家族支援アプリでうつ病の症状改善を目指す

家族支援アプリでうつ病の症状改善を目指す

うつ病患者の家族介護者を支援する新Webアプリ「みまもメイト」を開発

2016-11-15

本研究成果のポイント

・うつ病患者の家族介護者を支援するWebアプリ「みまもメイト」を開発
・家族介護者の有する、うつ病患者やうつ病という病気に対する考え方(認知)が偏っていると、その症状が快復しないことも多いという課題があったが、当該アプリを家族介護者が利用することにより、家族介護者のネガティブに偏りがちな患者や病態に関する認知の適正化を図ることができ、患者の症状の改善も見られた
認知行動療法 を応用したもので、薬物に頼らない精神科治療体制の確立への寄与が期待される

概要

大阪大学保健センターの工藤喬教授および日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所山下直美主任研究員らの研究グループは、うつ病患者の家族介護者への支援Webアプリ「みまもメイト」を開発しました。このアプリの特徴は、(1)家族介護者が、患者の言動・健康状態と介護活動を日々、客観的に記録できる、(2)過去の記述をチャートにして閲覧することができる、(3)他の家族介護者の記述を閲覧できることが挙げられます。

「みまもメイト」では、家族介護者に、「今日のできごと」として患者の活動記録を「よかった出来事」、「悪かった出来事」、さらには「今後に活かせること」の3つの項目に分けて記載することを求めます (図1) 。これを記載するため、家族介護者のより一層の患者への問いかけや観察がなされ、患者と家族介護者のコミュニケーションが活発となります。また、過去の記載を患者の基本的活動のチャート上で閲覧でき、患者の状態の時系列での把握ができます (図2) 。さらに、他の家族介護者の記載を閲覧でき、他患者と比較し観察することを可能とします (図3) 。

このように「みまもメイト」は、家族介護者の多方面からの客観的な患者の把握を促進します。このため、患者やうつ病に対して一般的にネガティブに偏りがちな家族介護者の考え方(認知)を、適正化することができ、家族介護者の負担軽減につながることが明らかになりました。

さらに、「みまもメイト」を使用した成果として、家族介護者に①患者に対する注意力の向上、②患者の言動に対する理解、③具体的な対応方法の発見が生まれることが確認され、患者のうつ病自体の症状改善にもつながることが明らかになりました。

本研究成果は、第16回日本認知療法学会で11月25日(金)に発表されます。報道関係者のご参加も可能ですので、ぜひとも当日の取材をよろしくお願いいたします。認知行動療法全般の取材もお受けできます。

研究の背景

うつ病は年々増加の一途をたどっており、年間3万人の自殺者との関連と相まって、わが国の大きな社会問題となっています。慢性の経過をたどるうつ病は、家族介護者に多大な負担がかかり、場合によっては家族が二次的な精神変調をきたす場合すらあります。多くの家族では患者と家族の関係が悪化し、さらにうつ病を悪化させるといった悪循環もしばしば見受けられるのです。このような状況では患者自身への治療だけでは解決ができず、家族介護者への何らかの介入が必要となる場合もあります。

家族介護者は、患者の病態に対する認知が、その負担感からネガティブに傾く傾向があります。これは、家族介護者が患者の症状に振り回されるあまり、極めて矮小な情報を基にした認知が形成されるためです。そこで、何らかの方法で情報量を増やせば、認知の適正化が可能になることが期待されます。認知行動療法は、事実関係等の情報を的確に収集して、偏った認知を適正化する精神療法です。この理論を応用して、「みまもメイト」では日々の情報収集の活発化、過去の実績の確認、あるいは他の患者家族の情報収集を目指しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、「みまもメイト」がネガティブに偏りがちな患者や病態に関する家族介護者の認知の適正化を図ることができ、うつ病患者家族支援が可能となります。さらには、患者に対する注意力が向上し、患者の言動に対する理解により患者・家族介護者のコミュニケーションも改善し、うつ病自体の改善も期待でき、薬物に頼らない治療法の一環として期待ができます。

この技術は、他の精神疾患、特に認知症などへの応用も見込まれ、現在研究を開始しています。

研究体制

工藤喬(大阪大学保健センター教授)
山下直美(NTTコミュニケーション科学基礎研究所主任研究員)
葛岡英明(筑波大学システム情報工学研究科教授)
平田圭二(公立はこだて未来大学システム情報科学研究科教授)
荒牧英治(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科特任准教授)

特記事項

本研究成果は、2016年11月25日(金)10時30分に第16回日本認知療法学会で発表されます。報道関係者の方のご参加も可能です。認知行動療法全般の取材もお受けできます。

※第16回日本認知療法学会 http://www.congre.co.jp/jact2016/
大会長:工藤喬
学会理事長:大野裕
会期:2016年11月23日(水・祝)から25日(金)
場所:ナレッジキャピタルコングレコンベンションセンター(グランフロント大阪)
テーマ:「認知療法・認知行動療法の広がりを見据えて」
内容:①各種精神疾患に対する認知行動療法の実践
②各医療職の認知行動療法の活動(特に看護師、心理職など)
③ストレスチェックと認知行動療法
④公認心理師と認知行動療法
⑤スポーツと認知行動療法
など、幅広い話題が発表される。また、第17回認知療法研修会(11月23日(水・祝))も併催され、認知行動療法の初心者でも学べる。

参考図

図1 「みまもメイト」家族介護者の活動記録セクション
今日のまとめとして、「よかった出来事」、「悪かった出来事」、今後に活かせることを記載する。

図2 「みまもメイト」振り返り分析チャート

図3 「みまもメイト」:他の家族介護者のタイムライン

研究者のコメント

実際にうつ病の患者さんを診療していると、家族介護者と患者の関係性は極めて影響力が強いことを感じていました。家族の患者や病気に対する考え方(認知)が偏っていると、患者自体の治療に努力しても、なかなか快復しないことがしばしばありました。このような背景から、何とか家族介護者に認知行動療法的なアプローチができないかとこの技術を開発しました。

このアプリに応用した認知行動療法は有用性が高く、薬物に頼らない精神科治療体制を確立できると思います。

参考URL

大学院医学系研究科 精神健康医学
http://www.healthcarecenter.osaka-u.ac.jp/kudo/index.html

用語説明

認知行動療法

「認知」とは、「ものの受け取り方や考え方」を指す。実際、私たちは現実を客観的に見ているようで、自分なりに受け取り考えていることがずいぶんあります。現実に起きたことに自分なりの「認知」で対応しようとするために、現実とのずれが生じ、様々な辛い感情や適切な行動が起こせなかったりします。普段は、この「認知」が自然と修正されますが、ストレスが高い状態などでは修正が困難となり、うつ病などの病態に繋がるとされます。認知行動療法はこの偏った認知を適正なものにすることを目的としています。 認知行動療法の特徴として、

・ラスカー賞を2006年に受賞し、ノーベル賞の有力候補者にも挙げられた米国のアーロン・T・ベック博士が確立した。

・軽症のうつ病では薬物療法に匹敵する効果を持つと論文等で報告されている。

・現在、医療保険の適応となっている(今後看護師の施行も適応となる)。

・薬物に頼らない治療が実現できる。

・医療ばかりでなく、教育現場、職業現場、あるいはアスリート指導などの場面にも応用が可能である。