IoT機器の超高感度化へ

磁石でサブギガヘルツ帯の世界最高ダイオード感度を達成!

2021-1-26自然科学系

研究成果のポイント

  • 室温において、サブギガヘルツ帯のマイクロ波を世界最高のダイオード感度で検出
  • 熱を利用した磁石の高効率制御と磁石の発振現象を組み合わせることで高感度化を実現
  • IoT素子におけるマイクロ波通信素子の超高感度化に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の後藤穣助教、山田侑馬さん(当時博士前期課程)、野村光講師、鈴木義茂教授らの研究グループは、TDK株式会社の志村淳さん、鈴木健司さん、出川直通さん、山根健量さん、青木進さん、占部順一郎さん、原晋治テーマリーダーらと共同で、ナノスケールの磁石の中の熱を利用して、サブギガヘルツ帯のマイクロ波をボロメータと同等のダイオード感度で検出することに成功しました。

これまで、赤外線領域では電磁波を熱に変えて高感度検出するボロメータが知られていましたが、サブギガヘルツ帯ではボロメータ程のダイオード感度を持つ素子は存在しませんでした(図1)。

本研究では、ナノスケールの磁石の中の熱を利用することで、室温においてサブギガヘルツ帯のマイクロ波をボロメータに匹敵するダイオード感度で検出することに成功しました。これにより、サブギガヘルツ帯におけるマイクロ波通信素子の高感度化が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、1月26日(火)19時(日本時間)に公開されました。

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図1 ダイオード感度と周波数に対する本研究の位置づけ。従来のボロメータとスピントルクダイオードの領域をそれぞれ青とオレンジの領域で示します。

研究の背景

近年、IoTやAIの発達に伴い、また、新型コロナウイルス感染症の拡大によってリモートワークが様々な状況で導入が進んだことで情報通信素子の重要性が高まり、それらの高性能化が必要とされています。この情報の送受信を担うマイクロ波は、ダイオード素子を用いて検出されています。近年、磁石を使ったエレクトロニクスであるスピントロニクスという研究分野では、磁石を使ったダイオード素子(スピントルクダイオード)を2005年に我々のグループが発見し、2013年には半導体ダイオードを超えるダイオード感度の報告など注目を集めてきました。

スピントルクダイオードは高感度・小型・高速チューニング・低抵抗・周波数選択制などの特性を活かして、通信機器・ICタグなどの分野への応用が期待されてきました。一方、赤外線周波数領域では、半導体ダイオード素子やスピントルクダイオードよりもはるかに高いダイオード感度をもつボロメータが使われてきました。ボロメータとは、入射してきた電磁波を熱に変えて、その温度変化を直流電圧として出力する素子で、ダイオード素子と似た動作を示します。ボロメータは熱量計・赤外線撮像素子、天文学等における観測など、微弱な赤外線を観察するために用いられています。ボロメータには、超伝導、グラフェン、半導体などを使ったものが知られており、室温で使うことのできる非冷却型ボロメータは100万 V/W前後であることが知られています。ところが、遠距離の通信で使われるサブギガヘルツ周波数領域ではボロメータは使われていません。また、スピントルクダイオードはサブギガヘルツ帯で動作しますが、ボロメータ程の高いダイオード感度をもつ素子は報告されていませんでした。

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図2 磁石を使ったボロメータの原理を示す概略図。(a)マイクロ波を印加しない時と、(b)印加した時の素子の様子。赤と黒の矢印はそれぞれ金属磁石の自由層と固定層の磁極の向きを表し、自由層の磁極のみ自由に磁極が動きます。この素子に電流を流すと磁極の向きが自発的に発振します。素子にマイクロ波が印加されると、マイクロ波によって素子に交流電流が流れ、磁石の温度が変化して、磁極の向きが変わります。磁極の向きが変わると、素子の抵抗値が変わるため、直流電圧として検出されます。

研究の内容

本研究グループは、磁石の中の熱を利用することで、磁極を高効率に制御し、ボロメータと同等のダイオード感度(440万V/W)を実現することに成功しました(図1)。この現象は、スピントルクダイオードの一種ですが、磁極の向きの制御方法が従来の方法と異なり、磁石の中の熱を用いています。本研究で用いた素子は、図2に示すような、金属磁石|絶縁体|金属磁石|絶縁体という構造です。この素子に直流電流を印加すると、スピントルク自励発振によって、磁極の方向が自発的に振動します。その素子にマイクロ波が印加されると、素子に交流電流が流れて、金属磁石の自由層に熱が発生し、温度が変化します。絶縁体に挟まれた金属磁石は界面の熱抵抗によって熱が逃げにくくなるため、温度が効果的に振動します。金属磁石の温度の振動は、磁極の向きの振動と同期して、磁極の向きの振動振幅が大きくなります。磁極の向きの振動の増大に伴って振動の中心位置が変わる現象(非線形効果)が生じると、素子の抵抗も変化します。この抵抗変化と印加している直流電流が、直流電圧を発生させます。これが磁石を使ったボロメータの原理です。

図3に本実験で得られた結果を示します。-55 dBmの電力のマイクロ波を素子に印加すると、最大で約10.6 mVの直流電流が発生することが分かりました(赤の実験結果)。回路の挿入損失1.16 dBを考慮すると、ダイオード感度は約440万 V/Wであることが分かりました。これは、2018年にスピントルクダイオードに関して報告された最高のダイオード感度(20万 V/W)の約20倍の大きさとなります。本研究の結果は、通信機器の超高感度受信素子としての応用が期待されます。

ここで使われた熱による磁極の制御手法の効率は従来研究の約3倍(2.7 μJ/Wm)の大きさであることも明らかになりました。この熱による磁極の制御効率の向上もダイオード感度の増大の一因であると考えられます。この熱による磁極の制御は、従来のスピントロニクスで使われているスピン注入などの制御手法に比べて、磁石の膜厚を厚くしても効果が減衰しにくいという特長があります。磁石の厚膜化は、素子のノイズの低下や素子ばらつきの低下につながるため、そのような素子における磁極の制御手法として有効であると期待されます。

一方で、この素子は実用化に向けてダイナミックレンジの増大が必要です。これには、素子の検出限界の低減が必要となります。我々の素子では、検出限界のマイクロ波のパワーが室温にて2.4 pW Hz-1/2となりました。冷却型超伝導ボロメータと同じ条件で比較すると、我々の素子は10倍から100倍ほど大きい値となります。将来的には、より微弱なマイクロ波の検出を可能にするために、素子の検出限界の低減化を進めていきます。

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図3 電力-55 dBmのマイクロ波を素子に印加した時に発生した直流電圧と印加マイクロ波の周波数の関係。特定の周波数で直流電圧が得られています。このピーク周波数は外部磁場によって変調することができ、赤・緑・青は外部磁場の方向や強度が異なる実験結果を示します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、2021年1月26日(火)19時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Uncooled sub-GHz Spin Bolometer Driven by Auto-oscillation”
著者名:Minori Goto, Yuma Yamada, Atsushi Shimura, Tsuyoshi Suzuki, Naomichi Degawa, Takekazu Yamane, Susumu Aoki, Junichiro Urabe, Shinji Hara, Hikaru Nomura, and Yoshishige Suzuki

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 JP19K15435の助成を受けたものです。大阪大学 大学院基礎工学研究科 鈴木義茂教授の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

マイクロ波

通信などで使われる周波数帯の電磁波を表します。その定義は複数ありますが、主に300 MHzから300 GHzまでの周波数帯を示します。

ダイオード感度

入力されたマイクロ波などの電磁波のパワー(W)と出力された直流電圧(V)の比を表します。ダイオード感度が大きいほど、小さなパワーのマイクロ波で大きな直流電圧が得られます。

IoT

Internet of Things の略で、さまざまなものにインターネットが接続されて相互に情報交換することで、相互に制御する仕組み(およびそれによる社会の実現)を意味します。

ボロメータ

ボロメータとは、入射してきた電磁波を熱に変えて、その温度変化による抵抗変化を通じて直流電圧として出力する素子です。熱量計・赤外線撮像素子、天文学等における観測などに利用されています。マイクロ波などの電磁波を印加すると直流電流を発生させる点はダイオードと同じですが、熱を用いている点が異なります。

AI

人工知能(Artificial Intelligence)の略。人間の知的な能力(例えば言語の理解、推論、学習や問題解決など)をコンピュータによって人工的に実現する技術、およびその研究分野のことを意味します。

スピントロニクス

電子の持つ電気の性質と磁気の性質(スピン)を巧みに利用することで、新しい現象の発現や新しい機能を持つ電子デバイスの創出を目指す研究分野を意味します。代表的な電子デバイスとして、ハードディスクドライブの読み取りヘッドやMRAMと呼ばれる磁気メモリが実用化しています。

スピントルクダイオード

磁石を使ったダイオードの現象を意味します。通常のダイオード素子では、電流の流れる方向が順方向と逆方向の場合で抵抗が異なるため、ダイオード素子に交流電流を印加すると、片方にだけ電流が流れやすいため一方向の電流(直流電流)が発生します。スピントルクダイオードも同様に、電流の向きによって磁極の向きが変わり、その磁極の向きによって抵抗値が変化します。そのため、磁石にマイクロ波(交流電流)を印加すると直流電流が発生します。この現象のことをスピントルクダイオードと言います。

スピントルク自励発振

スピントルク自励発振とは、磁石にスピン注入をすることによって、磁極の方向を自発的に振動させる現象を意味します。

スピン注入

スピン注入とは、磁極の向きがそろった電子を注入することを意味します。磁石の磁極の元となっているものは、主に電子の磁極と考えられています。通常、金属中の電子の磁極の向きはバラバラの方向を向いていますが、金属磁石に電流を流すなどの方法によって電子の磁極の向きをそろえることができます。その磁極の向きがそろった電子を別の磁石の中に注入することで、その磁石の磁極の向きを制御することができます。