尿の「匂い」による膵がんの早期診断へ期待
線虫が検出する新技術
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)らの研究グループは、線虫の嗅覚をセンサーにした検査法が、膵がん診断に有用である可能性を明らかにしました。線虫は「匂い」を感受する能力が高く、人の尿中からがん特有の匂いを感知すると誘引行動を起こし、健常者の場合には忌避行動を起こすことが知られています(図1)。
現在、膵がんの早期診断法は確立されているとはいえず開発段階にあり、既存の検査である腫瘍マーカーは陽性率が十分でなく、また画像検査でも検出が困難な状況にありました。
今回、研究グループは、産学連携の活動の一環として、線虫がん検査の技術を有する株式会社HIROTSUバイオサイエンスと共同研究を行い、膵がん患者の尿のサンプル(多施設共同試験)を対象とした、線虫によるがん診断の可能性を検討しました。その結果、早期膵がんの術前術後や膵がん患者と健常者の尿を用いて線虫の走性行動を解析すると、有意な差があることが見出されました。 今後、当検査は膵がんの早期診断法になり得るものとして、さらなる大規模試験等の検討に進むことが期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Oncotarget」に、2021年8月に公開されました。
図1. 線虫を用いたがん診断
研究の背景
膵がんは早期から浸潤や他臓器への転移をきたして予後が不良です。そのため膵がんでは特に早期に発見して早期に治療を開始することが重要であることが以前より指摘されてきました。しかし、膵がんには特徴的な症状がないため、早期の段階で検出するためには、有用なスクリー二ング検査が必要でした。
線虫の嗅覚をセンサーにした当検査に用いるC. elegansは、モデル動物として生物学の領域では広く用いられており、「匂い」を感受する能力が非常に優れていることは従来の研究からよく知られています。「がんの匂い」については、10年以上前から犬を用いた研究等で指摘されており、線虫嗅覚によるがん検知の報告も既出のものが複数ありますが、早期膵がんに対しての性能を裏付ける報告は今回の研究が初めてであります。
本研究の成果
研究グループは、産学連携の活動により、線虫嗅覚を用いて膵がん患者の尿からがんの存在を検出する方法の検討を行いました。
本研究では、線虫が早期膵がん患者の術前と術後の尿を有意に識別できることがわかりました。このことは、健常者を加えたブラインド試験においても、明らかになっています(図2)。
線虫の嗅覚を用いた当検査が従来の標準的な腫瘍マーカーより優れた性能を持つことは統計的にも示され、今後膵がんの早期診断法として応用される可能性が示されました。
図2. 早期膵がんと健常者の尿に対する線虫のテストの比較
異なった希釈系(x10, x100)で、早期膵がんに反応していることが示された。数値がマイナスになるほど、線虫が尿から離れていることを示す。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、患者の尿を用いた早期膵がんの検出法として、線虫を用いた「匂い」の検査法が有用である可能性が示されました。難治がんを診断する方法として、今後の発展が期待されます。
特記事項
研究成果は、米国科学誌「Oncotarget」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Scent test using Caenorhabditis elegans to screen for early- stage pancreatic cancer”
【著者名】 Ayumu Asai1,2, Masamitsu Konno1,4, Miyuki Ozaki1, Koichi Kawamoto1,5, Ryota Chijimatsu1, Nobuaki Kondo1,3, Takaaki Hirotsu1,3 and Hideshi Ishii1
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科附属最先端医療イノベーションセンター
2. 大阪大学 産業科学研究所 産業科学AIセンター
3. 株式会社 HIROTSUバイオサイエンス
4. 東京理科大学 生命医科学研究所
5. 近畿厚生局
本研究成果の元となるセンサ―技術は株式会社HIROTSU BIO SCIENCEから「N-NOSE🄬」として商品化されています。
本研究の成果は、共同研究講座の産学連携の活動の一環で行われました。研究の一部は、科研費萌芽(2016〜2017年)等の支援を受けて行われました。
用語説明
- 線虫
線形動物門の総称です。ネマトーダともいいます。ヒトと比較して、「匂い」を感じる能力が優れているのが特徴です。
- 膵がん
膵臓から発生した悪性の腫瘍のことを指しますが、一般には膵管癌のことをいいます。 膵管癌は膵管上皮から発生し、膵臓にできる腫瘍性病変の80-90%を占めています。 全国統計では肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんについで死因の第5位でした。
- スクリーニング
「審査」「選考」「ふるい分け」といった意味で用いられる表現です。特定の条件に照らして複数ある対象の中から条件に合致する対象を選別するという動作を指します。がんの場合には、診断にいたるための1つの手段として用いられます。