チタン酸バリウムナノキューブの粒径を制御する手法を新たに開発

チタン酸バリウムナノキューブの粒径を制御する手法を新たに開発

環境調和型のプロセスを採用 高性能小型電子デバイスの開発に期待

2021-11-25工学系
産業科学研究所特任教授(常勤)垣花眞人

概要

茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の中島光一准教授、同研究科量子線科学専攻・博士前期課程の廣中航太さん、大内一真さん、茨城大学工学部の味岡真央さん、茨城大学大学院理工学研究科の小林芳男教授、大阪大学産業科学研究所の関野徹教授、垣花眞人特任教授(常勤)、東北大学多元物質科学研究所の殷シュウ教授、日本原子力研究開発機構の米田安宏研究主幹の研究グループは、チタン酸バリウム(BaTiO3)ナノキューブの粒径制御には、出発原料である酸化チタン(TiO2)の粒径が影響することを明らかにしました。

BaTiO3ナノキューブは緻密なセラミックス開発の基盤粒子になる潜在能力を秘めており、その精密合成や表面再構成の活用技術は、高性能小型電子デバイスの開発において重要な役割を果たします。本研究では、水溶性チタン錯体を調整し、水熱合成することによって得られたTiO2からBaTiO3ナノキューブを合成した結果、TiO2の粒径を制御することで、BaTiO3ナノキューブの大きさが制御可能であることを明らかにしました。また、電子線トモグラフィによりBaTiO3ナノキューブを立体的に表現することにも成功しました。今後、BaTiO3ナノキューブの粒径を自由自在に制御する技術を確立することができれば、飛躍的な誘電率の向上を期待することができます。

この成果は、2021年11月24日(現地時間)付で米国化学会の雑誌ACS Omegaのオンライン版に掲載されました。

背景

強誘電体として知られるチタン酸バリウム(BaTiO3)は、携帯電話やパソコンなどの電子機器に使用されており、我々の生活に欠くことができない物質です。このBaTiO3を用いた誘電体材料の性能を向上させることは、高性能小型電子デバイスの開発につながります。そのためには、基盤となるBaTiO3の粒子設計、とくに粒子の大きさ(粒径)を制御することが材料設計に重要です。そこで本研究グループでは、出発原料である酸化チタン(TiO2)の粒径制御から研究に取り組み、BaTiO3ナノキューブの合成を行いました。

(本研究は2021年3月29日のプレスリリース「チタン酸バリウムナノキューブ合成と粒子表面の原子配列の可視化に成功」と関連するものです。)

研究手法・成果

【本研究の独創性(ねらい)】
BaTiO3ナノキューブの合成にはこれまで薬品のTiO2(粒径:<25nm)を用いてきましたが、この方法で合成すると粒度にバラつきが生じるため、粒度分布を狭くする必要がありました。薬品のTiO2を電子顕微鏡で観察した結果、凝集が見られ、これが均一な核生成を困難にしていると考えられます。そのため、25nm以下の粒径で、分散性が良好なTiO2を出発原料として用いることができれば、核生成の量が増え、BaTiO3ナノキューブの均一性の向上と微粒子化が可能であると考えました。本研究では、水溶性チタン錯体を用いて分散性が良好なTiO2ナノ粒子を合成するところから研究を行いました。

本研究グループでは、水溶性チタン錯体の配位子としてグリコール酸、乳酸、くえん酸、D(-)-酒石酸、L(+)-酒石酸の5種類を、水熱法の溶媒として硝酸水溶液、水、アンモニア水溶性の3種類を用いて合成を行った結果、乳酸を配位子、水を溶媒としたときに、分散性が良好なTiO2ナノ粒子を得ることができました。

【BaTiO3ナノキューブの粒径制御】
一般にナノ粒子は界面活性剤を使用して合成を行いますが、本研究ではBaTiO3の粒子表面を利用した材料設計を目指すため、界面活性剤を使用せずに、水を溶媒とする水熱法でBaTiO3のナノキューブ化を可能にしました。本研究で合成したTiO2を出発原料としてBaTiO3ナノキューブを水熱合成した結果、出発原料であるTiO2の粒径が目的物質であるBaTiO3ナノキューブの粒径に影響を与えていることがわかりました。BaTiO3の粒子形態について、上述のTiO2ナノ粒子(配位子:乳酸、溶媒:水)を出発原料としたとき、良好なBaTiO3ナノキューブを得ることができました(図1)。

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図1. 本研究で合成したBaTiO3ナノキューブの電子顕微鏡写真
(a)二次電子像、(b)BF-STEM像、(c)HAADF-STEM像

自発分極の起源を観測】
本研究で得られたBaTiO3ナノキューブに対して、大型放射光施設(SPring-8)でX線回折(XRD)測定を行った後、結晶構造解析(リートベルト解析、二体相関分布関数(PDF)解析)を行いました。一般にBaTiO3はサイズ効果があり、粒子サイズが小さくなると立方晶系となることが知られていますが、リートベルト解析の結果、本研究で得られたBaTiO3ナノキューブは正方晶系を示していることがわかりました(図2(a))。また、PDF解析を行った結果、BaTiO3の自発分極の起源となるサイトを見出しました(図2(b))。

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図2. 本研究で合成したBaTiO3ナノキューブのX線結晶構造解析(SPring-8)
(a)リートベルト解析、(b)PDF解析、(1.9Åと2.1Åの2つのTi-Oの分離が自発分極の起源を示す)

【BaTiO3ナノキューブの微構造解析】
1個のBaTiO3ナノキューブに焦点をあて、球面収差補正付きの電子顕微鏡を用いて、原子カラムの観察を行いました(図3)。BaTiO3はペロブスカイト構造を有していますが、BaTiO3ナノキューブ粒子の内部は規則正しく原子が配列していました。一方、BaTiO3ナノキューブ粒子の最表面は粒子内部とは異なる原子配列をしており、表面再構成を構築していることがわかりました。この表面再構成は、BaTiO3の粒子表面での物性発現を生じさせる際、大きな役割を担います。例えば、BaTiO3のナノキューブを集積化させて粒子の界面を歪ませることができれば、大きな誘電特性の発現を期待することができます。

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図3. [001]方向から電子線を入射させて行ったBaTiO3ナノキューブの原子カラム観察
(粒子内部は規則正しく原子が配列しており、粒子の最表面は表面再構成が生じている)

【BaTiO3ナノキューブの三次元化】
一般的に粒子形態の観察に用いられる電子顕微鏡で得られるのは二次元(写真)の情報ですが、傾斜をかけて電子顕微鏡観察を行った像を再構築することによって三次元化することができます(電子線トモグラフィ)。図4は本研究で得られたBaTiO3ナノキューブの電子線トモグラフィ(Volume rendering とIsosurface rendering)の結果です。X軸、Y軸、Z軸方向から見た画像で、BaTiO3は立方体の形状がしていることがわかります。また、スライスした画像からBaTiO3ナノキューブの粒子内部の様子を知ることができ、空洞などがなく、内部が密になっていることがわかります。

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図4. BaTiO3ナノキューブの電子線トモグラフィ
(a)Volume rendering (b) Isosurface rendering

今後の展望

本研究では出発原料であるTiO2の粒径の制御が、目的物質であるBaTiO3ナノキューブに影響をもたらすことを明らかにしました。本研究で得られたBaTiO3ナノキューブの結晶系は正方晶系であったため、自発分極を有しています。BaTiO3は身近に存在する携帯電話やパソコンなどのセラミックコンデンサに使用されている物質であり、粒径を制御されたBaTiO3ナノキューブは小型電子デバイスの開発において重要な役割を果たすと考えています。

つぎのステップは、BaTiO3ナノキューブを集積化し、緻密なセラミックスを作製することです。BaTiO3ナノキューブの界面を歪ませて分極回転機構を利用することができれば、BaTiO3ナノキューブの表面積は大きいため、飛躍的な誘電特性の発現が期待でき、高性能小型電子デバイスの開発に結びつきます。さらに、自発分極を有しているため、相乗効果により、優れた誘電体材料として機能することが期待されます。

本研究の合成技術はBaTiO3以外のペロブスカイト型酸化物のナノキューブ合成に応用可能で、波及効果が極めて高い合成技術です。例えば、水分解光触媒としての性能を有するチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)をナノキューブ化し、結晶面(ファセット)が露出したナノクリスタルを生み出すことができれば、効率よく水を分解して水素と酸素の生成が期待できます。

本研究の合成手法は、環境調和型かつ省エネルギー型の溶液反応プロセスでBaTiO3を創り出しています。そして、ナノサイズという領域で粒子の形状をコントロールしています。これらの本研究の成果は、今後、粒子設計を基盤とした材料設計の分野で大きな一歩となると考えています。

論文情報

タイトル:Optimizing TiO2 through water-soluble Ti complexes as raw material for controlling particle size and distribution of synthesized BaTiO3 nanocubes
著者:Kouichi Nakashima, Kouta Hironaka, Kazuma Oouchi, Mao Ajioka, Yoshio Kobayashi, Yasuhiro Yoneda, Shu Yin, Masato Kakihana, Tohru Sekino
雑誌:ACS Omega
公開日:2021年11月24日(現地時間)

本研究は、下記の研究助成や設備利用などによって実施されました。

・文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 JP19K05644)
・公益財団法人 旭硝子財団 研究奨励
・文部科学省 物質・デバイス領域共同研究拠点
 人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス
 展開共同研究B(課題番号 20214038)
・文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム事業
 九州大学 超顕微解析研究センター 微細構造解析プラットフォーム
 ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点(課題番号 JPMXP09A20KU341、JPMXP09A21KU0005)
・文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム事業
 JAEA & QST微細構造解析プラットフォーム(課題番号 JPMXP09A19AE0006)
・茨城大学 機器分析センター
・東北大学 工学部・工学研究科 技術部
・大型放射光施設 SPring-8 ビームライン BL22XU

用語説明

チタン酸バリウム(BaTiO3)

BaTiO3は強誘電体として知られており、ABO3のペロブスカイト型構造を有します。正方晶系のBaTiO3に電圧を加えると電気分極が起こり、電気を蓄えることができる誘電体です。このBaTiO3は積層セラミックコンデンサとして、さまざまな電子機器に使用されています。

BaTiO3ナノキューブ

ナノキューブはナノレベルの大きさを有する立方体の単結晶粒子。BaTiO3をナノキューブ化することによって、緻密なセラミックスの作製(BaTiO3ナノキューブの集積化)に道が切り開かれ、BaTiO3ナノキューブの粒子表面(界面)を利用した材料設計が可能になります。

大型放射光施設(SPring-8)

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援等を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する指向性が高く強力な電磁波です。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。

自発分極

電場をかけなくても分極することを自発分極といいます。外部の電界によって自発分極を反転できる物質を強誘電体といいます。

原子カラム

結晶の中では原子が規則正しく並んでいます。特定の軸に対して並んでいる原子配列のことを原子カラムといいます。

ペロブスカイト型構造

結晶構造の一種で、BaTiO3のようにABX3の組成を有する無機化合物。