葉緑体誕生の謎に迫る!緑色植物界に共通する葉緑体形成メカニズムを解明

葉緑体誕生の謎に迫る!緑色植物界に共通する葉緑体形成メカニズムを解明

緑藻から植物へと受け継がれた仕組み

2020-12-7生命科学・医学系
蛋白質研究所准教授中井正人

研究成果のポイント

・陸上植物で見出した葉緑体形成に不可欠の分子装置が、植物の直接の進化的起源とされる緑藻の段階で既に確立され必須な役割を担っている事を発見。
・これまでに陸上植物の葉緑体形成に重要な葉緑体タンパク質輸送チャネルと輸送モーターを見出していたが、その進化的起源については謎が多かった。緑藻研究者を含めた日本・アメリカ・スイス・ドイツの多国間国際共同研究チームによって、緑藻の葉緑体タンパク質輸送機構の全容解明が可能となり今回の発見に繋がった。
・緑藻の葉緑体形成必須因子の発見により、葉緑体誕生の謎の解明へさらに進化を遡って調べる事が可能に。将来、緑藻を利用して葉緑体に有用タンパク質を蓄積させる技術開発への応用展開も期待。

概要

大阪大学蛋白質研究所の中井正人准教授らの研究グループは、カリフォルニア大学のピーター・ウォルター教授ならびにジュネーブ大学のジャンダビ・ロシェ名誉教授らとの共同研究によって、陸上植物の葉緑体タンパク質輸送装置に極めて似た分子装置が、植物の進化的起源とされる緑藻でも必須の役割を担っていることを世界で初めて明らかにしました(図1)。

植物や藻類が光合成を営むのに必須な細胞内小器官オルガネラである葉緑体は、3千種類もの異なるタンパク質が葉緑体へ運ばれることで、その機能を果たすことができます。この葉緑体タンパク質の輸送に関わる分子装置は、植物では、中井准教授らの研究グループにより明らかにされていましたが、その進化的起源については不明でした。

今回の成果は、地球上に葉緑体が誕生し緑色の藻類や植物へと進化を遂げる過程(図2)の解明に、また一歩近づく発見です。緑藻を用いた葉緑体工学への応用も期待されます。

本研究成果は、2020年12月4日(金)午前5時(日本時間)に、米国科学誌「アメリカ科学アカデミー紀要」(オンライン)に掲載されました。

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図1 緑藻と植物の葉緑体タンパク質輸送装置の共通性

以前著者らのグループが決定した植物の葉緑体タンパク質の輸送装置のコンポーネント(上)と、今回決定された緑藻の輸送装置のコンポーネント(下)。各タンパク質名は簡略化して数字等で示している。中核となるコンポーネントは、両者でよく保存されている。

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図2 シアノバクテリアの内共生成立による光合成真核生物の誕生と進化

現存する光合成真核生物は、一部の例外を除いてほぼすべてが、10億年以上前に成立したシアノバクテリアの内共生に由来する葉緑体を獲得した共通の祖先を起源とすると考えられている。陸上植物は緑藻から進化したとされ、緑藻と陸上植物を合わせて、緑色植物(界)と総称される。

掲載論文・雑誌

タイトル: “ Co-expressed subunits of dual genetic origin define a conserved supercomplex mediating essential protein import into chloroplasts”
著者名:Silvia Ramundo, Yukari Asakura1, Patrice A. Salomé, Daniela Strenkert, Morgane Boone, Luke C. M.Mackinder, Kazuaki Takafuji, Emine Dinc, Michèle Rahire,Michèle Crèvecoeur, Leonardo Magneschi, Olivier Schaad, Michael Hippler, Martin C. Jonikas, Sabeeha Merchant, Masato Nakai*,1, Jean-David Rochaix*, and Peter Walter*. (*責任著者、1大阪大学蛋白質研究所所属)
掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
https://doi.org/10.1073/pnas.2014294117

本研究は、大阪大学蛋白質研究所の中井准教授グループ、米国・カリフォルニア大学のピーター・ウォルター教授グループ、スイス・ジュネーブ大学のジャンダビ・ロシェ名誉教授グループに加えて、ドイツ・ミュンスター大学、米国・プリンストン大学の研究グループとの共同研究として行われました。なお、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「新生鎖の生物学」「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」および「基盤研究(B)」の支援を受けて行われました。

参考URL

蛋白質研究所 中井研究室HP
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/enzymology/

用語説明

タンパク質輸送チャネルと輸送モーター

タンパク質が生体膜を通過するために通るための孔(チャネル)はトランスロコンと呼ばれ、多くの場合、複数のサブユニットからなる膜タンパク質複合体である。生命は長い進化の過程で、細胞を構成する膜にそれぞれ特異的なタンパク質輸送チャネルを進化させてきた。さらに、タンパク質のような高分子が生体膜を一方向に通過するには、通過するための孔(チャネル)だけでは不十分で、何らかのエネルギーを必要とする。多くの場合、輸送チャネルと共役して働くタンパク質が輸送すべきタンパク質を捉え、ATPの加水分解エネルギーを利用して構造変化を起こすことで、タンパク質の一方向の輸送を導く。このような仕組みをタンパク質輸送モーターと呼ぶ。タンパク質輸送チャネルと輸送モーターは、機能分化した多くの細胞内膜系を含み持つ真核細胞が進化する上で、必要不可欠の分子装置であったと言える。

葉緑体誕生の謎

葉緑体は、酸素発生型の光合成を営むシアノバクテリアの一種が、既にミトコンドリアや核を有していた祖先の真核細胞に内共生したことに起源を有すると考えられている。内共生体が、細胞内構造体である葉緑体として成立するためには、細胞分裂に伴って正しく受け継がれていく機構だけでなく、タンパク質など様々な分子を葉緑体内へ輸送する分子機構の確立が必要であったと考えられる。内共生体が本来自前で合成していたタンパク質は、進化の過程でその遺伝子が、内共生体ゲノムからホストの核ゲノムへと移り、ホストゲノムと協調した制御を受ける事が容易となった。一方で、これら核ゲノムコードのタンパク質が細胞質ゾルで合成された後に葉緑体へと正しく運ばれる分子装置が葉緑体を包む膜上に確立される事が必須であった。内共生が成立した後のごく初期の段階で、どのようにしてタンパク質輸送チャネルと輸送モーターが生じたのか、その進化的起源に注目が集まっている。その解明により葉緑体を持つ光合成真核生物誕生の謎に一歩近づくと考えられる。

中井准教授らの研究グループにより明らかに

タイトル:Uncovering the Protein Translocon at the Chloroplast Inner Envelope Membrane.(2013) Science 339, 571-574.( https://doi.org/10.1126/science.1229262)

著者名: Shingo Kikuchi, Jocelyn Bédard, Minako Hirano, Yoshino Hirabayashi, Maya Oishi, Midori Imai, Mai Takase, Toru Ide, & Masato Nakai*

プレスリリース:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2013/20130201_1


タイトル:A Ycf2-FtsHi heteromeric AAA-ATPase complex is required for chloroplast protein import.(2018) Plant Cell 30, 2677-2703.( https://doi.org/10.1105/tpc.18.00357)

著者名: Shingo Kikuchi, Yukari Asakura, Midori Imai, Yoichi Nakahira, Yoshiko Kotani, Yasuyuki Hashiguchi, Yumi Nakai, Kazuaki Takafuji, Jocelyn Bédard, Yoshino Hirabayashi-Ishioka, Hitoshi Mori, Takashi Shiina, & Masato Nakai*)

プレスリリース:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181012_1


葉緑体工学

葉緑体は自然界が生み出した光エネルギーを化学エネルギーに変換する究極の生物工場である。この仕組みを一部利用して、本来葉緑体が行わない代謝系を導入し、例えば有用生理活性物質等の大量生産に結びつけようとする研究分野を葉緑体工学と言う。葉緑体機能を改変した植物や藻類を太陽光のもと栽培/培養するだけで、目的物質を増やす事ができる。葉緑体への新奇代謝系の導入には、葉緑体ゲノムを改変し、葉緑体内で酵素タンパク質を生合成させる方法と、核ゲノムを改変し、葉緑体へ酵素タンパク質等を送り込む方法の2通りある。