有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体-金属転移の誘起に成功

有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体-金属転移の誘起に成功

2022-6-30工学系
理学研究科教授花咲徳亮

研究成果のポイント

  • 有機強相関電子材料への化学的キャリアドープによる金属化に成功しました。
  • 金属化した試料は元の絶縁体に戻すことができ、可逆的に制御できることを明らかにしました。
  • 超伝導体を始めとする新しい有機電子材料の設計指針構築に貢献することが期待されます。

概要

熊本大学大学院自然科学教育部博士前期課程2年の照屋亮太大学院生、同大学大学院先端科学研究部の上田顕准教授と松田真生教授は、東北大学大学院理学研究科博士後期課程3年の佐藤鉄大学院生(当時)および山下正廣名誉教授、大阪大学大学院理学研究科の花咲徳亮教授と共同で、電気を流しにくい絶縁体状態にある有機結晶を、ヨウ素の蒸気に曝すことによって電気をよく流す金属状態に変換し、それをまた絶縁体状態へ戻すことに成功しました。

対象とした有機結晶は、単純な理論では金属状態が予測されるにも関わらず絶縁体状態にある「強相関電子材料」と呼ばれる物質で、結晶が有する孔にヨウ素を出し入れすることで電子状態を制御できることを明らかにしたものです。

有機強相関電子材料の化学的手法による可逆的状態変化を初めて達成した本研究成果は、令和4年6月9日(現地時間6月8日)に、ドイツ化学会の学術雑誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

研究の背景

単純な理論では電気をよく流す金属状態になることが予測されるにも関わらず、実際には電気を流し難い絶縁体状態となる物質は「強相関電子材料」と呼ばれ、通常の絶縁体とは異なる性質を有しています。特に、材料中の電気伝導を担う電子の数を変える「キャリアドープ」という技術を用いることによって、遷移金属化合物などの無機化合物で形成される強相関電子材料からは高温超伝導体をはじめとする多くの電子材料が開発されています。一方で、有機化合物で形成される強相関電子材料も多くありますが、化学的なキャリアドープによる絶縁体状態からの変化を達成できた報告はありません。無機材料で行われるキャリアドープの多くは、化合物中の一部の原子を他の原子に置き換えることで達成されますが、有機材料では同様の原子置換・分子置換を行うことは非常に難しいためです。

研究の内容

本研究では、リチウムフタロシアニン(LiPc、図1(a))という有機分子が、柱を形成するように積み重なって結晶化している有機強相関電子材料に注目しました。この結晶中には、LiPcが作る柱に囲まれた孔が存在します(図1(b), (c))。この孔は他の分子を取り込むことができる性質を有しているため、LiPcを酸化することができる分子を孔の中に取り込ませられればLiPcの電子の数が変わる、すなわち、原子置換・分子置換をすることなく化学的にキャリアドープを行えると予測しました。そこで、LiPcを酸化する能力をもつヨウ素分子(I2)の蒸気にLiPc結晶を曝し、得られた試料の評価を行いました。

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図1. リチウムフタロシアニンの分子構造(a)と結晶構造(b)および(c). (b)と(c)は見る角度を変えたもので、それぞれの青い丸と線で示した部分に孔が存在する.

研究の成果

I2に曝露した後に回収した結晶中でのLiPcの配列は曝露前とほとんど変わらない一方で、結晶中の孔にはヨウ素原子がLiPc一分子に対して一つの割合で取り込まれていることが分かりました(図2)。また、取り込まれたヨウ素は、ラマン分光法によりI5という状態にあることが示唆されました。これは、LiPc五分子につき一分子が酸化されていることを意味しており、化学的キャリアドープがなされていることを示すものです。

電気の流し難さを表す電気抵抗率を測定すると、化学的キャリアドープによって25℃での値が3桁も小さくなっていることが分かりました(図3(a))。これは、電気の流しやすさが1000倍も上昇したことを意味します。また、キャリアドープ前の試料は温度の低下とともに抵抗率が大きくなる絶縁体の振る舞いを見せるのに対し、キャリアドープ後の試料は温度の低下とともに抵抗率が小さくなる金属の振る舞いを−240℃付近まで示しました(図3(b))。有機強相関電子材料への化学的キャリアドープによる金属状態への変換は本研究で初めて達成された現象です。

さらに、金属化した試料を加熱すると、孔に取り込まれたヨウ素が脱離して元の絶縁体状態の試料に戻り、再度I2に曝露すると金属状態に変換されること、すなわち、有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体状態と金属状態の制御にも成功しました。

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図2. I2に曝露した試料の結晶構造. LiPc分子の配列は曝露前のものとほとんど変わらず、孔にヨウ素原子が取り込まれている.取り込まれたヨウ素はI5となっていた.

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図3. 電気抵抗率の温度依存性
(a)化学的キャリアドープにより金属状態になること、および、ヨウ素を脱離することで元に戻ること、さらに再度化学的ドープをすることで金属状態にできることが分かる. この図では横軸を温度の逆数としており、数値の小さい左端が室温(298 K)、右に行くほど低温である.
(b)金属状態は−240℃付近まで維持されている. なお、いずれの図も温度の単位としてK(ケルビン)を用いた. ℃の数値に約273を加えることでKに変換できる(例:25℃はおおよそ298 K).

展開

強相関電子材料は、多様な電子の振る舞いを見せる魅力的な物質です。これまで、有機強相関電子材料は学問的な興味から広く研究されてきましたが、無機強相関電子材料のような実学的な展開はキャリアドープの困難さから大きく遅れている状況にありました。近年身近になっている有機エレクトロニクスにおいては、常に新しい有機電子材料が渇望されています。初めて化学的キャリアドープによる有機強相関電子材料の金属化を達成した本研究が、有機高温超伝導体を始めとする新しい有機電子材料の設計指針の確立やその実用化を目指す研究の契機となることを期待しています。

特記事項

論文情報
論文名:Reversible Insulator–Metal Transition by Chemical Doping and Dedoping of a Mott Insulator
著者:Ryota Teruya, Tetsu Sato, Masahiro Yamashita, Noriaki Hanasaki, Akira Ueda, Masaki Matsuda*
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
doi:10.1002/anie.202206428
URL:https://doi.org/10.1002/anie.202206428

用語説明

ラマン分光法

物質に当てた光が散乱するときに出る、入射光と異なる波長を持つ光(ラマン散乱光)を用いて物質の評価を行う分光法。