将来はアニサキスでがん治療?
アニサキスなどの線虫に機能性スーツを着せる方法を開発
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の境慎司教授、博士後期課程学生のウィルダン・ムバロクさんは、アニサキスなどの線虫表面を厚さ0.01 mm程の柔軟性のある膜でコートする方法の開発に成功しました。
境教授らの開発した方法は、アニサキスなどの線虫の表面において、あたかも、さまざまな生地からスーツを仕立てるように、生存を損なうことなくゲルの薄膜を形成させる方法です。紫外線をカットする分子を含む薄膜でコートすれば紫外線への耐性が向上し、ブドウ糖から過酸化水素を発生させる酵素を含む薄膜でコートすれば、血糖値に相当する糖を含む溶液中に共存させたがん細胞を24時間以内に死滅させることができることを見出しました。ある種の線虫はがんの匂いに誘引されることが報告されており、最近ではがん診断への応用も試みられています。また、胃がんにアニサキスがくっついていたとの報告もあります。これらを考えると、アニサキスが不要になった場合にすぐに殺したり、アレルギー反応を起こさなくさせるなどの技術の開発は必要にはなりますが、将来は「アニサキスが ガンを探索し、表面に形成されたスーツの機能でがん細胞を攻撃するという あたらしいがん治療法」につながることも期待されます。
本研究成果は、オランダ科学誌「Materials Today Bio」に、6月16日(木)に公開されました。
図. 未処理と蛍光ゲル薄膜でコートしたアニサキス.
研究の背景と内容
線虫の一種であるアニサキスは、サバの刺身などを通じて摂取された場合には胃痛などを引き起こすため、ネガティブな印象をもたれた線虫です。一方で、見方を変えると、胃液にさらされてもすぐには死なないという面白い特徴をもっています。また、アニサキスがガンの「匂い」を検出し、移動してがんに付着できる可能性があるとの報告もあります。1) さらに最近では、線虫の「匂い」を感受する高い能力とその「匂い」のもとへ移動する性質を利用したがん検査法も実用化されています。2)
境教授らの研究グループでは、このような背景から、アニサキスのもっている機能を人にとって有用な形で利用することができないかと考えて研究を開始しました。そして、がんの「匂い」を検知してがんの部位へ移動する能力は、がん細胞を殺傷する物質の輸送体としては魅力的であるため、そのような物質を搭載する方法の開発に取り組みました。そして、線虫の匂い検知能力や運動性に影響を与えない、厚さ0.01 mm程の柔軟なゲルの薄膜を20分程度で線虫表面に形成させる方法を開発することに成功し、特許出願と論文発表を行いました。
血液中のブドウ糖から過酸化水素を生成させることのできる酵素(グルコースオキシダーゼ)を組み込んだゲル薄膜でコートし、がん細胞を含む培養液に入れたところ、24時間後にはがん細胞を死滅させることができました。また、この他の事例として、紫外線の透過を妨げる素材を含むゲル薄膜でコートすると、線虫の紫外線への耐性が向上するなど、さまざまな機能をもったゲル薄膜でコートすることで、線虫に新しい機能を付与できることを示しました。
アニサキスのがん治療への利用に関しては、不要になった場合にすぐに殺したり、アレルギー反応を起こさなくさせるなどの技術の開発は今後必要ですが、将来は「アニサキスが がんを探索し、表面に形成されたスーツの機能でがん細胞を攻撃するという あたらしいがん治療法」につながることも期待されます。
1) H. Sonoda, K. Yamamoto, K. Ozeki, H. Inoye, S. Toda, Y. Maehara, An anisakis larva attached to early gastric cancer: report of a case, Surg. Today. 45 (2015) 1321–1325. https://doi.org/10.1007/s00595-014-1012-3.
2) HIROTSUバイオサイエンス,大阪大学 ResOU 2021年9月6日「尿の「匂い」による膵がんの早期診断へ期待」 など
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、生物のもっている優れた機能を人に積極的に利用することを目指し、特に、生の魚介を食べる日本人にとっては悪者として知られるアニサキスを将来は有用利用できるかもしれないことを示した斬新なものです。実用化に向けては解決しなければならない課題はありますが、がんの治療のためにアニサキスを飲む、がんがあるかもしれないからアニサキスを飲む、もしくはがんがあるといやだからアニサキスを飲むといったことが行われる日が来るかもしれません。
特記事項
本研究成果は、2022年6月16日(木)午後3時(日本時間)にオランダ科学誌「Materials Today Bio」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Nematode Surface Functionalization with Hydrogel Sheaths Tailored In Situ”
著者名: Wildan Mubarok, Masaki Nakahata, Masaru Kojima, Shinji Sakai