選挙制度改革から四半世紀 平成の政党政治を総括する。
現代日本の政党政治~選挙制度改革は何をもたらしたのか~
概要
1994年の選挙制度改革を経て、日本政治は首相や党首の影響力が強化された形に変化したとされます。ただ、制度改革がその目的を果たしているのかどうか、制度改革の効果やその程度については見解が分かれています。
大阪大学大学院法学研究科の濱本真輔准教授は、選挙制度改革前後の時期(最大で1979‐2015年)を比較し、並立制下の政党政治にはどのような変化があったのかを多面的に考察しました。具体的には、議員はどのような選挙制度を望むのか、有権者の投票行動、議員の選挙区活動や政策活動、党改革、政党内の意思決定を扱っています。
分析では、議員アンケートや人事データ等、様々なデータを使用しています。なかでもユニークな分析手法が、9県9紙の地方紙に掲載された「議員動静」を25年以上にわたって検証した議員の行動分析です。議員の日常行動をデータ化することで、政策関心の変化、利益団体との関わり等を観察しています。
濱本准教授は、制度改革の効果が明確な部分とそうでない部分とを明らかにしています。議員の政策活動や首相の人事面では影響が明確なものの、議員の選挙活動や党内の政策形成手続については、ほとんど影響が観察されていません。
また、濱本准教授の分析では、並立制下の政党政治には政治改革で目指されたものとは異なる面を浮かび上がらせています。政治改革では政党のまとまりを維持しつつ、党首が政策決定を推進する形が示されたものの、それとは逆説的な帰結(党首が強いリーダーシップを発揮するものの、党のまとまりが阻害され、造反や離党が頻発する場合)もあることを提示しています。選挙制度だけでなく、議員や政党のあり方(候補者と党首の選び方、政策形成、人事制度)も党のまとまりを左右します。選挙制度論議や野党の合従連衡は続いていますが、今後の制度改革や政党のあり方を考えていくうえで、本研究は意義が大きいと考えられます。
こうした研究成果を、濱本准教授はこれまで9本の研究論文として発表してきましたが、これらを加筆修正してまとめを加え、2018年8月10日に『現代日本の政党政治』として出版しました。
選挙制度改革の効果の検証
日常活動、選挙運動は変化したのか?
有権者が候補者よりも政党を重視するようになる中で、国会議員はどれほど地元で活動しているのかを地方紙の記事から確認したものです。1985年の自民党の当選4回以上の議員をみると、年間で平均30%(110日)程度、地元入りしています。2008年には45%程度まで増加し、選挙区入りを増やしていたことが分かります。
全体としてみると、日常活動の変化は乏しく、改革後も同じスタイルが継続しています。 (図1)
図1 選挙区入りの割合(年平均)
政策活動、族議員型の行動は変化したのか?
次に、自民党議員の部会活動や議員連盟の活動量をみたものが、 (図2) です。地方紙のスケジュールに「〇〇部会」「××議員連盟」と掲載された回数を示しています。
こちらは改革の影響が明確です。1994年頃を境に、部会活動の増加が確認されました。また、参加している部会(政策領域)をみると、農林水産、国土交通、経済産業、厚生労働などの分野に重複していました。族議員として、特定の分野に特化する形から、もう少し幅広い分野に関わる形に変化しています。
図2 部会活動、議員連盟参加回数(平均)
派閥均衡人事は変化したのか?
また、首相の人事権の行使の形をみたものが、 (図3) です。各派閥の規模と大臣配分の割合の相関係数を示しています。相関係数が高いほど、派閥の規模に比例した形で大臣ポストを配分していたことを意味します。
小泉首相が派閥をあまり考慮しない人事を進めたとされますが、橋本首相の段階でも派閥の拘束の弱い人事をしていました。また、改革後の首相は派閥に依拠するパターンとそうでないパターンに分かれてきています。
首相が派閥の推薦に拘束されにくくなり、それは当選回数を考慮しないことにつながります。首相は党内の支持よりも党外の支持獲得を重視し、若手の抜擢、民間人の登用等を進めています。 (図4)
このように、議員の日常活動は従来通りの面が強いものの、政策活動や首相の人事等の面では改革の影響が観察されます。
図3 派閥規模と大臣配分割合の相関係数
図4 内閣に占める抜擢人事、民間人登用割合
どのように党はまとまるのか?
党のまとまりを高める手段として、候補者を選抜する段階での政策による絞り込み、公約等の政策形成段階での一致の確保など、様々な手段があります。ただ、分析では公募を経た議員とそうでない議員の間で、党の政策との不一致度に違いはなく、公募の議員ほど党の政策に近いとは言えませんでした。また、党の公約に対しても、自らの主張を展開する姿勢が根強く、2003年から2013年まで、その姿勢は変化していません。
では、どのように党はまとまっているのでしょうか。研究上は議員と党の政策の一致(同意)、政策が異なりつつも党の決定には従う議員の態度(忠誠心)、執行部の公認権等の行使(規律)から考えます。同意や忠誠が高ければ、それだけ自然に党はまとまります。逆に規律を行使する必要が高い場合、離党や造反のリスクも高いことになります。
自民党と当時の民主党を候補者アンケートの結果から比較すると、政策の一致度(同意)は両党でほぼ同じ程度でした。どちらも55%前後の議員が党の政策と一致していました。しかし、党議拘束の受容にみられる、政策形成への態度(忠誠心)には違いがあり、民主党の方が党議拘束を嫌う傾向が強いものでした。そのため、自民党は85%近くの議員が政策が一致、または政策が異なりつつも党議拘束を受け入れていました。他方、民主党では公認権やポスト配分(規律の行使)で議員を束ねる必要性が高い(政策が一致せず、かつ党議拘束を嫌う議員が約30%)状態でした。 (表1)
分析によると、議員の党議拘束に対する態度は当選回数と党首への感情温度(支持)に規定されます。そのため、党首への支持が低下すると、各議員は党の公約に反する主張を明確にし、また党議拘束に否定的な態度を示す確率が高まります。
このように、選挙制度改革は政党の重要性を高め、議員側も政策活動を増やし、党の政策形成やアピールに注力するようになっています。ただ、党や党首の評判が低下し始めると、議員が離党や造反する可能性も高まります。その点で、選挙制度改革には副作用もあり、党のあり方や党首の支持低下という条件によっては当初の目的が果たされない可能性も内包しています。
表1 党のまとまりの背景(2012年)
『現代日本の政党政治』の構成
本書は中選挙区制を前史として振り返り、選挙制度改革前後の制度・有権者・議員行動・政党組織を分析し、終章においてそれらの知見をまとめると同時に、日本の政党政治の方向性の変化を論じています。
<目次>
序章 本書の目的
第Ⅰ部 文脈と理論
第1章 選挙制度改革と現代日本の政党政治
第2章 議員,政党組織,政党政治
第Ⅱ部 制度と環境
第3章 小選挙区比例代表並立制の定着
第4章 政党中心の選挙環境への変容
第Ⅲ部 議員行動
第5章 個人中心の選挙区活動,選挙運動の持続
第6章 族議員の変容
第Ⅳ部 政党組織,政党政治
第7章 分権的政党内制度の変容と持続
第8章 事後調整型政党政治の持続
第9章 執行部主導型党内統治への変容
終章 選挙制度改革は何をもたらしたのか
※本書は平成30年度大阪大学法学部創立50周年記念事業基金より助成を受け、有斐閣から出版されました。
著者プロフィール
濱本真輔(はまもと しんすけ)
1982年,兵庫県生まれ。2004年,筑波大学第一学群社会学類卒業。2009年,筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員,北九州市立大学法学部講師,准教授。現在,大阪大学大学院法学研究科准教授。博士(政治学)。専門は,政党政治論,政治制度論,現代日本政治。主な著書に,「議院内閣制と首相」上神貴佳・三浦まり編『日本政治の第一歩』(有斐閣,2018年),「団体―政党関係の構造変化」辻中豊編『政治変動期の圧力団体』(有斐閣,2016年),「民主党政策調査会の研究」前田幸男・堤英敬編『統治の条件―民主党に見る政権運営と党内統治』(千倉書房,2015年),「県議自律型県連の形成と運営」建林正彦編『政党組織の政治学』(東洋経済新報社,2013年),など。
参考URL
大阪大学大学院 法学研究科
http://www.law.osaka-u.ac.jp/graduate/