院外心停止患者における脳血管自動調節能が 生命予後に関連する可能性を初めて報告

院外心停止患者における脳血管自動調節能が 生命予後に関連する可能性を初めて報告

2023-7-7生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)舘野丈太郎

研究成果のポイント

  • 院外心停止蘇生後患者における、脳血管自動調整能(Cerebrovascular Autoregulation: CVAR) を非侵襲的な手法(脳局所酸素飽和度と平均血圧の相関を時系列データの解析)により評価した。
  • 心拍再開後にCVARの未検出時間が増えるほど死亡率が有意に上昇することを示した。
  • 今後、脳循環に基づいた心停止蘇生後の治療管理に応用することで、個々の患者に応じた治療の最適化(個別化医療)に繋がる可能性がある。

概要

大阪大学大学院医学研究科の舘野丈太郎 特任助教(常勤)、塩崎忠彦 助教(救急医学)らの研究グループは、院外心停止蘇生後患者において、非侵襲的手法により脳血管自動調整能 (Cerebrovascular Autoregulation: CVAR)を評価し、CVARが検出されない時間が増えるほど、死亡率が有意に上昇することを示しました。

健常な状態であれば本来備わるCVARという全身の血圧が変化しても脳血流量を一定に保とうとする機能が心停止蘇生後に低下する可能性は示唆されていましたが、患者予後との関連はこれまで不明でした。今回、研究グループは、脳局所酸素飽和度と平均血圧の時系列データから算出される移動相関係数により、CVARの経時的変化を評価し、その有無を「時間依存性共変量」とした生存解析を行いました。この結果、CVARの未検出時間が長いほど、心停止後の死亡率が有意に上昇する可能性を示しました(図1. 本研究の概略 参照)。

本研究で得られた知見は、まず心拍再開後の神経予後予測に役立つ可能性があり、回復する可能性がある方の早期の治療差し控えを回避することに役立つ可能性があることです。加えて、心拍再開後にCVARを適正に維持する治療・管理が患者予後を改善する可能性を示唆するものであり、今後、脳循環に基づいた心停止蘇生後の治療管理に応用することで、個々の患者に応じた治療の最適化(個別化医療)に繋がることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism」(オンライン)に、6月28日(水)(日本時間)に公開されました。

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図1. 本研究の概略

研究の背景

院外心肺停止に対する治療の標準化が進み、治療成績向上のための取り組みが世界的に進められていますが、心拍が再開しても未だ多くの方に神経後遺症(低酸素性虚血性脳損傷)を生じているのが現状です。脳機能が正常に保たれていれば、脳血管自動調整能、すなわち全身の血圧が変化しても脳血流量を一定に保とうとする機能(CVAR)が存在することが知られていますが、蘇生後の脳においても、このような反応が生じるかはこれまで不明でした。脳内の酸素需給バランスの指標とされる、脳局所酸素飽和度(cerebral regional oxygen saturation; crSO2)は血圧による影響を受けますが、この相関を利用してCVARの有無を評価する方法に我々は着目し、蘇生後脳においてCVARの有無を評価し、生命予後との関連を評価しました。

研究の内容

今回、研究グループは大阪大学医学部附属病院高度救命救急センターに救急搬送された、100人の院外心停止患者を解析対象としました。心拍再開後96時間、crSO2と平均血圧の連続モニタリングを行い、移動相関係数を算出し、CVARの有無を判定しました。CVARの未検出を生体にとって悪い暴露(時間依存性共変量)と仮定して、生命予後との関連をCox比例ハザードモデルにより評価しました。100人の解析対象者のうち、神経予後良好(Cerebral Performance Scale: CPC 1〜2)24例の全症例、神経予後不良(CPC 3〜5)76例中65例(88%)でCVARの検出を認めました。Cox比例ハザードモデルを用いた解析では、CVARの未検出時間が長くなるほど、生存率が有意に低下することが示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果には大きく二つの意義があります。第一に、蘇生後早期の臨床データから死亡率の高いサブグループを特定可能となることで、より強化した治療介入を行うべき集団の特定に役立てることが出来ます。さらに、回復する可能性がある方の早期の治療差し控えを回避することに役立つ可能性があります。第二に、脳循環を適正に保つ集中治療管理を行うことが生命予後の改善を示唆するものであり、脳循環に基づいた全身管理方法を開発することが蘇生後の神経後遺症を減じるブレイクスルーとなる可能性があると考えています。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism」(オンライン)に、6月28日(水)(日本時間)に公開されました。

【タイトル】“Association between time-dependent changes in cerebrovascular autoregulation after cardiac arrest and outcomes: a prospective cohort study”
【著者名】Jotaro Tachino1*, Yuta Nonomiya2, Satsuki Taniuchi2, Ayumi Shintani2, Shunichiro Nakao1, Ryosuke Takegawa1,3, Tomoya Hirose1, Tomohiko Sakai1, Mitsuo Ohnishi4, Takeshi Shimazu5, Tadahiko Shiozaki1 (*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
2. 大阪公立大学 大学院医学研究科・医学部医学科 医療統計学
3. ファインスタイン医学研究所
4. 国立病院機構 大阪医療センター 救命救急センター
5. 大阪府立病院機構 大阪急性期・総合医療センター
DOI:https://doi.org/10.1177/0271678X231185658

参考URL

舘野丈太郎 特任助教 研究者総覧 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/db3b6acb3efb903b.html
Research map https://researchmap.jp/jotarotachino

用語説明

脳血管自動調整能 (Cerebrovascular Autoregulation:CVAR)

血圧が変動しても脳への血液供給を一定に保つための脳の自己調整機能を指し、このメカニズムにより脳が適切な酸素と栄養素を確保し、機能を維持できます。

脳局所酸素飽和度

cerebral regional oxygen saturation:crSO2、近赤外線を用いて脳組織の酸素飽和度を非侵襲的に測定する指標で、これにより脳の酸素供給と消費のバランスが評価され、脳の機能状態や血流をモニタリングするのに役立ちます。

時間依存性共変量

時間と共に変動または進行する変数のことを指します。これは、主に生存時間解析など、時間が重要な役割を果たす統計解析で用いられます。この変数は、解析の時間期間中に何度も測定され、その結果が解析に取り込まれます。時間依存性共変量を考慮に入れることで、時間経過とともに変化する可能性のある影響因子を解析に組み込むことが可能となり、より正確な推定や予測が可能となります。

低酸素性虚血性脳損傷

Hypoxic-Ischemic Brain Injury:HIBI、脳への酸素供給が不足または遮断されることで、脳細胞が必要な酸素を得られずに機能を失い、最終的に脳神経細胞が死んでしまう状態を指します。これは心停止や窒息などによって生じます。

Cerebral Performance Scale:CPC

心肺蘇生後の患者の神経学的な回復状況を評価するための指標で、1(正常な活動が可能)から5(死亡)までのスケールで評価され、高い数値ほど神経学的な機能障害が重度であることを示します。