COVID-19 ワクチン接種後に脳炎を発症した患者から、急性期特異的な細胞集団を発見

COVID-19 ワクチン接種後に脳炎を発症した患者から、急性期特異的な細胞集団を発見

シングルセルRNA-seq解析が同定した脳炎患者に特有な骨髄系細胞

2023-3-15生命科学・医学系
免疫学フロンティア研究センター特任准教授(常勤)奥崎大介

研究成果のポイント

  • COVID-19 ワクチン接種後に脳炎を発症した患者の末梢血単核細胞 (PBMC)を時系列的に分析
  • シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)により、脳炎の急性期におけるPBMCの古典的単球集団が同定された。
  • この特異な細胞集団は、病気の寛解期、または健常者コホートにも検出されず、脳炎の急性期特有の細胞分画であることが明らかとなった。

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)研究室の石川昌和特任研究員(常勤)、奥崎大介特任准教授(常勤)と大阪大学医学系研究科神経内科学教室の島田勇毅さん(大学院生)、木下允特任講師(常勤)らの研究グループは、COVID-19ワクチン接種後に脳炎を発症した患者1例を取り上げ、scRNA-seq解析により、この脳炎患者の末梢免疫系における明確な免疫シグネチャーを明らかにしました。

その結果、脳炎の急性期にのみ出現する、古典的単球集団が明らかになりました(図)。この特異な細胞集団は、対象患者の病気の寛解期にも、さらには健常者コホートのPBMCにも検出されなかったものです。この結果は、COVID-19ワクチン接種後に発症した脳炎におけるユニークな骨髄系サブセットの誘導を示すものです。今後、COVID-19ワクチン接種に伴う自己免疫の免疫異常について、中枢神経系の脳脊髄液(CSF)細胞を含むさらなる研究が必要であり、本研究で認められた骨髄系サブセットの病原的役割を明らかにすることが望まれます。

本研究成果は、2023年2月23日(木)に英国科学誌「Frontiers in Immunology」(オンライン)に掲載されました。

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図. 脳炎初期(Day 1, Day 3)に観測された細胞集団は回復後(Day 17)に消滅した(矢印の先)。

研究の背景

COVID-19ワクチン接種は、SARS-CoV-2に対する抗体の産生を誘発するのに非常に有効であることが、蓄積された証拠によって証明されています。しかし、ワクチン接種によって引き起こされる免疫応答の正確な変化についてはまだ解明されていません。実際に、末梢あるいは中枢神経系を侵す自己免疫性疾患がまれに発生するという報告があり、COVID-19ワクチン接種後の脳炎の発生頻度は1、000万人に2人と推定されています。したがって、COVID-19 ワクチン接種に伴う自己免疫の発症の引き金となる免疫調節異常を明らかにし、その原因となる細胞集団を特定することが重要です。

研究の内容

本研究グループは、 COVID-19 mRNAワクチン接種後に脳炎を発症した患者1例を取り上げ、経時的 (day 0、 day 3、 day 17) にPBMCをscRNA-seqで解析しました。その結果、脳炎の急性期(day 0、 day3)のみに出現する細胞集団の存在が明らかとなりました。アノテーションの結果、この集団は古典的単球であることが明らかとなりました。この細胞集団は、患者の寛解期(day 17)、または健常者コホートには存在が確認されなかったものです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

大規模臨床試験では、まれにCOVID-19ワクチン接種により疾患の再発の可能性があるとの報告があり、髄膜炎や脳炎など様々な中枢神経症状を合併する可能性があります。今回同定された特異的な古典的単球集団のように、患者の症状増悪の代用マーカーとして証拠を積み重ねることにより、早期の疾患の発見や予防を行うことができると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2023年2月23日(木)に英国科学誌「Frontiers in Immunology」(オンライン)に掲載されました。

Journal: Frontiers in Immunology Feb. 23, 2023 online
Title: “Single-cell RNA-seq analysis identifies distinct myeloid cells in a case with encephalitis temporally associated with COVID-19 vaccination”
Authors: Masakazu Ishikawa1,2†、 Yuki Shimada3†、 Tatsuhiko Ozono3、 Hisatake Matsumoto2,4、 Hiroshi Ogura4、 Keigo Kihara3、 Hideki Mochizuki3、 Tatsusada Okuno3、 Shuhei Sakakibara5、 Makoto Kinoshita3* and Daisuke Okuzaki1,2,6,7*
These authors have contributed equally to this work (*Correspondence)
所属:
1. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)
2. 大阪大学感染症総合教育研究拠点
3. 大阪大学大学院医学系研究科神経内科学
4. 大阪大学医学部附属病院
5. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫機能統御学
6. 大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
7. 大阪大学先導的学生研究機構
DOI:https://doi.org/10.3389/fimmu.2023.998233

本研究は、日本医療研究開発機構、大阪大学 感染症総合教育研究拠点事業などの支援により行われました。

用語説明

PBMC

Peripheral Blood Mononuclear Cells。末梢血から分離される単核細胞で、T細胞、B細胞、NK細胞、単球および樹状細胞など多様な免疫細胞を含む

シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)

1細胞ごとに転写産物(RNA)の種類と量を網羅的に検出する分析手法。各細胞に特徴的な遺伝子発現プロファイルを元に細胞集団を特定・分類することが可能

単球

白血球(免疫細胞)の3~8%を占め、感染防御の初期に重要な細胞。 ウイルスなどの異物を細胞内に取り込み消化する。マクロファージや樹状細胞がその代表。「古典的単球」とは、一か所にとどまらず末梢血を循環する細胞で単球全体の80%ほどを占める。

アノテーション

Annotation。 scRNA-seqで得られた結果を用いて、細胞集団の分類を行うこと。元々はIT用語であり、ビッグデータにメタデータと呼ばれる情報タグを付与する作業を指す