世界初!可視光・近赤外光照射により、水から水素を高効率で生成する完全金属フリー光触媒を開発

世界初!可視光・近赤外光照射により、水から水素を高効率で生成する完全金属フリー光触媒を開発

2017-9-26自然科学系

研究成果のポイント

黒リングラファイト状窒化炭素(g-C 3 N 4 )の二つの材料からなる複合体を合成し、この複合体は、環境に好ましい、完全金属フリーの光触媒となることを発見。
・これまで可視光・近赤外光を利用して、水から水素を高効率生成できる光触媒はなかったが、黒リンとg-C 3 N 4 の二成分からなる複合体は、太陽光広帯域応答型光触媒となり、水から水素の高効率生成に成功。
・水素社会において根幹となる、太陽光による水素製造の実現へとつながる。

概要

大阪大学産業科学研究所の真嶋哲朗教授、藤塚守准教授らの研究グループは、黒リンとグラファイト状窒化炭素(g-C 3 N 4 ) の二成分からなる複合体を用いた光触媒 を開発し、この光触媒を使用すると可視光・近赤外光 の照射によっても、水から水素生成が効率よく起こることを世界で初めて見出しました。この触媒は金属を全く使用していない、環境に好ましい、完全金属フリーの触媒です。

従来の光触媒では、太陽光に4%程度しか含まれていない紫外光を利用するため、水から水素への太陽光エネルギー変換効率 は低く、実用からは遠いという問題がありました。

今回、真嶋哲朗教授、藤塚守准教授らの研究グループは、紫外・可視光のみならず近赤外光にも強い吸収をもつ層状の黒リン と、数層からなるg-C 3 N 4 との二成分からなる複合体を合成しました (図1) 。この複合体に可視光・近赤外光を照射すると、複合体の光触媒作用によって、水から水素が効率的に生成します。この複合体において、黒リンが可視光・近赤外光に応答する光増感剤 として働き、また、g-C 3 N 4 が可視光に応答する光増感剤として働きます。黒リンとg-C 3 N 4 はともに層状構造のためその界面を形成しやすく界面間での電荷移動が容易になりその結果電荷分離が効率的に進行します。特に、黒リンとg-C 3 N 4 との界面にP-N結合が生成して電子捕捉部位となり、水から水素が生成することは、本研究成果により世界で初めて明らかになりました。

この可視光・近赤外光駆動型で水から水素を生成する光触媒は、金属を全く使用しない完全金属フリー光触媒としては世界初めての例です。新しく開発した黒リンとg-C 3 N 4 の複合体を光触媒として使用することによって、太陽光からの広帯域波長光 を利用して、水からの水素製造が可能になりました。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に、9月21日に公開されました。

図1
黒リンとグラファイト状窒化炭素(g-C 3 N 4 )の二成分複合体からなる光触媒の透過型電子顕微鏡写真。

研究の背景

現在の太陽光エネルギー(主に太陽光電池)のコストは化石燃料に比較して高価なため、十分に広まっていません。そこで、太陽光エネルギーを利用して水素を高効率に製造できる光触媒の開発が望まれています。

今回、真嶋哲朗教授、藤塚守准教授のグループは、黒リン、グラファイト状窒化炭素(g-C 3 N 4 )との二成分からなる、完全金属フリー光触媒を開発し、可視光・近赤外光の照射によって、水からの水素の高効率生成に成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、次世代エネルギーとして検討されている、水素を基本とするエネルギー社会(水素社会)において、その根幹となる、太陽光による水素製造の実現へつながること、同時に環境問題の解決にも大きく貢献することが期待されます。

水素を再生可能な自然エネルギーである太陽光と地球上に豊富に存在する水から効率的に製造できれば、現在の化石燃料社会から水素をエネルギー源とする水素社会への移行が現実のものとなります。

特記事項

本研究成果は、平成29年9月21日の「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

タイトル:“Metal-Free Photocatalyst for H2 Evolution in Visible to Near-Infrared Region: Black Phosphorus/Graphitic Carbon Nitride”
著者名:M. Zhu, S. Kim, L. Mao, M. Fujitsuka, J. Zhang, X. Wang, and T. Majima

研究者のコメント

太陽光エネルギーを利用した光触媒(人工光合成とも呼ばれる)の研究は、エネルギー問題や環境問題に関連して、世界中の研究者によって活発に行われています。特に米国、韓国、中国での注目度は高く、度々の招待講演を行っています。

参考URL

大阪大学産業科学研究所 第3研究部門 (生体・分子科学系)励起分子化学分野 真嶋研究室
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/mec/index.html

用語説明

黒リン

リンには、白リン(黄リン)・赤リン・紫リン・黒リンなどの同素体が存在する。黒リンは層状構造で、紫外、可視、近赤外光領域に幅広い吸収をもつ。

グラファイト状窒化炭素

グラファイト状窒化炭素(g-C3N4

窒化炭素化合物群の一つでヘプタジン骨格を基本とする2次元平面構造の化合物。原料や合成条件によって、異なった性質を示す。最近その触媒活性が非常に注目され、研究が進行している。

光触媒

光を照射することにより触媒作用を示す物質。代表的な光触媒は、アナターゼ型酸化チタン(TiO 2 )であり、紫外光の照射によって水が分解して水素と酸素を発生する。また、有機物の酸化分解を起こし、二酸化炭素にまで分解できることから、環境浄化へ応用されている。

可視光・近赤外光

太陽光は様々な波長の光が混ざっていて、波長が短くエネルギーの大きい順番に、紫外光、可視光、近赤外光と呼び、それぞれは約4%、44%、52%の割合である。可視光は7つの色にわけられる。

光エネルギー変換効率

入射する光子の数に対して、反応に利用された光子の割合を示す。現在の太陽光エネルギー変換効率は数%程度であり、さらなる向上が必要である。

光増感剤

光吸収によって得た励起エネルギーを、光吸収しない分子に移動すること(励起エネルギー移動)によって、光吸収しない分子を電子励起状態にし、自らは基底状態に戻る。あるいは、光吸収によって得た励起エネルギーによって、光吸収しない分子との間で、電子移動(または電荷分離)を起こし、光吸収しない分子を一電子酸化還元状態にする。

広帯域波長光

※3 で説明したように、太陽光は外光、可視光、近赤外光など様々な波長の光が混ざっていて、それぞれは約4%、44%、52%の割合である。これらの様々な波長の光をあわせて、広帯域波長光と呼び、太陽光の様々な波長の光を使用することが、太陽光エネルギー変換効率を高める。