究みのStoryZ

社会課題の横断的解決に、光をもたらす「法の歩み」という視点。

法学/高等共創研究院(兼任)大学院法学研究科 教授 的場かおり

社会課題の横断的解決に、光をもたらす「法の歩み」という視点。


私たちを守る「法律」、どんな結果を生むかは私たち次第。

「法律」と聞くと、みなさんはどんなイメージを持ちますか?難しそう、堅苦しそう、自分には関係ない……。しかし私たちは、常に法律に自由や権利を守られて生活をしています。私たちが安心して日常生活を送れるように働く法律が、どのように作られ、展開してきたのかを歴史的な観点から紐解くのが、私が専門とする「法制史/法史学」という学問です。研究テーマは、民主主義の根幹をなす「国民の政治参加」で、当初は、選挙権や議会制度の変遷に関心をもっていました。しかし、そもそも参政権を行使するには、人々が政治的な意見を確立する必要があります。そこで現在は、人々がどのように政治情報にアクセスし、他者と意見を交換するのかというプロセスを、「出版物」に着目しながら研究しています。

無機質なイメージの強い法律ですが、人々の意識次第で、さまざまな結果を生み出します。このことを、近年取り沙汰されることの多い社会課題である「男性の育休取得」を例に挙げて、考えてみましょう。日本は男性の育休取得促進に向け、子育て先進国の北欧諸国にも引けを取らない、あるいはそれを上回る法整備を行ってきました。しかし制度を整備しても、男性の取得率は女性と比べてまだまだというのが実態。個人や職場によって差はありますが、こういった現象が起きるのは「キャリアに響く」「言い出しにくい」といった男性従業員の不安と、男性の育休取得に消極的な企業の姿勢が交錯し、ジェンダー平等やワーク・ライフ・バランスという意識を欠いた息が法律に吹き込まれているからだといえます。

法律や制度に向き合う私たちの「意識」が重要なのは、政治参加でも同じです。日本では最近「LGBT理解増進法」が成立したり、同性婚訴訟が行われたりしています。いわゆるSOGI(性的指向と性自認)をめぐる問題について、若い世代の中にはSNSなどで考えを発信する人も増えてきており、私自身はよい傾向だと考えています。ただ、せっかくの意見やエネルギーがSNS発信に留まり、選挙・投票に結びついていないとすればもったいない……。自分の考えを法律や制度に反映させるためのツール=参政権は、先人たちの闘いのおかげで、今ではどの国民も手にしています。まずはこのツールを使ってみる、その上で、使いにくいなら投票しやすい仕組みを考える、あるいは、「選挙はもはやオワコン」というのなら、時代に合った別の制度を設計する、といった難題にもぜひチャレンジしてほしいです。

research_matoba.jpg

的場教授の著書『プレスの自由と検閲・政治・ジェンダー 近代ドイツ・ザクセンにおける出版法制の展開』

何かを制限するためではなく、私たちの暮らしを豊かにするために。

法律と聞くとまず、刑法や民法を思い浮かべがちですが、実はこれらは人が人らしく、安心して暮らせる社会を創るために必要な細かいルールを取り決めた、「枝葉」の部分。「根」にあるのは、憲法、すなわち、「人権を守る」という確固たる信念です。

近年国際的にその必要性が強く訴えられている、人権DD(デュー・ディリジェンス)・環境DDなどはこの考え方が反映された動きのひとつ。企業活動によって経済を活性化させ、技術革新を進めることは大事だが、その全ての過程で人権や地球環境を害してはならないという考え方で、法を整備する国も増えてきています。産業界から見れば、「活動を規制されてしまう」という思いが湧き、疎ましく感じるかもしれません。しかし、法の歴史のなかで経済と人権・環境の綱引きは継続して議論されてきたテーマ。「法の履歴書」を読み解くという法制史の見地に立てば、経済活動と人権・環境を両立させながら法律にうまく息を吹き込む処方箋は、必ず見つかるはずです。

前述したように、法の一番の目的は、人権を守り、人の暮らしを豊かにすること。その原点を忘れず、歴史の中で生じた変化も念頭に置きつつ、都度その時代に適した法のあり方を考えていく。こういった思考が自然なものとなれば、法は誰かの自由を禁止・制限するものではなく、未来をより豊かに変えていくための存在として捉え直すことができます。

法律や政治と向き合うことが、持続可能な社会やビジネスの実現を可能に。

私たちに寄り添い、豊かな社会へ導く法律と、その実現を担う政治。法律も政治も、常にフレッシュな息を吹き込み、真正面から向き合うことが必要です。近年は、自分の考えに合った政党や政策を診断できるアプリなども登場して、比較的カジュアルに政治や選挙を話題にできるようになりました。こういったツールに懐疑的な意見もありますが、人々が「自分の生活と法律・政治は関係している」「自分の手で法律・政治の未来を変えられる」という実感を得られるのであれば、ツールを使うことは社会にとってプラスになります。また、テクノロジーを介すことで、法律や政治への関心が高まり、人々が主体的に学んだり行動したりするニーズがあると分かれば、法律や政治を取り扱うビジネスも開拓されるかもしれません。さまざまなツールが存在し、多様な視点が提供されることは、政治的中立性を担保することにもつながりますので、多くの企業の参入を期待したいです。

加えて、人権DD・環境DDなど企業活動におけるコンプライアンスの徹底は、今後ますます重要視されていくテーマ。近代以降、経済発展が最優先とされ、人権や環境への配慮は二の次でした。しかし、持続可能な社会の構築をめざす今こそ、法とビジネスは協働関係へと変わっていかなくてはなりません。そういった流れの中で必要となるのが、時代に応じた法律の扱い方を提示し、ビジネスの活路を見出す、法的視点を持った人材。私自身も、人権や地球環境と経済活動を両立させる「法律への息の吹き込み方」を産業界の方々と共に検討することに関心を持っています。また教育者として、ビジネスのあらゆる場面で、人権保障という課題に処方箋を提供できる卒業生・修了生の輩出に努めていきたいと考えています。



- 2050未来考究 -

「法の履歴書」の新たな1ページ、違いを尊重し合える社会へ。

2023年の日本の「ジェンダー・ギャップ指数」は146ヵ国中125位。法律を通して社会を見つめる研究者として、2050年には50位以内にランキングしていることを願っています。これからの時代、真に創り上げるべきは、しばしば複雑に交差する性別や人種、民族、階級、宗教、障がい、SOGIなどの違いを尊重し合える社会。その土台となるのは「人権」への眼差しと、人権を守り差別や迫害を許さない「法律」という枠組みです。「人権は一日にしてならず」ですが、18世紀末から歩みをスタートさせた「人権」とそれを保障する「法律」の歴史に、2050年の社会が、新たな1ページを刻んでいることを期待しています。


的場教授にとって研究とは

未来を選択する際の手がかり、処方箋を得るようなものでしょうか。何かが変わるとき、何かを変えるとき、人は何を考えどのように動いたのかが知りたくて、歴史の世界を旅しています。

●的場 かおり(まとば かおり)
大阪大学高等共創研究院(兼任)大学院法学研究科 教授
1998年大阪大学法学部法学科卒業、2000年同大学院博士前期課程および04年後期課程修了(後期課程在学中にベルリン自由大学へ留学)、博士(法学)。桃山学院大学、近畿大学などで教鞭を執り、21年より現職。


■デジタルパンフレットはこちらからご覧いただけます。

▼大阪大学 「OU RESEARCH GAZETTE」第2号
https://www.d-pam.com/osaka-u/2312488/index.html?tm=1

(2023年7月取材)