
1000 台の IoT 端末を用いた超高密度な屋外無線通信実験に成功
Asynchronous Pulse Code Multiple Access(APCMA)方式
概要
東京理科大学工学部電気工学科 長谷川幹雄教授、大阪大学大学院情報科学研究科 若宮直紀教授、および国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) ペパー フェルディナンド博士、ライプニッツ ケンジ博士の研究グループは、1000 台の IoT 端末を用いた超 高密度な屋外無線通信実験に成功しました。 本共同研究で開発した非同期パルス符号多重通信方式(Asynchronous Pulse Code Multiple Access, APCMA)は、無線信号が衝突してもデータを復調できる無線通信技術 であり、多数の機器による同時通信を必要とする高密度な IoT システムの実現を可能に します。標準規格 ARIB-STD T108 に準拠し 920MHz 帯で 20mW の送信電力で通信す る APCMA を開発し、屋外で通信実験するための TELEC 認証を取得しています。 今回、1000 台の APCMA 送信機を用いた高密度通信実験を横須賀リサーチパーク(YRP) において行い、実フィールドにおける本方式の性能を実証しました。
研究の背景
無線IoTは、センサやスマートメータなどにおいて応用が拡大しています。6G/Beyond 5Gにおいては1平方キロメートルあたり1000万端末という、非常に高密度な無線通信が必要となると予測されています。現在、無線IoTにおいては、低消費電力かつ長距離な通信が可能なLow Power Wide Area(LPWA)と呼ばれる無線通信システムが実用化し、利用されています。しかしながら、一般的な通信方式では、同じ無線チャネルで同時に複数のデータが送信されると、衝突によってデータが復調できなくなるため、高密度な環境では性能低下が深刻な問題となります。
我々が提案している非同期パルス符号多重通信APCMA[1,2]は、多数のIoT送信機から同時にデータが送信され、衝突しても、受信側で正しくデータを復調できる新しい無線通信技術です。少数のパルス信号によって構成されるパルス符号を使用してデータを変調するため、パルスの衝突が発生しにくく、またパルス符号が重なり合ってもデータを復調できます。したがって、APCMAを高密度IoTに応用することにより、低消費電力、広域、かつ高密度なIoT無線通信システムの実現が期待されます。
我々はこれまでに、数値解析やシミュレーションなどにより、従来方式よりも高い性能で多数同時通信が可能であることを明らかにしました。さらに、2021年度には920MHz帯において1mWでの通信が可能なAPCMA端末を500台開発し、高密度な通信を実験室内で実証することに成功しています[3]。
この度、より長距離かつ高密度な無線IoT通信の実現のため、20mWでの送信を可能とするAPCMA端末を開発し、屋外において高密度IoT環境を模擬した実証実験を行いました。
研究の成果
本研究では、数kmの距離での通信が可能なAPCMA端末1000台を新たに開発しました。ARIB STD-T108[4] のLDC(Low Duty Cycle)方式向けの技術基準(送信電力、周波数帯域、送信時間、送信待ち時間、デューティ比等の制限)に準拠する設計を行い、920MHz帯で20mW送信が可能なAPCMA方式を設計、開発しました。開発した端末は全て、認証・試験機関TELECの技術基準適合証明を取得しています。
通信距離を伸ばすために、LoRa等のLPWAシステムでも採用されているチャープスペクトル拡散方式を用いたパルスを実装しています。受信機はGNU RadioソフトウェアとUSRPデバイスを用いたソフトウェア無線技術により開発しています。本システムにおけるパラメータは表1のとおりです。実験室内環境では、1500台の同時通信においても、高い通信成功率が達成できました[5]。
今回、横須賀リサーチパーク(YRP)周辺において、1000台のAPCMA送信機を用いた屋外高密度IoT通信実験を行いました(図1)。1000台のAPCMA送信機からYRP1番館の屋上に設置した受信機に向けてデータ送信を行い、データが衝突した場合においても、データの復調が可能であることを実証しました。
図1. YRPにおける屋外高密度通信実験(上は500台のAPCMA送信機。左下は計1000台を用いた実験の様子。右下はYRP1番館の屋上に設置した受信アンテナ。)
表1. 設定パラメータ.
今後の展望
本研究は、総務省SCOPE(課題番号JP205007001)の委託を受け、大阪大学大学院情報科学研究科、NICT、東京理科大学の共同で進めたプロジェクトの成果です。APCMAの高性能化に向けた、パルス符号/誤り訂正の研究、送信パラメータ最適化の研究も並行して進めております[6]。多数同時通信が可能なLPWAの実現、実用化を目指しており、設備監視、地中通信、洋上通信などへの実応用を志向した取り組みを進めています。
引用
[1] F. Peper, K. Leibnitz, C. Tanaka, K. Honda, M. Hasegawa, K. Theofilis, A. Li, N. Wakamiya, “High-Density Resource-Restricted Pulse-Based IoT Networks,” IEEE Transactions on Green Communications and Networking, vol. 5, no. 4, pp. 1856-1868, June 2021.
[2] F. Peper, K. Leibnitz, T. Shimokawa, M. Hasegawa, K. Kuroda, “Communication method and network system,” US11405072B2(米国特許); ペパーフェルディナンド, ライプニッツケンジ, 下川哲也, 長谷川幹雄, 黒田佳織, “通信方法およびネットワークシステム,”特許第7236068号.
[3] K. Honda, A. Nakamura, F. Peper, K. Leibnitz, N. Wakamiya, M. Hasegawa, “Performance Evaluation of CSS-APCMA by Experiments Using 500 Devices for Massive IoT,” Proc. of International Symposium on Nonlinear Theory and Its Applications, pp. 343-346, 2022.
[4] ARIB STD-T108: https://www.arib.or.jp/kikaku/kikaku_tushin/desc/std-t108.html
[5] 本多顕太郎, 塩塚皐平, ペパー フェルディナンド, ライプニッツ 賢治, 若宮直紀, 長谷川幹雄, “パルス符号を用いた多重通信方式 APCMA の送信機 1500 台を用いた超高密度通信の実証,” 電子情報通信学会総合大会, B-17-15, p.454, 2023.
[6] ペパーフェルディナンド,ライプニッツケンジ,長谷川幹雄,若宮直紀,“通信プログラム及びパルス符号列の割り当て方法,”特願2023-13137.
用語説明
- 6G/Beyond 5G
5G(第五世代)の携帯電話システムが近年実用化されましたが、6GあるいはBeyond 5Gは、5Gの次の世代のシステムを指す用語です。6G/Beyond 5Gは、2030年頃に実用化されると考えられています。
- TELEC
正式名称は、一般財団法人テレコムエンジニアリングセンターで、電波法に基づく無線設備の認証や技術基準適合証明などを手がけている機関です。
- チャープスペクトル拡散
チャープスペクトル拡散(Chirp Spread Spectrum, CSS)方式は、利用可能な周波数帯に信号を拡散するスペクトル拡散通信方式の一種であり、小さな電力でも復調できる受信感度のよい通信方式です。LoRaにも採用されており、小さな電力で長距離な通信を可能にしています。
- ソフトウェア無線技術
ソフトウェア無線技術とは、無線機における信号処理をソフトウェアで構築可能にした技術であり、様々な通信方式をプログラミングによって実装することができます。本研究の受信機は、GNU Radioを用いて作成したプログラム、Universal Software Radio Peripheral (USRP)というハードウェアを用いた電波の受信と復調によって構築しました。