2016年9月23日

概要

DVDやブルーレイディスクなど書換型光ディスクのデータ記録層として広く用いられているカルコゲナイド系光相変化物質Ge-Sb-Te(以下,GST)は,ナノ秒(ns:10-9s)単位のレーザーパルスにより,結晶状態とアモルファス※1 状態の間で変化し,大きな反射率変化が起きます。光ディスクではこの仕組みを利用してデータの記録や読み込みを行っています。GSTは結晶とアモルファスのどちらの状態でも熱の変化に強いという特徴を持つため,実用的な材料として活用されています。

近年,GSTがフェムト秒(fs:10-15s)の極めて短いレーザーパルス(フェムト秒レーザー)の照射により結晶相からアモルファス相への相変化をピコ秒(ps:10-12s)程度で起こすという報告がなされ,記録速度の飛躍的な向上や消費電力削減の可能性から注目を集めています。フェムト秒レーザー照射による高速アモルファス化メカニズムの解明は,今後の材料設計に対し非常に重要であることから,理論計算をベースにいくつかのモデルが提案されています。しかし,これらはいずれも構造変化を実際に直接観察して得られたものではなく,その構造変化過程についてはまだよくわかっていませんでした。

京都大学工学研究科材料工学専攻の松原英一郎教授,市坪哲准教授,山田昇特定教授らのグループ,および,大阪大学超高圧電子顕微鏡センターの谷村克己特任教授,東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)陳明偉教授らの研究グループは,フェムト秒レーザーによって相変化するGST合金の構造変化ダイナミクスを明らかにすることを目的とし,SACLA(理研)のX線自由電子レーザーを用いてピコ秒以下の時間刻みで時間分解X 線回折(XRD)をプローブとするポンプ・プローブ測定※2 を行いました。GST合金の中でも代表的な組成であるGe2SbTe5(岩塩型構造)とGeTe(歪んだ岩塩型構造)のフェムト秒レーザー励起直後の結晶構造変化の経時変化を明らかにし,併せて光学特性に関するポンプ・プローブ測定,第一原理分子動力学シミュレーション※3 の結果を総合的に解釈して相変化材料の高速相変化挙動のメカニズムについて考察しました。

観測と考察の結果,興味深いGe(ゲルマニウム)原子の動きが観測されました。岩塩型構造では,各Ge 原子は6つのTe(テルル)原子からなる八面体の中心付近に,わずかにずれて存在しています。フェムト秒レーザー励起直後,Ge原子の動きがTe原子の動きと比べてはるかに大きくなり,八面体中心からの変位を保ちながら,ある球殻上の任意サイト間を振動あるいは運動する「Rattling motion」を生じることが分かりました(図1) 。かご(Te)の中に鈴やボール(Ge)を入れ振り回すような運動です。このRattling motion は,GST系結晶の光学特性を生む特異な結合モード(以下,共鳴結合)を瞬時に壊すことが可能と考えられ,既に報告されている高速反射率変化をうまく説明することができます。同時に行った第一原理分子動力学シミュレーションにより得られたアモルファス構造を解析すると,前述の結晶に特有の共鳴結合状態から,本来的な結合(Ge-Te結合の二量体化)へと組み換えが生じやすくなり,やがてアモルファス化が生じると考えられます。すなわち,フェムト秒励起→ラトリングモーション→二量体化→アモルファス化という過程(図2) で超高速相変化が誘発されるという新たな機構を提案したのが今回の成果です。論文は9月21日オンライン刊行のPhysical Review Lettersに掲載されました。

研究の背景

レーザーパルス/電流パルス励起により,つの安定な状態(原子が規則正しく並んだ状態:結晶相及び規則性が乱れた状態:アモルファス相)間を瞬時に且つ可逆的にスイッチし,大きな光学的/電気的特性材料を呈する材料を「相変化材料」と呼んでいます。最もよく知られているものはGST系材料であり,すでに各家庭にあるDVDやBD等の書換型光ディスクの記録層として実用化されています。さらに,この技術は,さまざまなメモリーシステム中で,Siデバイス(DRAM, SRAM,フラッシュメモリ等)に置き換わる,あるいはこれらを補完する不揮発性固体メモリとしての応用も期待されており活発な開発が進んでいます。

相変化メモリの開発課題の1つは,より高速にデータ書換えを行うことです。近年,励起光にフェムト秒レーザーを用いたポンプ・プローブ実験により,レーザー照射後に結晶相が急峻な反射率変化を生じる時間はピコ秒以下であることが観測され,従来のナノ秒に比べてはるかに高速のデータを書換える可能性が開けました。但し,そのサブピコ秒の光学変化を生むメカニズムについては,まだ明確にはなっておらず,今後の開発を進めていくうえでの重要テーマになっています。

これまでの多くの研究により,Ge原子の動きと,それによる結合の変化が重要な鍵であることが共通認識となっています。これまで有力とされているGe原子がある方向に大きく変位する結果,結合が組み替わるというモデルでは,他の実験結果(アモルファス構造,光学的変化量等)との整合性がとれないという問題があり,より整合性の高いメカニズムモデルが求められていました。

研究手法・成果

本研究では,X線自由電子レーザー設備SACLA(理研)を利用し,可視光フェムト秒レーザーをポンプ光,フェムト秒パルス幅のX線(XFEL)をプローブ光とするポンプ・プローブ測定法を実施しました。回折線の時々刻々の変化をピコ秒以下の単位の時間分解で観測することで,レーザー照射直後からの結晶構造の変化を直接的かつ連続的に見ることが出来ます。この際,単結晶試料ではなく多結晶試料を用いることで,超格子反射を含む複数の回折線を同時に測定することが可能となり,より正確な構造議論が可能です。

この実験により,Ge原子が示す“Rattling motion”というユニークな挙動を初めて見出すことに成功しました。すなわち,GST及びGeTe結晶をレーザー励起した時,Ge原子は一方向への大きな変位を示すのではなく,これを囲む6つのTe原子の籠の中で,ある球殻上の任意サイト間を振動あるいは周回運動する「Rattling motion」を生じていることがわかりました。この励起直後のGe原子の動きは,GST/GeTe結晶が示す大きな反射率(金属に近い電気伝導)の起源である「共鳴結合」とよばれる特殊な結合を瞬時に消失させることから,サブピコ秒の反射率変化・電気抵抗変化をうまく説明できます。また,得られたアモルファス構造の解析結果を元にすると,Ge原子のrattling motionは,やがてTeサブ格子の局所的破壊とGe-Teボンドの結合様式変化(共鳴結合から二量体化へ)へと進み,やがてアモルファス化が生じると考えられます。この「Ge原子のrattling motion → 共鳴結合の消失(サブピコ秒の光学的変化) → 結合様式の変化(結合の二量体化) → アモルファス化」というモデルを経て得られるアモルファス構造は,これまでの実験結果を矛盾なく説明できます。さらに,この結合変化のプロセスは,これまでにも示唆されていた「非メルト」アモルファス化のプロセスを明瞭に示し,その可能性を強く示唆するものと考えられます。

なお,これまでにも電子線をプローブ光とするポンプ―プローブ実験結果は報告されていましたが,低指数回折における分解能が低いため,構造解析に必要な回折線の検出が困難でした。

波及効果,今後の予定

本研究成果は,これまで報告された多くの実験的,理論的成果を矛盾なく説明することができ,相変化材料の構造変化カニズムに関する議論・理解をさらに深めることが期待されます。また,ピコ秒速度かつ低消費電力のデバイス開発の理論的裏付けが示されたことから,開発が加速されると期待されます。

他方,アモルファス相 → 結晶相のプロセスという反対方向の変化については,十分な議論が進んでいません。今後は,得られたメカニズムを元にし,高速結晶化プロセスについても明らかにしていきたいと考えています。

研究プロジェクトについて

本研究は平成24年度から5年間の予定で実施されている,文部科学省の「X線自由電子レーザー重点プロジェクト」のテーマとして行いました。また,SACLAではBL3のビームラインを使用し実験を行いました。

論文タイトルと著者

タイトル:Initial atomic motion immediately following femtosecond-laser excitation in phase-change materials
著者:E. Matsubara, S. Okada, T. Ichitsubo, T. Kawaguchi, A. Hirata, P. F. Guan, K. Tokuda, K. Tanimura, T. Matsunaga, M.W. Chen. N. Yamada
掲載誌:Physical Review Letters117, 135501 (2016).

参考図

図1 光励起後の初期時間におけるGeのRattling motionとポテンシャル変化図

図2 光励起による結晶→アモルファス超高速相変化機構モデル

用語解説

※1 アモルファス
結晶構造を有しない非晶質物質のこと.

※2 ポンプ・プローブ測定
一般に,物質のある刺激や励起(ポンプ)に対する応答(プローブ)挙動を調べるための方法.ここでは,ポンプは可視光フェムトレーザーで物質を励起し,プローブであるX線回折を時々刻々と検出して,ポンプ後の応答時系列を測定する.

※3 第一原理分子動力学シミュレーション
統計物理学とニュートン力学に基づいて原子や分子の物理的な動きを求めるコンピューターシミュレーション手法である.その際に,古典的な原子間ポテンシャル関数を用いるものを分子動力学法といい,電子状態の第一原理計算から求めたポテンシャルを用いるものを第一原理分子動力学法という.

参考URL

大阪大学 超高圧電子顕微鏡センター
http://www.uhvem.osaka-u.ac.jp/jp/index.html

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