RNA分解酵素は、免疫複合体による免疫細胞活性化を増強する

RNA分解酵素は、免疫複合体による免疫細胞活性化を増強する

全身性自己免疫疾患の病態解明や治療薬開発へ

2023-7-13生命科学・医学系
微生物病研究所教授荒瀬 尚

研究成果のポイント

  • 全身性自己免疫疾患では、免疫複合体による免疫細胞の活性化が病態に関与している
  • 本研究により、組織のRNA分解酵素が免疫複合体の免疫活性化作用を高めることが初めて明らかになった
  • 本研究に基づき、免疫複合体が関与する全身性自己免疫疾患の病態解明、さらに新たな治療薬の開発につながることが期待される

概要

大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの内藤遼太研究員、荒瀬尚教授(大阪大学感染症総合教育研究拠点/大阪大学先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター兼任)らの研究グループは、抗核抗体からなる免疫複合体の抗体受容体(Fc受容体)を介した免疫細胞の活性化に、組織由来RNA分解酵素が重要な役割を担っていることを明らかにしました(図)。

20230713_1_0.png

図. RNA結合タンパク質であるU1RNP、Ro/SSA、La/SSBに対するRNA分解酵素の機能を解析し結果、RNA分解酵素はRo/SSAやLa/SSB抗原に対する自己抗体によって形成される免疫複合体の機能を亢進することが明ら

研究の背景

全身性自己免疫疾患ではRNA結合タンパク質であるU1RNP、Ro/SSA、La/SSB等の核抗原に対する自己抗体が産生され、その免疫複合体が病態に関与しています。しかし、これらの免疫複合体の機能に組織で産生されるRNA分解酵素がどのように影響するかは、十分に解明されていませんでした。

研究の成果

本研究では免疫複合体の免疫刺激作用を、抗体受容体レポーターシステムを用いて解析しました。その結果、U1RNP免疫複合体では、RNA分解酵素によるRNAの除去で、免疫複合体の免疫活性化作用が減弱しました。しかし、Ro/SSAやLa/SSB免疫複合体ではRNA分解酵素によってRNAが除かれると、自己抗体の結合が増強し、抗体受容体を介して免疫細胞を強く刺激することが判明しました。

研究の意義

本研究ではRNA分解酵素によって、免疫複合体による免疫細胞活性化作用が増強することが世界で初めて明らかになりました。これまでRNA分解酵素は免疫複合体による免疫刺激活性を低下させると考えられており、自己免疫疾患の治療薬として海外で臨床試験が実施されておりますが、患者にどのような免疫複合体が存在するかでRNA分解酵素薬を使い分ける必要があることが判明しました。本研究は免疫複合体が関与する全身性自己免疫疾患の病態解明及び治療法の開発に大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は米国科学雑誌Journal of Clinical Investigation誌の姉妹紙JCI Insight誌に掲載されました。(日本時間7月12日(水)午前1時 オンライン掲載)。

研究の背景

全身性エリテマトーデス等の全身性自己免疫疾患では細胞成分に対する様々な自己抗体(抗核抗体)が出現しますが、病態における役割については不明な点が多く残っています。いくつかの抗核抗体は、U1RNPやRo/SSA、La/SSB等のRNA結合タンパク質と結合して免疫複合体を形成し、それが免疫細胞の発現している抗体受容体を介して免疫細胞を活性化することが病態に関与しております。近年、免疫複合体に含まれるRNA成分による免疫応答が、全身性自己免疫疾患の病態に関わる可能性が考えられています。そのため、RNA結合タンパク質からRNAを除去する目的で、海外ではRNA分解酵素が新たな治療薬候補として臨床試験が実施されています。しかし、抗Ro/SSA自己抗体を伴うシェーグレン症候群を対象とした臨床試験では、予想に反してRNA分解酵素が炎症を誘導する可能性が示唆されましたが、そのメカニズムは不明でした。

RNA含有免疫複合体は免疫細胞からのインターフェロン産生を誘導し、RNA分解酵素はこの現象を抑制することが示されていました。しかし、ヒト初代免疫細胞を用いたこれらの実験系ではRNA分解酵素がRNA含有免疫複合体の抗体受容体(Fc受容体)に与える影響を特異的に評価していませんでした。そこで我々は特異的に免疫複合体による刺激活性を評価するGFPレポーターシステムを開発し、RNA分解酵素がRNA含有免疫複合体の抗体受容体に対する刺激活性に与える影響を調べました。

研究の内容

抗体受容体の一つであるFcγRIIIAを発現するレポーター細胞を用いて、抗核抗体と核抗原からなる免疫複合体の抗体受容体に対する刺激活性を測定しました (図1)。

20230713_1_1.png

図1. 抗体受容体の一つであるFcγRIIIAを発現する抗体受容体レポーター細胞は、抗核抗体からなる免疫複合体による抗体受容体刺激活性を検出できる。

この抗体受容体レポーター細胞を用いて、RNA分解酵素がRNA含有免疫複合体の抗体受容体刺激活性に与える影響を調べました。U1RNP抗原と抗U1RNP自己抗体からなる免疫複合体の抗体受容体刺激活性はRNA分解酵素により減少することが明らかになりました (図2)。

20230713_1_2.png

図2. RNA分解酵素はU1RNP抗原と抗U1RNP抗体からなる免疫複合体の抗体受容体刺激活性を減弱する。MCTD=混合性結合組織病。SLE=全身性エリテマトーデス。

一方でRo/SSA抗原と抗Ro/SSA自己抗体からなる免疫複合体と、La/SSB抗原と抗La/SSB自己抗体からなる免疫複合体による抗体受容体刺激活性はRNA分解酵素により増強することが明らかになりました(図3)。

20230713_1_3.png

図3. RNA分解酵素はRo/SSA抗原と抗Ro/SSA抗体からなる免疫複合体、およびLa/SSB抗原と抗La/SSB抗体からなる免疫複合体の抗体受容体刺激活性を増強する。SLE=全身性エリテマトーデス。SS=シェーグレン症候群。

さらに、RNA分解酵素がRNA含有抗原への自己抗体の結合に与える影響を調べました。RNA分解酵素はU1RNP抗原に結合する自己抗体の量を減少させるが、Ro/SSAやLa/SSBに結合する自己抗体の量を増加させる事が明らかになりました(図4)。

20230713_1_4.png

図4. RNA分解酵素はU1RNP抗原への自己抗体の結合を減弱するが、Ro/SSAとLa/SSBへの自己抗体の結合を増強する。

以上の結果より、RNA分解酵素はU1RNP抗原への自己抗体の結合を低下させることでU1RNP免疫複合体によるFc受容体刺激活性を減弱させる一方で、Ro/SSA抗原やLa/SSB抗原への自己抗体の結合を増加させることでFc受容体刺激活性を増強することが判明しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究によって、RNA分解酵素がRo/SSAやLa/SSBに対する自己免疫応答を増強することが初めて明らかになりました。RNA分解酵素は有害な細胞外RNA成分を除去することで種々の疾患において抗炎症効果をもたらすと期待されていましたが、特定の自己抗体の存在下では自己免疫応答を増悪させる可能性があることが初めて示されました。また本研究は、特定の酵素が、自己抗体の認識部位を露出させ、自己免疫応答を増悪させる可能性を示した重要な知見でもあります。本研究成果は、免疫複合体が関与する全身性自己免疫疾患の病態解明や発症機構のメカニズム解明、さらに RNA分解酵素を標的にした自己免疫疾患の新たな治療薬の開発に貢献することが期待されます。

特記事項

掲載紙: JCI Insight 日本時間 7月12日(水)午前1時 オンライン掲載
タイトル:“Positive and negative regulation of the Fcγ receptor-stimulatory activity of RNA-containing immune complexes by RNase”
「RNA分解酵素によるRNA含有免疫複合体のFcγ受容体刺激活性の正と負の制御」
著者: Ryota Naito, Koichiro Ohmura, Shuhei Higuchi Wataru Nakai, Masako Kohyama, Tsuneyo Mimori, Akio Morinobu, Hisashi Arase

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業の研究支援を受けて実施されました。

用語説明

免疫複合体 (Immune Complexes)

免疫複合体は抗体と抗原が結合して生じる複合体です。全身性自己免疫疾患では自己抗体と自己抗原からなる免疫複合体が免疫細胞を活性化することで炎症を誘導し、臓器障害を来すことが知られています。

RNA分解酵素 (Ribonuclease, RNase)

RNA分解酵素は、ヒトにおいては血管内皮などの組織や様々な免疫細胞が発現しています。炎症や組織傷害によって産生・分泌され、有害な細胞外RNA分子のスカベンジャーとしても機能します。

抗核抗体 (Antinuclear Antibody, ANA)

抗核抗体は細胞の核成分に対する自己抗体の総称です。これらの自己抗体は全身性自己免疫疾患で出現し、その診断の指標にも用いられていますが、病態における役割については未だ不明な点が多いです。これら抗体の標的となる核抗原の中にはU1RNP複合体(全身性エリテマトーデス患者に多い)やRo/SSA、La/SSBのようなRNA結合蛋白(シェーグレン症候群患者の血清中に多い)が含まれます。

抗体受容体 (Fcγ受容体, Fcγ receptor, FcγR)

抗体受容体(FcγR)は免疫グロブリンの一つであるIgGのFc部分に結合する受容体であり、免疫複合体の受容体と機能して、エフェクター細胞の活性化を調節しています。そのため、様々な自己免疫疾患の病態における抗核抗体の病原性に深く関与しております。