力に応じて変わる細胞の運命

力に応じて変わる細胞の運命

植物細胞が自分の位置を知るしくみ

2023-4-28自然科学系
理学研究科助教高田 忍

研究成果のポイント

  • 多くの陸上植物は、葉や茎の表面に一層の防御組織(表皮)を作る
  • 植物の葉の一番外側(表面)だけに表皮が作られるしくみを解明した
  • 葉の内側の細胞を表面に露出させると、表皮を作る遺伝子ATML1が活性化され、表皮細胞の運命が獲得されることを発見した
  • ATML1の活性化には、物理的な圧迫からの解放が必要であることを示した
  • 植物細胞は、物理的な力を感知して、自分が外側に位置するかどうかを判断し、適切な役割を持った細胞へと分化しているのかもしれない
  • 傷害を受けた植物が再生するしくみ・植物の高い生命力の理解へと発展する可能性がある

概要

大阪大学大学院理学研究科の高田忍 助教、 飯田浩行さん(研究当時:理学研究科博士後期課程)、ヘルシンキ大学、テュービンゲン大学の国際共同研究グループは、植物細胞が最外層に位置することを認識して表皮になるしくみを世界で初めて明らかにしました。

多くの植物は、葉や茎などの器官の表面に「一層だけ」表皮細胞層を作ります。器官表面の細胞が分裂して、表面に位置しなくなった娘細胞は表皮運命を維持できません。このことから、植物細胞は植物体内における自分の位置を知っていて、器官の表面に位置する細胞だけが表皮細胞になることが、45年以上前から予想されていました。しかし、植物細胞が最外層の位置を認識するしくみは、長い間未解明のままでした。

今回、研究グループは、葉の内側に位置する葉肉細胞を表面に露出させることで、葉肉細胞が表皮細胞へと変化することを発見し、最外層の位置に応じた表皮形成のしくみの一端を解明しました。表皮除去実験により、植物細胞は「圧迫」という「力」を認識して、葉肉細胞になるか、表皮細胞になるかを決めている可能性が示唆されました(図1)。本研究成果は、2023年2月23日に、英国の総合科学誌「Nature Communications」に公開されました。

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図1. 葉の細胞にかかる力
緑色の風船が葉肉細胞、風船を入れた容器が表皮を模したもの。表皮は内側から押されて引っ張られ、内側の葉肉細胞は外側から圧迫されて縮むような力がかかる(上)。表皮がなくなると葉肉細胞が突出する(下)。

研究の背景

表皮は植物の最外層に形成され、乾燥や食害、病原菌の感染を防ぐ役割があります。表皮細胞は通常、植物の表面と垂直な方向に細胞分裂面をつくる(表面に沿った方向に分裂する)ことで層構造を維持します。間違って表面と平行に分裂面をつくった場合、外側の娘細胞は表皮のままですが、内側の娘細胞が葉肉細胞になることで、一層の表皮が維持されます。このことから、細胞が植物体の「表面」に位置することが、表皮細胞になるために必要であると予想されますが、細胞がどのようにして自分の位置を認識するのかは謎のままでした(図2)。

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図2. 葉の表面にのみ表皮が作られる
葉の表面に表皮、内側には葉肉細胞(緑)が作られる(左)。表皮細胞が分裂して外側と内側の細胞に分かれると、内側の細胞は表皮運命を失う(右)。

高田助教らの研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いた研究により、ATML1という遺伝子が、表皮を作る能力を持つことを既に明らかにしています(大阪大学プレスリリース https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2013/20130408_1)。通常ATML1は表面の細胞だけで活性化され、表皮細胞が垂直方向に分裂すると、内側の細胞ではATML1の活性が低下します(大阪大学プレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190418_1)。ATML1を内側の細胞でもはたらくように改変した植物では、葉の内側にも表皮細胞を作ることができます。つまり、表皮を作る遺伝子ATML1が葉の表面の細胞のみで活性化されることで、表面に一層の表皮ができるわけです。これらのことから、ATML1が活性化されるしくみを明らかにすることで、どのようにして植物細胞が表面の位置を認識して表面にのみ表皮を作るのかを解明できると考えられます。そこで、ATML1が最外層の細胞で新しく活性化される様子を観察できる実験手法が考案されました。

研究の内容

研究グループは、シロイヌナズナの葉の表皮を取り除くと、外側に露出した葉肉細胞でATML1遺伝子が活性化される(オンになる)ことを示しました(図3)。このことは、元の細胞運命とは関係なく、一番外側に位置する細胞でATML1が活性化されることを意味します。また、ATML1が活性化された若い葉肉細胞は、表皮細胞へと変化することで、傷ついた表皮の再生に寄与することも明らかにしました。

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図3. 葉の表面に露出した葉肉細胞でATML1が活性化される
表皮を除去すると、露出した一番外側の葉肉細胞でATML1が活性化される。緑色がATML1の活性化を示す。下の写真では、細胞の輪郭をマゼンタで示している。スケールバー, 20 µm。

では、どのようにして葉肉細胞は自分が器官表面に位置するようになったことを認識したのでしょうか?研究グループは、表皮を取り除くと葉肉細胞が外側に突出することに気づきました。これまでに、表皮と葉肉細胞は異なる力学的な環境にいることが提唱されています。たくさんのゴム風船を容器の中に入れて押さえつけたときのように、表皮(容器の壁)は内側から押されて引っ張られ、内側の葉肉細胞(風船)は外側から圧迫されて縮むような力がかかります(図1)。表皮がなくなると葉肉細胞が突出するのは、表皮による圧迫から解放されたことを意味します。研究グループは、表皮を剥いだ後に葉を薄いガラス板の間に挟み、クリップで押さえることで、葉肉細胞の突出と、ATML1の活性化を抑えられることを発見しました(図4)。このことから、葉肉細胞は圧迫からの解放を感知して外側にいることを認識し、ATML1をオンにすることで表皮へと変化することが示唆されました。「表面」の位置に応じたATML1の活性化や表皮形成は、植物が傷ついた時に、防御壁である表皮を維持するためのしくみであると考えられます。

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図4. 圧迫からの解放が、ATML1の活性化に必要だった
a, 葉の断面の模式図。表皮を除去すると、露出した葉肉細胞が表面に突出する。b, 葉の断面の写真。赤い矢印が突出して長くなった葉肉細胞。青色は残った表皮細胞(内側の葉肉細胞は小さい)。白色は細胞の輪郭を示す。c, 表皮を除去した葉を薄いガラス板で挟み、クリップで押さえた。スケールバー, 1 mm。d, 表皮除去後、カバーグラスで圧迫した葉肉細胞(左)と圧迫していない葉肉細胞(右)の写真。細胞の輪郭はマゼンタで示している。圧迫していた葉肉細胞ではATML1の活性化(緑)が見られない。スケールバー, 20 µm。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、植物の防御壁である表皮の再生メカニズムを明らかにしたものであり、傷ついた植物を速やかに治癒・回復させる技術の開発に役立つかもしれません。また、植物細胞が力学環境を感知して柔軟に細胞の運命を変化させるというアイデアは、発生学研究分野において広く応用できる可能性があります。植物は単一の体細胞から個体を再生できるなど、動物とは比べ物にならない驚異的な生命力を持っています。植物の再生能力の秘密を明らかにすることは、農業への応用や生命への深い理解など、人間社会を経済的・精神的に豊かにすることにつながると期待しています。

特記事項

本研究成果は、2023年2月23日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Epidermal injury-induced derepression of key regulator ATML1 in newly exposed cells elicits epidermis regeneration.”
著者名:Hiroyuki Iida, Ari Pekka Mähönen, Gerd Jürgens and Shinobu Takada
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-36731-6

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(16J00702、20657012、22687003、23657036, 26440142、18K06286、22K06280)、EMBO Postdoctoral Fellowship(ALTF 128-2020)、the European Research Council(ERC-CoG CORKtheCAMBIA, agreement 819422)の支援を得て行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 02 飢餓をゼロに
  • 13 気候変動に具体的な対策を
  • 15 陸の豊かさも守ろう

用語説明

組織

細胞が集まって作られる特定の役割を持つ構造。植物では、表皮細胞が集まってできたシート状の 表皮組織、葉肉細胞が集まってできた葉肉組織などがある。

表皮

植物の表面を覆う細胞の層。陸上植物の地上部の表皮は、疎水性の物質(クチクラ)を作り、植物を乾燥や病原体の感染から守る。また、植物を乾燥や食害から守る毛状の構造や、水や二酸化炭素の排出・取り込みに必要な開閉式の穴(気孔)も見られる。

ATML1

シロイヌナズナの地上部の表皮を作る遺伝子。器官の表面の細胞でのみ活性化され、表皮の特徴を決める複数の遺伝子のはたらきをオンにする役割がある。ATML1やATML1と似た遺伝子PDF2を同時に破壊すると葉の表皮が作られなくなる。また、ATML1を植物体全体ではたらかせると、葉の内側にも表皮を作ることができる。

運命

若い細胞が、将来どのような特徴・役割を持った細胞になるかということ。細胞が「表皮運命」を獲得すると、表皮細胞に変化して行く。植物の場合、細胞の運命は状況に応じてフレキシブルに変化することがある(運命の転換)。

分化

若い細胞が、特定の特徴・役割を持った細胞(表皮細胞、葉肉細胞など)へと変化すること。

再生

傷害などで失われた組織・器官が元どおりに作られること。植物は動物と比べて一般に再生能力が高い。

器官

組織が集まってできた構造で、多細胞生物の構成単位となる。植物では、葉、茎、根などがある。

娘細胞

細胞が分裂して2つの細胞に分かれた時、その2つの細胞を「娘細胞」と呼ぶ。

葉肉細胞

葉緑体を持つ緑色の細胞で、葉の内側にあり、光合成により糖を作る役割がある。

シロイヌナズナ

アブラナ科の一年生草本植物。植物で最初に全遺伝子の配列が解読された。種子を蒔いてから約2ヶ月で次世代の種子が回収できる。高さ30cm程度で比較的小さく、実験室で大量に生育させることができ、遺伝子組み換え植物も簡単に作れるため、遺伝子の研究がしやすい植物としてよく使われている。