発見!溶液の電気化学電流にリザバー計算能力

発見!溶液の電気化学電流にリザバー計算能力

水とイオンでニューラルネットワーク計算を実現へ

2022-1-7工学系
理学研究科教授赤井恵

研究成果のポイント

  • 溶液の電気化学反応が非線形問題を解決するための優れた情報処理能力を示すことを発見
  • 水とイオン、溶液を流れる電流を利用した単純なシステム提案は、未来のイオニック人工知能デバイス開発に大きく寄与することに期待

概要

大阪大学大学院理学研究科/北海道大学大学院情報科学研究院の赤井恵教授、北海道大学大学院情報科学院大学院生のKan Shaohua(カン ショウカ)さん(博士後期課程)、東京大学大学院情報理工学系研究科/同大学次世代知能科学研究センター 中嶋浩平准教授らの研究グループは、溶液内の電気化学電流リザバー計算の能力を示すことを世界で初めて明らかにしました。

リザバー計算とは、現在新しい人工知能として期待されるニューラルネットワーク計算の一つです。現在この計算機を物理的に作ろうとする研究が世界的に大きな注目を集めており、固体素子だけでなくスピンや光、様々な素材が研究され始めています。

今回、赤井教授らの研究グループは、高い酸化還元反応を持つ酸性分子水溶液および、蒸留水の中に発生する端子間の電気化学電流を多数同時計測することにより、溶液内の電極表面に発生する化学反応と電気的過渡応答信号が、高度なニューラルネットワーク計算に必要な非線形問題を解決する能力を持つことを解明しました。これにより、イオンを含む溶液素材が、安全で安価な人工知能デバイス開発に利用できる可能性が示されました。

本研究成果は、米国科学誌「Advanced Science」に、2021年12月29日(水)に公開されました。

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図. リザバー(溜池)計算は情報の伝達が水面の揺らぎに例えられることから命名された。水中の電極は研究に使用された実際の多端子電極である。

研究の背景

ニューラルネットワークを基本とする人工知能は膨大な電力を必要とします。この電力問題は人工知能の発展を押し留めているだけでなく、我々は通信ネットワークに繋ってしか人工知能の十分な恩恵を受けることができません。人工知能は複雑な問題を解くだけでなく、人や自然の感覚に近い判断を的確に行い、現代社会が必要とする膨大な情報量を劇的に削減する方法として社会のあらゆる所で活躍することが期待されます。これを実現する為にはリザバー計算のような非線形情報処理が可能なデバイスが物理的に構築され、人工知能が既存のコンピュータから解放される必要があります。

研究の内容

赤井教授らの研究グループでは、水溶液内の多端子電極と電子回路を組みあわせることで、溶液内の電気化学反応とイオンの移動による過渡応答電流を、自動かつ高速に100箇所以上計測するシステムを開発しました。計測された信号をリザバー計算が得意とする時系列非線形問題のベンチマークタスクに適用したところ、高い計算能力を持つことが示されました。高い酸化還元反応を示す酸性分子水溶液は、周期信号処理能力の向上に貢献していることを発見しましたが、高次の非線形メモリを必要とする計算の能力は十分ではありませんでした。逆に、蒸留水のみの溶液では周期信号処理能力は低かったものの、高次の非線形メモリ問題で強力な計算能力を示しました。

電気化学反応だけでなく溶液と電極界面における電気二重層の充放電を電流として利用するこのシステムでは、将来的には電子が電極から材料にほとんど流れない画期的なイオニクス人工知能デバイスが実現する可能性を示しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、安全、安価かつ低消費電力な人工知能デバイスが、我々の最も身近な水とイオンを利用し実現できる可能性が示されました。情報量の爆発を抑えつつ快適な未来社会を目指すにはこれまでの半導体素子中心の情報処理方法から脱却した、まったく新しい材料や反応を模索することが求められています。本研究は未来の情報科学技術を切り拓く材料探索の新しい方向性を示しました。

特記事項

本研究成果は、2021年12月29日(水)に米国科学誌「Advanced Science」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Physical Implementation of Reservoir Computing through Electrochemical Reaction”
著者名:Shaohua Kan*, Kohei Nakajima, Tetsuya Asai, and Megumi Akai-Kasaya
DOI:https://doi.org/10.1002/advs.202104076

なお、本研究は、JSPS科学研究費助成事業研究(no. JP19K22877 and JP18H01135)の一環として行われました。

参考URL

大阪大学大学院理学研究科 化学専攻表面化学研究室(赤井研究室)
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/akai/

北海道大学 大学院情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門 集積システム分野 集積ナノシステム研究室
http://lalsie.ist.hokudai.ac.jp/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

電気化学電流

ファラデー電流とも言う。溶液内のイオンは電極表面において電子を受け渡すことによって化学反応を起す。正極と負極での反応は異なるイオンの反応であるが、連続的な反応が両極で起こった場合、結果的には溶液内を流れる電流として検出される。

リザバー計算

次世代の情報処理形態として最近注目を集めているニューラルネットワークの一種。リザバーとは貯水池という意味を持ち、中心部のネットワークで情報がさざ波のように干渉し合う様子からこの名前がついた。小脳の中の神経回路網構造を模倣している。

ニューラルネットワーク

脳の信号処理機能の一部を単純化した数学上のモデル。本来は生体脳内のニューロン回路網を意味する言葉でもある。ニューラルネットワークが機械学習と組みあわされた深層学習(ディープラーニング)は今最も活用されている人工知能である。