2つの物体の間に働く静電気の力 精密に測定することに成功!
万有引力など、検出困難な微弱な「力」の精密測定技術へ応用可能
本研究成果のポイント
・原子間力顕微鏡 をベースとした新しい測定手法を開発。物体同士に働く静電気力の精密測定に成功
・材料の電気的特性を精密に評価するための新しい基盤技術を確立
・新しい材料評価技術への応用や、検出困難な微弱な力を精密に測定するための要素技術としての応用に期待
リリース概要
大阪大学大学院工学研究科の稲見栄一特任講師(常勤)(現:法政大学マイクロナノテクノロジー研究センター研究員)と杉本宜昭招へい准教授らは、近接する2つの物体の間に働く静電気力を精密に測定する方法を開発しました。
本研究成果は平成27年6月19日(アメリカ東部時間)に American Physical Society の『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載されました。
研究の背景と研究成果
物体同士に働く「力」は、私たちの身の回りにある物質の構造や様々な物理現象と深く関わっています。したがって、力の理解は、基礎、応用を問わず、科学技術全体に共通した課題です。力の研究には、物体同士の間に混在する様々な力を分離・抽出して、それぞれがどのような起源に依るものなのかを明らかにすることが重要です。その方法として、原子間力顕微鏡は、物体同士に働く微弱な力を高感度に検出できるため、広く利用されてきました。
しかしながら、従来の原子間力顕微鏡は、2つの物体間の距離に対する力の変化(力の勾配)を検出するため、距離に依存しない一様な力の成分は検出できません。例えば、静電気力には、距離に依存する成分と依存しない成分が含まれますが、距離に依存しない成分は検出できないので、精密な静電気力の測定には至りませんでした。
そこで、研究グループは、従来の原子間力顕微鏡を基に新しい測定手法を開発し、これにより、物体同士に働く静電気力を精密に測定することに成功しました。本手法では、静電気力の勾配ではなく、静電気力が行った仕事 を測定します。この仕事から、静電気力を距離に依存しない一様な成分も含めてすべて検出することが可能です。
図1 は、本装置の原理を示しています。通常の原子間力顕微鏡は、鋭い針(探針)が取り付けられたレバーを試料に近づけた状態で振動させて、探針と試料の間に働く力の勾配を検出します。本手法では、このレバーの振動と同期させたパルス電圧を試料に印可します。これにより静電気力がレバーに対して行った仕事を高感度に検出できます。
図2 は、本装置を用いて、2つの物体の間に働く静電気力を測定した結果です。従来の装置では測定できなかった、距離に依存しない一様な静電気力の成分を検出していることが確認できます。シミュレーションの結果からも、本手法が静電気力のすべての成分を精密に測定できていることが明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回の静電気力測定技術は、数ピコニュートン(1ピコニュートンは1ニュートンの1兆分の1の力)の微弱な静電気力を捉えることができます。将来、このような高感度測定は、検出自体が困難なカシミア力や万有引力といった非常に小さな力を精密に測定するための要素技術として応用が可能です。これにより、私たちの「力」に対する根本的な理解が大きく前進すると期待できます。
また、本手法は、原子間力顕微鏡を基盤としているため、高い空間分解能も兼ね備えています。このような手法は、物質の様々な電気的性質を微視的に検出する上で有効であるため、材料評価技術を大きく前進させ、より高品質なデバイス実現への指針となることが期待されます。
参考図
図1 静電気力測定の模式図
鋭い針(探針)が取り付けられたレバーを試料付近で振動させ、振動に同期させたパルス電圧を試料に印可する。これにより、静電気力がレバーに対して行った仕事を検出する。
図2 本装置で測定した静電気力
2つの物体の間に働く静電気力は、物体同士の間隔が広がるとゼロではない一定値に収束する場合がある。この値は物体間の距離に依存しない静電気力の成分を示している。
特記事項
本研究成果は平成27年6月19日(アメリカ東部時間)に American Physical Society の『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載されました。
【論文タイトル】Accurate Extraction of Electrostatic Force by a Voltage-Pulse Force Spectroscopy
【著者】Eiichi Inami and Yoshiaki Sugimoto.
また、本成果は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金によって得られました。
参考URL
論文掲載先(Physical Review Letters)
http://physics.aps.org/articles/v8/58
用語説明
- 原子間力顕微鏡
鋭い針(探針)が取り付けられたレバーを、観察したい表面上でスキャンすることによって、表面の原子を観察する顕微鏡。探針に力が加わると、レバーがその力を感知して、微弱な力を測定することができる。
- カシミア力
完全導体の間に作用する力。真空中に平行に向き合っておかれた金属板の間には、金属板の間隔の4乗に反比例した引力が働く。この引力は、真空中での電磁場の零点振動エネルギーが境界条件(金属板の存在)により差をもつことに起因する。
- 万有引力
質量を持つ物体同士が引き合う力で重力とも呼ばれる。マクロなスケールでは、物体間の距離の2乗に反比例することが知られている。一方、ミクロなスケールでは、その法則が破れることが指摘されている。その破れが検出されれば、空間が3次元よりも高次である証拠となるため、重力の精密測定がさかんに研究されている。
- 仕事
加えた力の大きさと力の向きに動かした距離の積で定義される量。力学の用語。