次世代半導体のための新たな価電子制御法のデザイン

次世代半導体のための新たな価電子制御法のデザイン

EX-doping法:母体物質に依存しない汎用的で一般的な価電子制御法の提案

2021-8-24工学系
基礎工学研究科特任准教授(常勤)真砂啓

研究成果のポイント

  • 第一原理計算を用いた計算機シミュレーションによって、超ワイドバンドギャップ半導体における、磁性元素を用いた新しい価電子制御法を提案しました。
  • 半導体素子はp型とn型の二種類の電気的性質をもつ試料を組み合わせて作製されます。しかし、高出力半導体デバイスやスピントロニクス応用に用いられる超ワイドバンドギャップ半導体の多くは、その単極性(p型とn型のうちの一方の作製が難しい性質)を有します。このため、III-V族窒化物半導体では、低抵抗p型試料作製が困難でした。
  • 〈原理の概要〉p型半導体では価電子帯トップの正孔が電気伝導に寄与します。極端に大きなバンドギャップを持つ物質では結晶の安定性のため価電子帯に正孔を導入すると大きなエネルギーの上昇があり、困難でした。そこで、価電子帯のトップに正孔をドープすることにより、結晶の共有結合性を強化しました。また、安定状態を作り出す磁性元素をドープすることで、価電子帯の電子を引き抜くことが可能になります。
  • 〈原理の詳細〉Fe,Co,Ni,Mnなどの3d遷移金属磁性元素やEu, Gd, Tbなどの4f希土類磁性元素をワイドギャップ半導体や超ワイドバンドギャップ半導体にドープすることで、磁性元素のもつ多体的な交換相関相互作用による大きなスピンの交換分裂によるエネルギーが利得されます。さらに、母体半導体と磁性元素との強い共有結合によるエネルギーも同時に利得されます。これらを併用することにより、母体半導体の広がった価電子帯や伝導帯に正孔や電子を容易にドープすることが可能となり、低抵抗p型化や低抵抗n型化が実現されます。
  • 今回の新たな価電子制御法は、窒化物半導体(AlN, GaN, BN, …)に限らず、価電子制御が難しい他の超ワイドバンドギャップ半導体、例えば酸化物(SrTiO3, TiO2, Ga2O3,Al2O3, ZnO,MgO,…)や炭素系物質(ダイヤモンドやSiC, …)のドーピングにおける単極性にも解決の目処を与えるものと思われます。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科・スピントロニクス学術連携研究教育センターの真砂啓・特任准教授(常勤)の参加する大阪大学、東北大学、東京大学を拠点としたネットワーク型ラボ研究グループでは、第一原理計算手法を用い、単極性のため低抵抗p型化が難しかったワイドバンドギャップ半導体を低抵抗p型化するための磁性元素を用いた新しい価電子制御法を提案しました。本価電子制御法は、母体化合物に依存しない一般的で、汎用的なものであることから、ワイドバンドギャップを持つ窒化物に限らず、価電子制御が難しい超ワイドバンドギャップをもつ酸化物や炭化物などでのドーピングによる価電子制御における単極性の問題を一般的に解決することができると期待されます。
本研究成果は、応用物理学会欧文誌「Applied Physics Express」に、8月24日(火)18時(日本時間)に公開されました。

研究の内容

大阪大学大学院基礎工学研究科・附属スピントロニクス学術連携研究教育センター・特任准教授(常勤)の真砂啓は、東北大学電気通信研究所・助教の新屋ひかり、東京大学物性研究所・Beyond AI研究推進機構・特任准教授の福島鉄也、大阪大学大学院工学研究科・准教授の佐藤和則、東京大学大学院工学系研究科・附属スピントロニクス学術連携研究教育センター・特任研究員(上席研究員)で大阪大学名誉教授の吉田博と共同で、単極性のため低抵抗p型化が難しかったワイドバンドギャップ半導体(GaN、 Eg = 3.4 eV)や超ワイドバンドギャップ半導体(AlN、Eg = 6.2 eV)を低抵抗p型化するための磁性元素を用いた新しい価電子制御法を第一原理計算によってデザインしました。

MnやEuなどの磁性元素を超ワイドバンドギャップ半導体にドープすると、磁性元素のもつ多体的な交換相関相互作用による上向きスピンと下向きスピンの状態間に大きなスピン交換分裂が生じ、磁性元素の3d軌道や4f軌道の上向きスピンの電子のみで占有された高スピン状態となる磁気的な交換エネルギーの利得により系のエネルギーがより安定化します。そのとき、上向きスピン状態では、磁性元素の局在した3d軌道や4f軌道と母体半導体の広がった窒素の2p軌道が量子力学的に強く混じり合って、価電子帯の深いところに局在した3d軌道や4f軌道が主成分となる結合状態を形成し、一方、その片割れである反結合状態となる不純物バンドが価電子帯トップの近傍に出現します。このような反結合状態の不純物バンドでは、母体半導体結晶に広がった窒素の2p軌道が主成分である不純物バンドが価電子帯のトップに形成されます。その際、系の電荷的中性を保つため反結合状態に正孔がドープされて、スピンの大きな交換分裂によるエネルギーの利得に加えて、正孔がドープされたことによる共有結合性の強化により、更なるエネルギー利得があるため、低抵抗p型化が実現されます。磁性元素の3d軌道や4f軌道はすべて上向きスピンのみで満たされるため、大きな交換相関相互作用により全体として低いエネルギー状態が実現され、最終的に反結合状態に入った正孔のため低抵抗p型化が容易に実現されされます。この新奇価電子制御法は、磁性元素のもつ量子力学的な多体的交換相関相互作用によるスピン分極を利用したものであり、今までまったく見つかっていなかった新しい物理機構による価電子制御法です。

このような新奇な価電子制御法は、母体化合物に依存せず、一般的で汎用的なものであることから、超ワイドバンドギャップ半導体を持つ窒化物(AlN, GaN, BN, …)に限らず、価電子制御が難しい超ワイドバンドギャップをもつ酸化物や半導体などでの不純物ドーピングによる価電子制御および単極性の問題を解決することができます。磁性元素の電子間における自己相互作用を補正し、多体的相互作用をする系を取り扱うことのできる第一原理計算手法によるドーピング機構解明に基づいて、価電子制御法をデザインし、単極性を解決する磁性元素を用いた現実的な価電子制御法である「EX-doping法」を提案しました。また、電子と正孔は対称的であるため、この「EX-doping法」は母体となる半導体や絶縁体の種類やp型、n型には依存しないため、一般的で汎用的な価電子制御法であることがその微視的物理機構から得られました。そのため、これらの結果は、超ワイドバンドギャップ窒化物を用いた高出力電力半導体デバイスやスピントロニクス・デバイスの実現に新たな道を開くのみならず、単極性のためp型、n型のうち一方しか実現できず、その現実的な産業応用のためのデバイス応用において多くの困難に直面しているTiO2, SrTiO3, BaTiO3, Ga2O3,MgO,ZnOなどの酸化物(単極性のため低抵抗p型化が困難)、SiC(単極性のため低抵抗p型化が困難)、ダイヤモンド(単極性のため低抵抗n型化が困難)などの価電子制御に新しい道を開くと期待されます。

本研究成果は、応用物理学会欧文誌「Applied Physics Express」に、8月24日(火)18時(日本時間)に公開されました。

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図:状態密度による解釈。
結晶に広がったN-2p軌道と局在した4f (3d)軌道との強い共有結合性によるp-f (p-d)混成のため、エネルギーの深い位置に局在した4f (3d)電子を主成分とする結合状態(N-2p成分は少ない)が出現し、閉殻構造(4f7や3d5)に近い電子状態をとる。一方、p-f (p-d)混成による広がったN-2p軌道を主成分とする反結合状態が価電子帯上端(VBM)に出現する。電荷中性を保つため、正孔(h+)が主として広がったN-2pを主成分(4fや3d成分は少ない)とする不純物バンドにドープされるため、4f6 ⇒ 4f7+ h+@VBM、および 3d4 ⇒ 3d5+ h+@VBM、の電子状態が実現される。

研究の背景

持続可能な社会の実現のためには、エネルギー、公衆衛生・健康、環境調和、安全安心などの基盤としての半導体高出力電子デバイスやスピントロニクス・デバイスの実現とその性能向上を目指した研究開発がますます重要になってきています。例えば、GaN, SiCなどのワイドバンドギャップ半導体やAlN, Ga2O3などの超ワイドバンドギャップ半導体を用いた小型高出力コンバータ・サイリスタ用の高出力半導体電子デバイスによる電力制御や、深紫外発光レーザーによるCOVID-19などのウイルスや食中毒バクテリアなどの消毒、高出力スピン編極半導体レーザーによる量子情報通信などでは、ともに低抵抗p型およびn型の半導体スピン・電子デバイスの実現が不可欠になります。バンドギャップが極端に大きな超ワイドバンドギャップ半導体では、通常のドーピング法によりアクセプターやドナー不純物をドープしても、そのバンドギャップが大きいため、ドーパント不純物の活性化エネルギーが室温と比べて一桁以上大きく、室温ではそのキャリアがわずかにしか活性化しません。そして、大きなバンドギャップを反映して、アクセプターやドナー欠陥の自己生成によるドーパントの自己補償効果や外部から混入した不純物による補償効果が生じるため、熱平衡状態ではp型、もしくは、n型の一方しか実現できませんでした。これらの電気的・物理的性質は経験的には、熱平衡状態では一方の極性しか実現できないため単極性と呼ばれています。この困難を克服するため、磁性元素のもつスピンの集団としての多体的な交換相関相互作用と、母体半導体との混成軌道による共有結合性を同時に制御することにより、スピンによる電荷の価電子制御を可能にします。長年の大きな問題を解決したのがネットワーク型ラボ研究を基盤とした本研究グループの成果です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で提案した価電子制御法は、交換相関相互作用によるエネルギー利得と、軌道混成による価電子帯トップの反結合状態に結晶全体での電荷中性を保つことから正孔がドープされ、共有結合の強化によってエネルギーの安定化を可能にするまったく新しいタイプのものです。単極性のためデバイス応用において多くの困難に直面しているTiO2, SrTiO3, BaTiO3, Ga2O3,MgO,ZnOなどの酸化物(低抵抗p型化が困難)、SiC(低抵抗p型化が困難)、ダイヤモンド(低抵抗n型化が困難)などの価電子制御に新しい道を開き、これらの電子デバイスやスピントロニクスデバイスの応用開発に大きな道筋を提供するものです。

 また、印加電場により、高スピン状態にある磁性元素の電子数を変えることができるので、印加電場によるp型、n型制御の超巨大物性応答にも新しい手法を提供します。このように、多体的な相互に作用している局在3d軌道や4f軌道の電子間の相互作用を制御して、電荷の符号を含めてスピンデバイスを制御できることは電場によるスピン制御法の新しい手法を提供することになり、量子デバイスや量子情報処理へ利用するスピンの印加電場による超巨大物性応答を可能にする道を開いたということができます。

特記事項

本研究成果は、2021年8月24日(火)18時(日本時間)に応用物理学会Applied Physics Expressに掲載されました。

タイトル:“A novel method for generating p-type wide- and ultrawide-bandgap III-nitride by doping with magnetic elements”
著者名:A. Masago, H. Shinya, T. Fukushima, K. Sato, H. Katayama-Yoshida

本研究への支援: 本研究は、科学研究費補助金(基盤研究S)、科学技術振興機構CREST (JPMJCR1777)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク (Spin-RNJ)の支援を受けて行われました。

SDGs目標

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用語説明

第一原理計算

第一原理計算は、最も基本的な原理に基づく計算という意味で、その基本原理は開発を行う研究現場で様々に解釈されています。一般的には、実験値や観測値を必要としないように理論体系を組み立てた計算手法です。そのため、既知物質に対する物性の評価だけでなく、未知物質に対する物性の評価も可能です。このような特長は新奇物質設計に大きな役割を果たします。一方で、計算量が膨大となるため、数百を越える原子の集団を扱う計算は、一般的に実行困難です。近年では、これを可能とするため、「京」や「富岳」などの大きな計算能力を持つ大型計算機の開発にも力が注がれています。

超ワイドバンドギャップ半導体

電子や正孔が価電子帯から伝導電子帯へ遷移するために必要なエネルギーをバンドギャップと呼びます。現在のエレクトロニクスを支えるシリコンは、1.1 eV(エレクトロンボルト)のバンドギャップを持ちますが、窒化ガリウムは3.4 eVのバンドギャップを持ちます。このようにバンドギャップの大きい半導体をワイドバンドギャップ半導体と呼びます。さらにAlNは、6.2 eVものバンドギャップを持ち、ワイドバンドギャップ半導体とも区別して、超ワイドバンドギャップ半導体と呼ばれることがあります。このように大きなバンドギャップを持つ半導体は、絶縁破壊等の悪影響が少なく、大きな電力を扱う半導体素子の材料として期待が集まっています。

価電子制御

素子として利用される半導体には、電荷を運ぶキャリアとして自由電子が使われるn型半導体と、正孔が使われるp型半導体の二種類があります。これらn型半導体とp型半導体を組み合わせることで、半導体素子としての機能(主にスイッチのオン・オフ)が発揮されます。そのためn型やp型の半導体を設計通りに作製することが求められますが、これを価電子制御と呼びます。一般的に、n型やp型の半導体を作製するには、純度の高い半導体結晶に不純物をわずかに添加(ドープ)することで行われます。

スピントロニクス

電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っています。スピントロニクス (Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能をもつ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする分野です。

単極性

シリコンやゲルマニウムのようなバンドギャップの小さい半導体はアクセプターやドナー不純物をドープすることによりp型やn型の半導体が容易に実現できます。しかし、バンドギャップが極端に大きい超ワイドバンドギャップ半導体では、p型、n型によって、大きく電子の化学ポテンシャルが変化するため、系のエネルギーがp型、もしくは、n型で大きく上昇し、熱平衡状態から大きくずれるため、ルシャトリエの法則により、自己補償効果が生じて電子の化学ポテンシャルを元に戻そうとする熱力学的な補償効果(p型[n型]ドーパントの場合は、n型[p型]の不純物を結晶成長中に自らつくりだし、そのドーパントの電荷を自己補償する)が働きます。これを単極性と呼びます。

ドープ

半導体におけるドープとは、半導体にキャリア(電荷)を持たせるため、高度に精製された純度の高い半導体に、僅かな不純物を添加することを指します。不純物の種類によって、結晶内での振る舞い(キャリアの濃度、結晶内での拡散速度、n型かp型か)が異なるため、その選択は重要です。半導体作製の黎明期では実験室内でのトライアンドエラーでしたが、近年では計算機シミュレーションが発達したため、より多くの不純物種に対して調査することが可能となりました。

交換相関相互作用

量子力学の基本法則に基づいた電子間の多体的な相互作用を多電子系の波動関数で記述したとき、電子座標を交換し、入れ替えた場合に生じる相互作用を交換相関相互作用と呼びます。交換相互作用は、電子間の磁気的相互作用を表し、各電子の持つスピンを平行や反平行に整列させる源泉となります。スピンを平行に整列させる場合、これを強磁性的相互作用と呼び、スピンを反平行に整列させる場合、反強磁性的相互作用と言います。

スピン

電子がもつ内部自由度のひとつです。スピンは古典的には電子の自転に相当する角運動量です。電子はスピンを持つことによって磁気モーメントを持ち、物質中でこの磁気モーメントが1つの向きに揃った状態が強磁性状態です。このとき磁気モーメントの合計が磁化となります。これが磁石の磁化や磁力の主な起源となっています。

状態密度

状態密度とは、あるエネルギーを持つ電子が存在することのできる数(状態数)です。本図では、横軸にエネルギー、縦軸に状態数を取っています。対象とする物質が最も安定な状態にあるとき、この物質に含まれる電子はフェルミ準位と呼ばれるエネルギーの値まで占有します。半導体や絶縁体では、フェルミ準位がバンドギャップの中に現れます。また電子の占有する状態を価電子帯、電子の占有しない空の状態を伝導電子帯と呼びます。不純物を添加することでキャリアが与えられると、フェルミ準位はその電子の変化量に合わせて移動します。本図では、不純物のためフェルミ準位はエネルギーの小さい方へ移動し、価電子帯の上端に正孔が現れていることが分かります。