光の力でナノ粒子を一粒ずつ選別・輸送することに成功

光の力でナノ粒子を一粒ずつ選別・輸送することに成功

医薬品,バイオセンサー,太陽電池,量子コンピューターの高品質化・高性能化への応用に期待

2021-1-14工学系

ポイント

  • 性質の異なるナノ粒子を光の力で一粒ずつ捕集・選別・輸送する新技術を開発。
  • ナノダイヤモンド粒子の構造欠陥の有無を光選別して反対方向に輸送する実験に成功。
  • 光の力で単一ナノ粒子の高精度分光計測も可能に,ナノ材料を高品質化・高性能化する革新的技術。

概要

北海道大学電子科学研究所の笹木敬司教授,大阪大学大学院基礎工学研究科/大阪府立大学大学院工学研究科の石原 一教授及び北海学園大学工学部の藤原英樹教授の研究グループは,数百nm(1nm=10億分の1m)まで細くした光ファイバーが発生する光の力(光圧)を利用して,液体中を漂うナノ粒子を一粒ずつ捕集し,品質や特性に応じて選別・輸送する新技術の実験に初めて成功しました。

ナノ粒子は,ナノサイズに特有な性質や機能を持つため,医薬品,化粧品,バイオセンサー,触媒,太陽電池,量子コンピューターなど様々な分野で応用されていますが,大きさ・形・含有物によって粒子一粒ずつの品質や特性が異なるため,一層の高品質化・高性能化にあたって,所望のナノ粒子を選別・分離する技術が求められていました。

この解決に向け,本研究では通常の光ファイバーの1/100以下まで細線化したナノファイバーに両端から波長が異なる2つのレーザー光を入射する装置を開発しました。ナノ粒子の特性や含有物で光圧の働き方が異なることを利用して一粒ずつ選別・分離させる,全く新しい原理のナノ粒子選別法を実現しました。

この技術で,ナノサイズのダイヤモンド微粒子を,「窒素空孔中心(NVセンター)」と呼ばれる構造欠陥の有無によってそれぞれ反対方向に輸送し,また,その動きを読み取ることにより単一粒子の高精度吸収分光計測にも成功しました。この技術を応用して高品質化したナノダイヤモンド粒子により,バイオイメージング,量子センサー,量子デバイスなどの高性能化が期待されます。

なお,本研究は,科学研究費助成事業新学術領域研究「光圧ナノ物質操作」の助成を受け行われました。

また,本研究成果は,日本時間2021年1月14日(木)午前4時(米国東部時間2021年1月13日(水)午後2時)にオンライン公開のScience Advances誌に掲載されました。

背景

20210114_2_fig0.png

(左)ナノファイバーを用いた光の力によるナノ粒子の捕集・特性選別・分離輸送の概念図
(右)ナノダイヤモンド粒子の構造欠陥有無による光選別輸送実験(2秒毎の顕微鏡写真,点線がナノ光ファイバーの位置,1と4が構造欠陥のある粒子,2と3は構造欠陥のない粒子。動画はhttps://drive.google.com/file/d/19D3GDx87kBpCE0D8WLF3ZLsp0ON5RCJ4/view?usp=sharingを参照)

背景

半導体量子ドット,金属クラスター,ナノダイヤモンド,分子集合体,有機高分子等のナノ粒子(通常1~100nm)は,ナノサイズに特有な性質や機能を持つため,医薬品,化粧品,食品,バイオセンサー,バイオイメージング,触媒,太陽電池,発光素子,量子デバイス,量子コンピューターなど様々な分野で応用されています。これらのナノ粒子は大きさや形,含有物によって粒子毎に品質や特性が異なるため,粒子の作製段階において,一粒ずつの性質や含有物の量を測定する技術が必要となります。また,製品化段階においては高品質化・高性能化に向けてナノ粒子を選別・分離する技術も不可欠となります。しかし,これまでナノ粒子一粒ずつの物理的な性質や含有物の量を高精度に計測し,特性によって選別・分離する技術はありませんでした。

研究手法・研究成果

本研究グループは,光をナノ粒子に照射したときに発生する力(光圧)の研究を進め,光圧を利用した新しい原理の技術開発を行っています。個々のナノ粒子の物理的な個性は粒子内の電子の性質によって決まりますが,ナノ粒子に光を照射すると電子が光のエネルギーを吸収すると同時に光の運動量も受け渡されて粒子に光圧が発生し,粒子は動かされます。この動き方は電子の性質によって異なるため,ナノ粒子の動きを顕微鏡で観察すれば電子の性質が判明し,粒子一粒一粒のミクロな物理的個性がわかることになります。また,光の照射方法を工夫することにより,ナノ粒子を特性や含有物の違いによって集めたり,選別したりすることも可能になります。

本研究では,通常の光ファイバーをヒーターで加熱・延伸して1/100以下まで細線化したナノファイバー(直径約 400nm)を作製し,ファイバーの両端から緑色レーザー光と近赤外レーザー光を入射する装置を開発しました。ナノファイバーの周囲に発生する光圧によって液体中を漂うナノ粒子を引き寄せるとともに,粒子をファイバーに沿って輸送することを実現しました。実験では,近年,新材料として注目されているナノサイズのダイヤモンド微粒子を用いました。ナノダイヤモンド粒子は,窒素空孔中心(NVセンター)と呼ばれる構造欠陥の電子が緑色の光を吸収して赤色の蛍光を安定に発する特性があるため,細胞や生体組織のイメージングに広く利用されています。また,この構造欠陥の電子は磁気特性を持つため,ナノ空間の磁気センサーや量子コンピューターの素子としての応用も検討されています。このナノダイヤモンド粒子をナノファイバーで捕集して輸送すると,構造欠陥がない粒子は近赤外レーザーの光圧に押されて働きますが,構造欠陥がある粒子は緑色レーザー光を強く吸収し,そのために生じる光圧が近赤外レーザーの光圧に打ち勝って逆方向に動きます。この機構を利用して,構造欠陥の有無によって粒子を一粒ずつ選別し,それぞれ反対方向に分離輸送することに成功しました。すなわち,窒素空孔中心を含有する品質の良いナノダイヤモンド粒子だけを光選択分離することを実現しました。さらに,ナノファイバーに沿って動く速さを測定することによってナノダイヤモンド粒子一粒の高精度吸収分光計測を世界で初めて成功させ,何個の構造欠陥があるかを解析することも実現可能となっています。

今後への期待

今回新たに開発したナノ粒子の光圧捕集・選別・輸送技術は,高純度・高品質な医薬品,高感度なバイオセンサー,高効率な太陽電池,高性能な量子コンピューター素子の開発への貢献が期待されます。また,物理的特性や化学的性質が未解明である新奇なナノ粒子の研究においても,光圧を用いた新しい原理の解析手法として重要な役割を担うと考えられます。さらに,分離輸送だけでなく,選別したナノ粒子を光圧で自在に操作して,高度な配列構造材料を作製し,最先端のエレクトロニクス素子や光デバイスを構築する,新しい光利用技術へ展開することも期待されます。

論文情報

論文名 Optical selection and sorting of nanoparticles according to quantum mechanical properties(量子力学的特性によるナノ粒子の光選別分離
著者名 藤原英樹1,2,山内喬介1,和田拓道3,石原 一3,4,笹木敬司11北海道大学電子科学研究所,2北海学園大学工学部,3大阪府立大学大学院工学研究科,4大阪大学大学院基礎工学研究科)
雑誌名 Science Advances (米国科学振興協会,Scienceの姉妹誌)
DOI 10.1126/sciadv.abd9551
公表日 日本時間2021年1月14日(木)午前4時(オンライン公開)

20210114_2_fig1.png

図1.(A)ナノファイバーの光圧を利用したナノ粒子捕集・選別・輸送技術の概念図。
(B)装置図(ナノファイバーの両端から緑色レーザー光と近赤外レーザー光を入射し,ナノファイバーの周囲に発生する光圧によって液体中を漂うナノ粒子を引き寄せるとともに粒子をファイバーに沿って輸送する)。

20210114_2_fig2.png

図2.(A)粒径50 nmのナノダイヤモンド粒子がナノファイバーに沿って光圧輸送される様子を観測した顕微鏡画像。矢印が粒子の位置,点線がナノファイバーの位置。
(B)入射するレーザー光の強度を変化させることにより,ナノファイバー上で自在に操作する様子を観測した顕微鏡画像。
(右図)ナノダイヤモンド粒子の窒素空孔中心(構造欠陥)の有無による光選別輸送実験(2秒毎の顕微鏡写真,点線がナノファイバーの位置,1と4が構造欠陥含有粒子,2と3は構造欠陥非含有粒子,スケールバーは100 μm。)。

20210114_2_fig3.png

図3.開発した技術を用いて10 個のナノダイヤモンド粒子について測定・解析した一粒毎の吸収量と窒素空孔中心(構造欠陥)の含有個数のヒストグラム。

参考URL

基礎工学研究科 石原研究室HP
http://www.ishi-lab.mp.es.osaka-u.ac.jp/

用語説明

光圧

光が物質に吸収されたり散乱されたりする際に,物質に力を及ぼす力のこと。光強度の勾配に沿った力が物質に及ぼされるが,これも光圧の作用として知られている。彗星の尾が太陽の方向と反対側へ押されるような形状をしているのは光圧のためであり,また集光したレーザーの光圧を用いて細胞や微生物の器官を捕捉して操作する「光ピンセット」技術の発明によりアシュキン博士が2018年ノーベル物理学賞を受賞している。

窒素空孔中心(NV-センター)

ダイヤモンドの結晶中,本来は炭素があるべきところが窒素(N)で置換され,隣接する位置に空孔(V)がある複合欠陥で,窒素空孔中心が電子1個を捕獲して負に帯電した時に窒素空孔中心はスピンと呼ばれる磁気的な性質を示す。室温でも窒素空孔中心1個が持つスピンが観測でき,その他,磁場,電場,圧力等に対する高感度なセンサーとしても機能するため,量子コンピューターや高性能なセンサーの新材料として注目を集め,世界中で盛んに研究されている。