鉱物が一瞬だけ衝撃を受けるとどうなるか

鉱物が一瞬だけ衝撃を受けるとどうなるか

2022-5-9自然科学系
工学研究科准教授尾崎典雅

研究成果のポイント

  • ジルコンという鉱物のレーザー衝撃実験を行い、隕石衝突規模の強い衝撃を受けた瞬間の結晶構造変化を超高速X線撮影した。
  • 衝撃による瞬間的な高温高圧状態が引き起こす結晶構造変化は、長時間の高温高圧状態が引き起こす変化とは異なることが分かった。
  • 温度・圧力条件のみならず時間も結晶構造変化にとって重要なパラメーターであることが実験で確認された。

概要

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、筑波大学、大阪大学大学院工学研究科、高輝度光科学研究センター、理化学研究所放射光科学研究センターの共同研究グループは、X線自由電子レーザー施設SACLAを用いて、ジルコンという鉱物の衝撃特性を超高速X線観察することに成功しました。これは、KEK 物質構造科学研究所の髙木壮大博士、一柳光平 研究員、 野澤俊介准教授、筑波大学生命環境系の興野純准教授、岡田慧氏、大阪大学大学院工学研究科の尾崎典雅准教授、新田蒼真氏(当時)、理化学研究所の宮西宏併研究員、末田敬一研究員、高輝度光科学センターの籔内俊毅主席研究員、富樫格主幹研究員らを中心とした共同研究グループの成果です。

隕石衝突による衝撃は“瞬間的な高温高圧状態”を生み出して鉱物の状態を変化させ、鉱物にその痕跡を残します。ジルコンは少量のウランを含み、ウランが放射壊変して鉛になることで数億年から数十億年前の時間を知る「時計」として利用できる重要な鉱物です。ジルコンが受けた衝撃の大きさと残る痕跡の関係を知ることは、過去の隕石衝突の規模や年代を推定する上で重要です。

本研究では、強いレーザー光をジルコンに照射して5ナノ秒(1ナノ秒は1億分の1秒)という一瞬の衝撃を与え、その瞬間の結晶構造変化をX線を用いてリアルタイムで観察しました。ジルコンから高圧相であるレーダイトへの結晶構造相転移が観察された一方、長時間の高温高圧状態では観察される酸化物への分解は起こらないことが分かりました。

この研究成果は、国際学術誌「Physics and Chemistry of Minerals」に5月3日掲載されました。

研究の背景

ジルコン(ZrSiO4)は地球上の岩石から隕石まで広く存在する鉱物です。宝石としてご存知の方もいるかもしれません。微量に含まれるウランは質量数238と235の2つの同位体があり、それぞれが半減期約45億年と約7億年で鉛206と鉛207に変化します。ウランと鉛の量比から経過した時間を正確に求めることができるため、ジルコンは地質学的な「時計」として重要な役割を持ちます。これまでの実験で、温度・圧力条件によって高圧相のレーダイトへ結晶構造が変化することや、酸化物(ZrO2とSiO2)への分解が起こることが分かっています。それらの変化が天然ジルコン中に残す痕跡を観察することで、過去にどういった温度・圧力条件にさらされていたか、例えば、ジルコンがマグマから形成されてから経過した時間や、隕石衝突を受けてから経過した時間などを知ることができます。

これまでの実験では、長時間高温高圧にさらされた状態のジルコンが観察されてきました。しかし、隕石衝突による衝撃で高温高圧になるのは一瞬だけです。そのため衝撃下での結晶構造変化、分解などのダイナミクスは実験による再現でも観察することが難しく明らかになっていませんでした。

研究内容と成果

そこで、本研究グループではSACLAにおいて、一瞬だけ衝撃を受けたジルコンの結晶構造を詳細に観察しました。この手法では、高強度レーザーパルスを試料に照射することで衝撃波を発生させ、衝撃前、衝撃を受けている瞬間、さらに衝撃から解放されるまでの結晶構造変化を強いX線パルスを照射して撮影します(図1)。縦横5ミリメートル、厚さ50マイクロメートルのジルコン焼結体試料に高強度レーザーパルスを時間幅5ナノ秒で照射し、同時にSACLAのX線パルスを照射してX線回折像を得ました。

図2に得られたX線回折像とそのX線回折スペクトルを示します。高強度レーザーパルスのエネルギーごとにデータを並べています。X線回折スペクトルは結晶構造を反映していて、スペクトルのパターンから結晶構造を知ることができます。衝撃前はジルコンのX線回折パターンでしたが、高強度レーザーパルスのエネルギーが3.1 J(ジュール)以上でレーダイトがジルコンに混ざって見られるようになりました。10.3 Jでは約70 GPa、2000℃に達して溶融し、結晶由来のX線回折パターンがなくなりました。衝撃解放過程のX線回折像では、再び結晶化してジルコンとレーダイトの混合状態に戻りました。

今回のレーザー衝撃過程ではレーダイトへの相転移は見られましたが、分解は見られませんでした。この結果はこれまでの長時間高温高圧状態でおこなわれた実験の結果とは異なり、一瞬の衝撃で分解は起こりにくいと考えられます。

20220509_1_1.png

図1. レーザー衝撃圧縮実験の概略図

20220509_1_2.png

図2. 高強度レーザーパルスのエネルギーごとのX線回折スペクトル変化。照射エネルギーの増加に伴いより強い衝撃状態が発生される。27.7GPaで高圧相レーダイトが見られるようになり、72.5GPaで溶融状態に変化した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

鉱物は周りの温度・圧力によって結晶構造が変化しますが、本研究の様に非常に短い時間に起こる現象を詳細にとらえる事で、時間も結晶構造変化の要因になっていることが分かってきました。今後は様々な時間スケールで温度圧力を変化させた時の結晶構造変化を解明し、過去に起こった隕石衝突の正確な規模の推定に役立つデータを実験から得ることを目指しています。

特記事項

論文名:「Phase transition and melting in zircon by nanosecond shock loading(日本語名:ジルコンのナノ秒衝撃下での相変化挙動)」
雑誌名:Physics and Chemistry of Minerals 49, 8(2022)
DOI:https://doi.org/10.1007/s00269-022-01184-8

用語説明

SACLA

X 線自由電子レーザー施設 SACLA:理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めての XFEL施設。2011 年 3 月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名されました。SACLAでは、2011年6月に最初の X 線レーザーを発振、2012 年 3 月から共用運転が開始され、利用実験が行われています。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にもかかわらず、 0.055 nm 以下という極めて短い波長のレーザーの生成能力を持ちます。