紅藻など非緑藻類に広く分布する 新たな葉緑体タンパク質輸送因子を発見

紅藻など非緑藻類に広く分布する 新たな葉緑体タンパク質輸送因子を発見

藻類進化に新説の可能性

2022-8-23生命科学・医学系
蛋白質研究所准教授中井正人

研究成果のポイント

  • 紅藻Cyanidioschyzon merolaeにおいて葉緑体タンパク質の輸送に関与する新奇因子を発見
  • これまではゲノム配列からの推測のみだったが、生化学的な実験アプローチを適用することで新奇因子の発見に繋がった。
  • 海洋光合成微生物の多くの部分を占める非緑色藻類の分子レベルでの理解と産業応用に期待

概要

大阪大学蛋白質研究所の中井正人准教授らの研究グループは、紅藻のモデル生物Cyanidioschyzon merolae において、細胞質ゾルで合成される核コードの葉緑体タンパク質前駆体に 結合し、葉緑体への輸送に関与する新奇因子を世界で初めて同定しました。  

葉緑体は、植物や藻類が光合成や油脂合成などの物質生産を営むのに必須な細胞内小器官オルガネラです。3千種類もの異なる核コードのタンパク質が葉緑体へ運ばれることで、その機能を果たすことができます。この葉緑体タンパク質の輸送に関わる分子装置は、緑藻や植物では明らかにされていましたが、非緑色藻類についてはゲノム配列からの推測に留まっていました。

今回、大阪大学蛋白質研究所のSanghun Baek特任研究員、比嘉毅日本学術振興会特別研究員(現:東京大学)、中井正人准教授らの研究グループは、東京工業大学科学技術創成研究院の田中寛教授、今村壮輔特定教授(兼:日本電信電話株式会社(NTT)宇宙環境エネルギー研究所 特別研究員)、大阪医科薬科大学の中井由実講師との共同研究で、紅藻Cyanidioschyzon merolae の葉緑体タンパク質輸送機構に生化学的アプローチで迫ることで、葉緑体を包む二重の膜のそれぞれで以下の発見をしました。

まず内包膜においては、Tic20やFtsHといった緑藻や植物の輸送装置の原型といえるタンパク質が関与することを示しました。

一方で、外包膜においては、緑藻や植物で見出されているTOC輸送装置の関与は確認できず、その代わり、別の発見がありました。GTP結合モチーフを持った新奇な因子が、葉緑体の外側で合成された葉緑体タンパク質前駆体を認識して葉緑体外包膜へ輸送している事を突き止め、これをPTF(Plastid Targeting Factor)と命名しました。

PTFは緑藻や植物には対応するオルソログは見つかりませんが、同じく非緑色藻類である灰色藻の葉緑体には表在しているという報告もあります。また、PTFは、マラリア原虫のアピコプラストなど、紅藻由来の二次共生生物のプラスチドへのタンパク質輸送に関与するタンパク質とも相同性を示しました。

今回の発見は、紅藻や灰色藻の葉緑体タンパク質輸送機構が、少なくとも外包膜への標的化の段階までは、緑藻や植物と大きく異なっている事を示しています。

従来の藻類進化の通説(図2)は、紅藻や灰色藻において既に確立していた葉緑体タンパク質の輸送機構が、さらに変化したものが緑藻へと進化していったというものです。今回のPTFの発見は通説に沿う解釈も可能な一方で、共通の祖先から派生したとしても、紅藻や灰色藻型の輸送機構を獲得したグループと緑藻型の輸送機構を獲得したグループが独立して別個に生じたという新たな進化のシナリオの可能性も提起する事になります。

地球上に葉緑体が誕生して、様々な藻類を生み出し、そして緑色藻類や植物へと進化を遂げてきた過程の解明に、また一歩近づく発見です。紅藻だけでなく、珪藻や褐藻のような紅藻由来の二次共生藻類など、非緑色藻類を用いた葉緑体工学への応用も期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「アメリカ科学アカデミー紀要」に、8月15日(月)(日本時間)に公開されました。

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図1. 紅藻特有の葉緑体タンパク質輸送装置
以前著者らのグループが決定した緑色植物型の葉緑体タンパク質の輸送装置のコンポーネント(上)と、今回確認された紅藻の輸送装置のコンポーネント(下)。紅藻では緑色植物型のTOCの因子が見つからず、その代わり、細胞質ゾルで葉緑体タンパク質を認識し、葉緑体表面へとターゲットする役割を担うPTFタンパク質が関与する。

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図2. シアノバクテリアの内共生成立による光合成真核生物の誕生と進化のシナリオ(通説)
現存する光合成真核生物は、一部の例外を除いてほぼすべてが、10億年以上前に成立したシアノバクテリアの内共生に由来する葉緑体を獲得した共通の祖先を起源とすると考えられている。陸上植物は緑藻から進化したとされ、緑藻と陸上植物を合わせて、緑色植物(界)と総称される。今回の研究では、緑藻より以前に分岐したと考えられている紅藻を材料として用いた。

特記事項

タイトル:“A distinct class of GTP-binding proteins mediates chloroplast protein import in Rhodophyta”
著者名:Sanghun Baek1, Sousuke Imamura2,3, Takeshi Higa1,4, Yumi Nakai5, Kan Tanaka2, and Masato Nakai*,1.
(責任著者、1大阪大学蛋白質研究所、2東京工業大学科学技術創成研究院、3日本電信電話株式会社(NTT)宇宙環境エネルギー研究所、4現:東京大学、5大阪医科薬科大学)
掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
https://doi.org/10.1073/pnas.2208277119
DOI: 10.1073/pnas.2208277119

本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金「基盤研究(B)」および、物質・デバイス領域共同研究拠点の支援を受けて行われました。