薬剤耐性細菌を画像でも判別
深層学習による判別方法の向上で耐性菌へ複合的なアプローチ
研究成果のポイント
概要
大阪大学産業科学研究所の西野美都子准教授、青木工太特任准教授(常勤)、西野邦彦教授(薬学研究科・感染症総合教育研究拠点 兼任)らの研究グループは、深層学習を用いて薬剤耐性菌の画像判別が高精度にできることを世界で初めて明らかにしました。
世界中で薬が効かない薬剤耐性菌が出現して大きな問題となっています。これまで細菌の薬剤耐性獲得について、関係する個々の遺伝子や因子の変異や発現変化については詳しく研究されてきました。しかしながら、薬剤耐性菌の形態についての研究はあまりなされておらず、耐性化によってどのような形態変化がもたらされているのか不明でした。
今回、西野教授らの研究グループは、薬剤耐性能を獲得した細菌は、遺伝子のみならず形態学的にも変化が生じていることを見出しました(図1)。電子顕微鏡を用いて詳細な画像情報を取得し、深層学習により耐性株と非耐性株を高精度に判別することに成功しました。また、耐性株の形態学的特徴を可視化し、特徴に関与する遺伝子を明らかにしました。これにより、細菌が薬剤に耐性かどうかを遺伝子だけでなく、形の変化からも推定できることが期待されます。
本研究成果は、スイス科学誌「Frontiers in Microbiology」に、3月15日(火)に公開されました。
図1. 薬剤耐性菌(左)と非耐性菌(右)の電子顕微鏡画像。耐性菌は外膜の形状が変化し、一部ブレブ構造(矢頭)も認められる。白矢印は異染顆粒。
研究の背景
感染症において、抗菌薬が効かなくなる薬剤耐性菌の出現が世界的に問題になっています。細菌の薬剤耐性化へのプロセスは、長期間の抗菌薬への暴露によって生じる遺伝子や耐性化に関わる因子、細胞状態の変化が複雑に絡み合っていると考えられています。しかしながら、これまでは、1つの薬剤耐性について1つの遺伝子や因子の変化で説明されるに留まっており、その全貌については良く理解されていません。薬剤耐性菌による感染症を克服するためには、耐性菌が出現するメカニズムを複合的に理解し、抑制する手立てを講じることが重要と考えられます。
西野教授らの研究グループでは、複数の薬が効かなくなる多剤耐性に関する研究を行う過程において、薬剤耐性能を獲得した細菌は、遺伝子だけでなく形も変化させていることを見出しました。そこで薬剤耐性菌の詳細な形態情報を得るため、急速凍結固定法を用いて瞬時に細菌を凍結させ、電子顕微鏡観察のためのサンプル作りを行いました(図2)。この方法により、細菌の良好な細胞内構造が観察できるようになりました。さらに、1万枚以上の電子顕微鏡画像を撮影し、深層学習による判別を行いました。その結果、90%以上の正答率で薬剤耐性菌と非耐性菌を判別することに成功しました。Grad-CAM法を使い耐性菌の形態学的特徴を可視化した結果、外膜領域に注目が集まっており、目視での所見と一致しました(図3)。さらに、深層学習により抽出された画像特徴量と遺伝子発現データ(とランスクリプトームデータ)との相関を計算した結果、外膜を構成するリポタンパク質など、複数の膜構成に関わる遺伝子が高い相関を持つことが見出されました。
図2. 薬剤耐性菌の電子顕微鏡解析の流れ。薬剤耐性菌の1つであるエノキサシン(ENX)耐性株を解析に用いた。
図3. Grad-CAMによる特徴の可視化。判別の根拠となった注目領域をヒートマップにて可視化。ENX耐性菌は外膜領域が、非耐性菌は顆粒が強く発火している。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、薬剤耐性化プロセスにおいて、細菌の形態変化、遺伝子や耐性化因子の変化について、機械学習を取り入れて複合的に理解することが可能となるでしょう。さらに、将来的に、細菌の形態から薬剤耐性能を自動で予測する技術開発につながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年3月15日(火)にスイス科学誌「Frontiers in Microbiology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Identification of bacterial drug-resistant cells by the convolutional neural network in transmission electron microscope images”
著者名:Mitsuko Hayashi-Nishino, Kota Aoki, Akihiro Kishimoto, Yuna Takeuchi, Aiko Fukushima, Kazushi Uchida, Tomio Echigo, Yasushi Yagi, Mika Hirose, Kenji Iwasaki, Eitaro Shin’ya, Takashi Washio, Chikara Furusawa, and Kunihiko Nishino
DOI:https://doi.org/10.3389/fmicb.2022.839718
なお、本研究は、JSPS科研費17K08827, 17H06422, 17H03983, 18K19451, 21H03542の助成を受けたものであり、JST戦略的創造研究推進事業CREST研究、文部科学省「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」、大阪大学蛋白質研究所クライオ電子顕微鏡共同利用研究の一環で行われ、大阪電気通信大学 通信工学部 越後富夫教授、大阪大学 産業科学研究所 八木康史教授、大阪大学 蛋白質研究所 廣瀬未果特任研究員(常勤)、筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 岩崎憲治教授、大阪大学 産業科学研究所 新家英太郎特任研究員、大阪大学 産業科学研究所 鷲尾隆教授、東京大学大学院 理学系研究科 古澤力教授(理化学研究所 生命機能科学研究センター)との共同研究で行われました。
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SDGsの目標
用語説明
- 深層学習
深層学習(ディープラーニング)は、ヒトが自然に行うタスクをコンピューターに学習させる機械学習の手法で、人工知能AIの発展を支える技術でもある。
- 薬剤耐性細菌
抗菌薬が効かなくなった細菌のことを示す。薬剤耐性菌感染症は抗菌薬での治療が困難であるため、世界において大きな問題となっている。
- エノキサシン
ニューキノロン系抗菌薬であり、複数の細菌に対して強い抗菌力を示す。本研究ではエノキサシンに感受性を示す菌(非耐性菌)と、耐性を示す菌(耐性菌)を用いて解析を行った。