チタン・バナジウム中性子過剰同位体で新魔法数の消失を観測

チタン・バナジウム中性子過剰同位体で新魔法数の消失を観測

精密質量測定による原子核構造のより深い理解に期待

2023-1-6自然科学系
理学研究科准教授小田原 厚子

研究成果のポイント

  • 原子核にはある特定の陽子数や中性子数で特に安定な原子核になる「魔法数」(28,50,82など)が存在しますが、近年の加速器の実験で、極端に中性子数が多いエキゾチックな同位体では、新魔法数(16, 32, 34など)が出現することが分かってきました。
  • 新魔法数34は、カルシウム同位体で発見され、それに近い陽子数のチタン、バナジウム同位体でも存在可能性が示唆されていましたが、今回、その質量を精密に測定することで新魔法数が消失することを確かめました。
  • エキゾチックな原子核の質量を能率よく精密測定する本研究手法は、新魔法数の出現や消失の観測を通じて原子核構造のより深い理解につながることが期待されます。

概要

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)・素粒子原子核研究所・和光原子核科学センター(和田道治センター長)のマルコ=ローゼンブシュ特任助教、 国立研究開発法人理化学研究所(理研、埼玉県和光市)仁科加速器科学研究センター低速RIビーム生成装置開発チーム(石山博恒チームリーダー)の飯村俊ジュニアリサーチアソシエイト(大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程、研究当時)を中心とする国際共同研究グループ(*)は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」の超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)および低速RIビーム生成装置(SLOWRI)と多重反射型飛行時間測定式質量分光器(MRTOF) を用いて、中性子過剰なバナジウム、チタン同位体の高精度質量測定に成功しました。これにより、中性子数34という新魔法数がチタン、バナジウム同位体において消失していることがわかりました。これは理化学研究所RIBFの基幹装置BigRIPSに低速RIビーム生成装置SLOWRIを組み合わせた新しい実験装置の最初の成果です。

近年、中性子過剰なカルシウム同位体において見いだされていた中性子数N=34の新魔法数は、幾つかの先行研究においてスカンジウム同位体では消滅しているものの、チタン、バナジウム同位体では魔法数性があることを示唆していました。本研究によるより高精度の質量測定によってそれを覆す結果となりました(図1)。

本研究は、RIBFのBigRIPSで生成された高速RIビームが他の実験で使われた後のビームを用いた、共生実験として行われました。高速RIビームはSLOWRI装置によって減速しイオントラップに捕集されMRTOF質量分光器で質量測定されました。MRTOFは、10数ミリ秒という短い飛行時間で複数の原子核を同時に高精度で質量を決定することができる、短寿命な原子核の精密質量測定に最適な装置です。しかも他の実験で使用したビームを再利用して測定できるので、今後広範囲の原子核の網羅的質量測定の能率良い実施が期待されています。

本研究の成果は、物理学の国際的な専門誌である「Physical Review Letters」に1月5日(米国東部時間)に掲載されました。

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図1. 中性子数N=34同調体の2中性子殻間隙エネルギーΔ2nの推移
魔法数性を示す指標である2中性子殻間隙エネルギー(Δ2n)のN=34同調体での推移から、過去の文献値ではチタン、バナジウムにおいて魔法数性を持つことが示唆されていましたが、本研究による精密質量測定によって、スカンジウムやクロムと同様に魔法数性は無いことが証明できました。

研究の背景

魔法数と呼ばれる、原子核の構成要素である陽子と中性子のそれぞれの数が特別な値(2,8,20,28,50,82,126)のときに特に安定になることは、1949年にメイヤーとイエンゼン(1963年ノーベル物理学賞)によって理論的に解明されています。しかし近年、陽子数と中性子数のバランスが大きく崩れたエキゾチックな原子核において、既知の魔法数の消滅や、新しい魔法数の出現が観測され、その盛衰は原子核構造研究の重要課題の一つとなっています。

魔法数性を実験的に調べる指標として、ガンマ線分光による第一励起準位エネルギーの測定や、原子質量の系統的測定による殻間隙エネルギーの測定がよく使われています。図2は、原子核全体の2中性子殻間隙エネルギーを俯瞰したもので、中性子魔法数で明瞭な尾根を示しています。具体的には、2つ隣の同位体の質量差のさらに差をとった量(2階差分)が2中性子殻間隙エネルギーΔ2nに相当し、いかに急に質量が大きくなるか(結合エネルギーが小さくなるか)を示す量です。ここで2つ隣を比較するのは、中性子数が偶数と奇数では大きく特性が異なるので偶数は偶数同士で比較するのが適しているからです。

カルシウム同位体においては、ガンマ線分光および質量測定の両方で中性子数N=32, 34で新しい魔法数になっていることが発見されています。さらに最近の実験では、N=34を持つ隣の原子核(同調体)で、スカンジウムでは魔法数性は消えているが、その次に原子番号の大きいチタンやバナジウムでは再び魔法数性が現れているという奇妙な報告がありました。

本研究は、チタン、バナジウム同位体の質量をより精密に測定し、この現象を確実に確認するために実施されました。

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図2. 2中性子殻間隙エネルギーΔ2nの原子核全体の俯瞰図
中性子数が偶数の原子核について2020年版の原子質量編纂(Atomic Mass Evaluation 2020)の質量の実験値(一部外挿値含む)を基に勘定した2中性子殻空隙エネルギー(two neutron shell gap energy)を柱状図で示しました。色調はΔ2nの精度を表し、濃いほど高精度の値です。

研究内容と成果

本実験は、2020年11月に、理研仁科加速器科学研究センターのRIビームファクトリーの超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)と、低速RIビーム生成装置(SLOWRI)の第3プロトタイプ装置に、研究グループが開発したMRTOF質量分光器を組み合わせて実行しました。BigRIPSで生成・分離された高速のRIビームは、まず上流のガンマ線分光実験で使用されたあと、ほぼ失われることなく下流のビームダンプに導かれます。本実験では、ビームダンプの前に装置を設置し、このビームを再利用して実験をすることができました。

チタン同位体(Ti-56, Ti-58)やバナジウム同位体(V-55〜59)等を含んだ高速カクテルビームは、高周波ガスセルを主とするSLOWRIプロトタイプ装置によって、減速・冷却されイオントラップに捕集され、MRTOF質量分光器で質量測定されます(図3)。Ti-58の測定では、図4の飛行時間スペクトルに示すように、58TiOH+イオンと同時に測定されたC2FO2+分子イオンの飛行時間との比から、58Tiの原子質量を高精度かつ高確度で決定することができました。しかも同時にCr-58, V-58, V-59の質量も測定できています。このようにMRTOFでの質量測定は、能率よく、極短い飛行時間で測定できる特徴を持っています。

このようにして、Sc, Ti, V, Cr, Mnの15個の同位体の質量測定に成功し(図5)、文献値で高精度に報告されている核種については、よく一致することが確認でき、Sc-55, Ti-56, Ti-58, V-56, V-58, V-59については遥かに精度を上げることができました(図6)。

この質量測定結果を用いて2中性子殻間隙エネルギー(Δ2n)を導出した結果、図1のようになりました。とりわけTi-58、V-59の新しい質量値が文献値に比べて遥かに小さくなっており、魔法数性の指標であるΔ2nがスカンジウムやクロムと同等になっていることから、これまで示唆されていた新魔法数N=34はチタンとバナジウムでは消失していることを示しています。

この結果は、今回新たにスーパーコンピュータ「富岳」で計算した最新の理論(モンテカルロ殻模型)でも支持されています。

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図3. 実験装置の概念図
高速RIビームはエネルギー減速板によって粗減速されたあと、0.2気圧のヘリウムガスを充填した高周波ガスセル装置内で停止しイオンの状態を保ったまま高周波カーペットによって引き出され、イオントラップに捕集されます。トラップされたイオンはMRTOF質量分光器に入射され、その中を数100回往復した後に検出器に打ち出され、飛行時間が記録されます。

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図4. MRTOF質量分光器の飛行時間スペクトルの例
飛行時間をヒストグラムにして表示したスペクトルで、下は8ナノ秒の区切り幅(bin)で上の拡大図は2ナノ秒の区切り幅で表示しています。Ti-58は水酸化物イオンとして観測されており、同時に質量荷電比75の同重体イオンが単一の飛行時間スペクトルとして測定できています。15ミリ秒の飛行時間で質量分解能80万が達成されており、235事象の測定からTi-58の質量を0.06ppmの相対精度で決定できました。

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図5. 本研究で精密質量測定した15種類のSc,Ti,V,Cr,Mnの同位体(紫丸印)
横軸を中性子数(N)、縦軸を陽子数(Z)で表示した核図表に本研究で測定した核種を示しています。中性子数N=34のΔ2nを導出するには、N=32とN=36の同調体の精密質量測定が必要となり、本実験のTi-56,Ti-58およびV-57, V-59の測定が鍵となります。灰色のマスはAME2020で質量が1 ppm以上の相対精度で報告されている核種で、元素記号を記したマスは安定な同位体を示します。

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図6. 本研究の質量測定結果と文献値(2020年版原子質量編纂:AME2020)との質量の比較
高精度の既知質量について(CrおよびMn同位体)は、よく一致しており、Ti, V同位体では遥かに高精度のデータが得られました。とりわけTi-58は大きく異なっています。本研究で用いたMRTOF質量分光器の測定では、同時に較正用イオンを測定できるため、高確度の測定が可能になります。

本研究の意義、今後への期待

従来の安定核とその周辺で成り立っていた原子核構造の理解が、不安定な原子核では成り立たないという現象がいくつも見つかっています。魔法数の盛衰はその典型的な現象であり、その解明には、高精度かつ高確度の質量測定が鍵であることが示されました。たとえ既に測定されていて最新の原子質量編纂(AME)に採用されていたとしても、精度が不十分な値については再測定することで、結果が覆ることがあることもわかりました。

本研究で用いたMRTOF質量分光器は、短い飛行時間で高精度の測定ができるため、短寿命な原子核の質量測定に最適の装置といえます。さらに、多くの場合において正確に質量がわかっている同重体イオンを同時に測定することができ、系統誤差が極めて入りにくいことから、高確度の測定が可能になります。

RIビームファクトリーのBigRIPSは世界で最も広範囲の短寿命原子核を提供する装置ですが、ユーザーも多く、一つの実験に使える時間は限られています。本研究で開発した装置は、他の実験と同時並行で質量測定をすすめることができるため、能率よく網羅的精密質量測定を実施することができます。そこには、多くの常識を覆す結果が潜んでいるはずです。

※国際研究グループ
・高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センター
・理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
・大阪大学大学院 理学研究科物理学専攻
・東京大学理学部原子核科学センター
・日本原子力研究機構 
・香港大学
・中国科学院現代物理学研究所
・ニューメキシコ州立大学

特記事項

【論文情報】
<タイトル> Study of the N = 32 and N = 34 Shell Gap for Ti and V by the First High-Precision Multireflection Time-of-Flight Mass Measurements at BigRIPS-SLOWRI
<著者> S. Iimura, M. Rosenbusch, A. Takamine, Y. Tsunoda, M. Wada, S. Chen, D. S. Hou, W. Xian, H. Ishiyama, S. Yan, P. Schury, H. Crawford, P. Doornenbal, Y. Hirayama, Y. Ito, S. Kimura, T. Koiwai, T. M. Kojima, H. Koura, J. Lee, J. Liu, S. Michimasa, H. Miyatake, J. Y. Moon, S. Nishimura, S. Naimi, T. Niwase, A. Odahara, T. Otsuka, S. Paschalis, M. Petri, N. Shimizu, T. Sonoda, D. Suzuki, Y. X. Watanabe, K. Wimmer, and H. Wollnik
<雑誌> Physical Review Letters
<DOI> 10.1103/PhysRevLett.130.012501

本研究は、主に日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「革新的質量分光器を用いた重元素の起源の研究」(代表 和田道治)の助成を受けて行われました。

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解説図

用語説明

MRTOF質量分光器

多重反射型飛行時間測定式質量分光器の略称で、一定のエネルギーで一定の距離を飛ばした飛行時間からイオンの質量を分析する装置の一種。電気的な鏡を向かい合わせて、その中を数100回、1/100秒かけて往復させることにより、1/80万〜1/100万の分解能で質量を測定することができます。同時に複数の種類のイオンを測定できます。

2中性子殻間隙エネルギーΔ2n (two neutron shell gap energy)

目的の原子核の質量と、中性子数が2個小さい原子核の質量との差と、2個大きい原子核との差の更に差(2階差分)をとった量で、いかに“急”に質量が大きくなるか(結合エネルギーが減少するか)を示す量です。中性子魔法数において、特に大きくなることから、魔法数性の指標として用いられています。具体例として中性子数N=34のチタン同位体56Tiで調べる場合では、3つの同位体の原子質量m(54Ti), m(56Ti), m(58Ti)から、Δ2n(56Ti) = {m(54Ti)-m(56Ti)}-{m(56Ti)-m(58Ti)}によって計算できます。

結合エネルギー

原子の質量は、一般にその構成要素である陽子・中性子・電子をそれぞれ独立に測った値の合計より1%程度軽くなっています。その質量「欠損」が、アインシュタインのエネルギーと質量の等価性の式E=mc2であらわされる原子の全結合エネルギーに相当します。

高精度と高確度

一般に使われている「精度」という言葉の意味には曖昧な点があります。下図のアーチェリーの的を見たときに、矢の位置がいかに小さい領域に集まっているかが「精度」(Precision)で、射手の技量が高いときに高精度であると言えます。一方、矢の位置の平均が如何に的の中心に近いかが「確度」(Accuracy)で弓の照準が正確かどうかを示しています。実験データとして危険なのは、c)の高精度・低確度の場合で、誤った値を小さい誤差で報告してしまう危険があります。理想のd)高精度・高確度にするには、可能な限り正確な較正が肝心です。(解説図)