次世代シークエンス (NGS) を用いた k-mer 解析により、ゲノム編集ジャガイモ中の外来DNAを検出可能なことを示した。
- ジャガイモにおける新たな外来遺伝子検出法が加わったことで、外来DNAの残存しないゲノム編集ジャガイモの実用化の加速が期待される。
概要
大阪大学大学院工学研究科の安本周平助教、村中俊哉教授の研究グループは、ハイスループットシークエンス(次世代シークエンス、NGS)技術を使用することで、ゲノム編集ジャガイモ中の外来核酸を検出できることを示しました。これにより、外来DNAの残存しないゲノム編集ジャガイモを選抜することが可能な、ゲノム編集ジャガイモ中の外来DNA検出法が新たに加わることとなります。
これまでにゲノム編集ジャガイモ中の外来DNAの検出法としては、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法などが知られていましたが、数十塩基程度の短い DNA 断片を網羅的に解析する面での課題がありました。
今回、安本助教らの研究グループは、農研機構の研究者らが開発した k-mer 法を使用することで、ゲノム編集ジャガイモ中の短い外来DNAを検出することに成功しました。これにより、外来遺伝子の残存しないゲノム編集ジャガイモを選抜することが可能な検出法が加わり、ゲノム編集技術を用いたジャガイモの開発・育種が加速することが期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Scientific Reports」に、8月9日(水)18時(日本時間)に公開されました。
図1. ゲノム編集したジャガイモのサンプルにおいて、用いたベクター配列上の各位置(横軸)で検出されたk-mer の数とG検定の結果。1%水準で有意な k-mer は赤色で示す。
研究の背景
ゲノム編集は生物に新たな形質を高効率に付与できる強力な手法です。農作物においても、従来の育種技術では作出が難しい新たな系統を作出することが期待されています。これまでに、大阪大学大学院工学研究科などの研究グループは生合成酵素遺伝子をゲノム編集によって破壊することで、有毒なステロイドグリコアルカロイド (SGA) を低減させたジャガイモを開発しています。日本国内では、外来核酸(DNA)の残存しないゲノム編集生物は、必要な情報を主務官庁へ届け出ることで、拡散防止措置をとることなく、ゲノム編集生物を使用することができます。ゲノム編集ジャガイモにおいて外来DNAを検出するための手法として、これまでは PCR 法やサザンハイブリダイゼーション法が用いられていました。これらの手法は外来DNAを高精度に検出できる一方、短い外来DNAを網羅的に確認する面での課題がありました。農研機構の研究者らによって開発された k-mer 法は、ハイスループットシークエンス技術を使用して取得した大量の全ゲノム配列データから、ゲノム編集に使用したプラスミドの断片配列と同一の配列をカウントし、野生型のデータと比較することで、ゲノム編集生物中に含まれる外来DNAを検出します。k-mer 法のジャガイモへの応用は報告されていませんでした。
研究の内容
安本助教らの研究グループは、ジャガイモ中の外来遺伝子の検出にk-mer 法が適用可能かを明らかとするために、コンピューターシミュレーションによる解析を実施しました。これは、20塩基の外来DNAが挿入された四倍体のジャガイモゲノム情報をコンピューター上で作成し、NGSデータのシミュレーション、k-mer 解析を実施することで行われました。その結果、ジャガイモゲノムの30倍以上のデータ量を使用することで、20塩基という短い外来DNAを 100% の確率で検出できることが明らかとなりました。
次に、先行研究で作成されたゲノム編集ジャガイモから取得したゲノム DNA から実際に NGS データを取得し、k-mer 法による外来DNAの検出を試みました。その結果、ポジティブコントロールである外来遺伝子を持つゲノム編集ジャガイモ系統中の外来遺伝子の検出に成功しました (図1)。興味深いことに、1つのゲノム編集系統ではゲノム編集に使用したプラスミド DNA 上の配列が断片的に検出されました。そのうちの 150 塩基対の短い断片について PCR 法による確認を実施したところ、その系統特異的に外来 DNA の増幅が検出されたことから、k-mer 法によっても、ゲノム編集ジャガイモ中の外来遺伝子を検出することが可能であることが明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
SDGs への貢献が期待できることから、ゲノム編集を用いたジャガイモの育種は世界的にも大きな関心が寄せられています。これまでに利用されてきた PCR 法やサザンハイブリダイゼーション法に加えて新たに k-mer法が外来DNAの検出に利用可能となり、残存性の評価が可能となります。それによって、ジャガイモ育種におけるゲノム編集技術の普及が期待できます。
特記事項
本研究成果は、2023年8月9日(水)18時(日本時間)に国際科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Foreign DNA detection in genome-edited potatoes by high-throughput sequencing”
著者名:Shuhei Yasumoto and Toshiya Muranaka
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-38897-x
なお、本研究は、農林水産省委託プロジェクト研究・ゲノム編集技術を活用した農作物品種・育種素材の開発(国民理解促進のための科学的知見の集積)の一環として行われました。また、本研究で実施したコンピューターシミュレーションの一部は情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステムを利用しました。
なお、本研究論文では20塩基までの外来DNA検出が可能であるとしましたが、これはゲノム編集生物の規制対象に20塩基までの検出を行うべきと主張するものではなく、あくまでも、一定の条件下での技術的限界を検討した結果です。また、本研究で使用したゲノム編集ジャガイモは、現在野外栽培試験を実施している系統とは異なるものです。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ハイスループットシークエンス (次世代シークエンス、NGS) 技術
サンプル中の塩基配列を網羅的に、高速に読み出す技術です。広く用いられるショートリード法では100-200塩基程度の DNA 断片を数百万以上、一度の解析で読み取ることができます。
- ゲノム編集
2020年にノーベル賞を受賞した技術で、生物の設計図であるゲノムの配列を書き換えることができる。TALEN や CRISPR/Cas9 といった人工制限酵素を細胞内で発現させ、標的の遺伝子に高効率で変異を導入することができます。高等植物でゲノム編集を行う場合は、一般的に、人工制限酵素を合成するための外来核酸 (DNA や RNA) を導入する必要があります。ゲノム編集によって導入される変異は従来の育種技術で導入される突然変異と見分けがつかないため、最終的なゲノム編集生物に外来核酸が残存していない場合、必要な手続きをとることで、カルタヘナ法上の遺伝子組換え生物等に該当しない、つまりカルタヘナ法上の規制の対象外として扱うことが可能となります。カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)は遺伝子組換え生物等の使用について、生物の多様性への悪影響が及ぶことを防ぐために、遺伝子組換え生物等を使用する際の規制を定めたものです。
- PCR 法
ポリメラーゼ連鎖反応 (Polymerase chain reaction) 法は、プライマー DNA と耐熱性 DNA ポリメラーゼ (酵素) によって、特定塩基配列を指数関数的に増幅させる手法です。生物学、検査・診断、犯罪捜査など幅広い分野で利用されています。
- サザンハイブリダイゼーション法
サンプル中の特定の DNA と似た配列を検出することができる手法です。サンプル DNA を制限酵素により断片化し、アガロース電気泳動により分離、DNA を適当なメンブレンへ転写後、検出したい DNA 配列のプローブと反応させることで、特定の核酸配列を検出することができます。
- k-mer 法
農研機構の研究者らによって開発された、外来性 DNA の検出方法です (Itoh et al., Scientific Reports 10:4914, 2020)。ゲノム編集個体の全ゲノムを解読した NGS データを、ベクターなどの外来性 DNA と比較照合することで、外来性 DNA を効率よく検出できます。これまでに、イネやコムギ、ダイズにおいて利用の実績がありましたが、ジャガイモでの利用は報告されていませんでした。
- 有毒なステロイドグリコアルカロイド (SGA) を低減させたジャガイモ
ソラニンやチャコニンといった有毒な SGA は多段階の酵素反応によってジャガイモ内で合成されています。生合成に関わる酵素遺伝子をゲノム編集により改変することによって、SGA を低減させたジャガイモが開発されています。SGA 生合成酵素である SSR2 の遺伝子をゲノム編集により改変したジャガイモは今年4月に大阪大学から文部科学省に情報提供が行われ、茨城県つくば市で野外栽培試験が進められています。この情報提供書にもk-mer法による解析が使用されました。