従来にない有機マグネシウム化合物の新触媒機能を明らかに

従来にない有機マグネシウム化合物の新触媒機能を明らかに

灯台下暗し-時代は身近な金属触媒へ-

2015-4-1

本研究成果のポイント

・身近な元素の一つであるマグネシウムを用いて、温和な条件下での触媒的な炭化水素の異性化反応を達成
・開発した金属触媒は、非常に安価で入手容易、かつ、毒性も極めて低い
・次世代の半導体材料として、生活の中の身近な製品への応用が進む有機半導体材料合成への展開に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の真島和志教授、劒隼人准教授らの研究グループは、身近な元素の一つであるマグネシウムを用いて有機金属化合物を分子設計し、炭素-水素結合活性化を経た触媒的な炭化水素の異性化反応を達成しました。これは、従来にない有機マグネシウム化合物の新しい触媒作用です。本研究で開発した金属触媒は、非常に安価で入手容易、かつ、毒性も極めて低いマグネシウムを含む有機金属化合物です。今回の研究成果により、今後、次世代の半導体材料として、有機ELディスプレイなどの生活の中の身近な製品への応用が進められている有機半導体材料合成への展開に期待できます。

なお、本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌Chemistry - A European Journalの速報版として2015年3月26日にジャーナルHPに発表され、冊子体のback coverへの採用も決定しました。

有機マグネシウム化合物1の分子構造

研究の背景

近年、温和な条件で反応が進行し、かつ、入手容易で安全な金属触媒を用いた有機化合物の分子変換反応に関する研究が世界的に展開されています。有機マグネシウム化合物はその発見から100年以上経過していますが、分子設計による反応性の制御により今なお新しい反応性を示す興味深い有機金属化合物の一つです。

有機化合物中に数多く存在する炭素-水素結合の切断を経た分子変換は、有機化合物中にあらかじめ反応活性の高い置換基を導入する必要がないことから、廃棄物の削減と反応工程の短縮につながる重要な反応です。近年の金属触媒開発の研究においては、合成過程で必要となるエネルギーの低減化に加え、環境調和性の高い反応の開発が重要な研究課題であることから、金属触媒による炭素-水素結合の切断は新規反応開発において鍵となる重要な素反応過程といえます。

有機合成反応において求められる反応の一つに、有機化合物の異性化反応 が挙げられます。異性化反応を駆使することで同一の組成からなる様々な有機化合物を得ることが可能になりますが、従来は異性化反応を高温で行う、もしくは、強酸や強塩基条件下にすることでのみ達成されており、温和な条件下での異性化を可能とする触媒の開発が必要となります。しかしながら、異性化反応において必要とする異性体のみを選択的に得ることは困難な課題でした。

研究の手順

今回、Grignard試薬 として100年以上も前から知られ、Victor Grignard博士が1912年にノーベル化学賞を受賞することにもつながった有機マグネシウム化合物を原料として含窒素二座配位子を加えることで新たな有機金属化合物 を合成し、その分子構造を単結晶X線構造解析 により明らかにしました。その結果、固体状態では配位子の窒素原子により架橋された二核錯体を形成することが分かりました (図1) 。得られた化合物1を用いて末端アルキン類の触媒的異性化反応を検討したところ、アレン類への異性化を経て段階的に内部アルキン類が得られる異性化反応が有機マグネシウム化合物においても温和な条件下で進行することを初めて見出しました (図2) 。通常のGrignard試薬ではこれらの異性化反応はほとんど進行しないことから、適切な配位子による分子設計が非常に重要であることが分かります。さらに、反応機構の解明として異性化が進行しえない末端アルキンである3-フェニル-1-プロピンを用いた反応を行ったところ、末端アルキン2分子、もしくは4分子が結合した新規マグネシウム化合物が生成すること (図3) 、また、化合物1中の金属-炭素結合と金属-窒素結合の両方が炭素-水素結合の切断に関与していることを見付けました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で開発した金属触媒は、非常に安価で入手容易、かつ、毒性も極めて低いマグネシウムを含む有機金属化合物です。このような点からスケールアップ合成や生理活性分子合成における最終段階への利用に適しています。また、独自に設計した有機配位子が結合するマグネシウム化合物を用いていることから、本研究成果をもとに様々な分子設計を施すことで異なる異性化反応触媒開発への展開が可能です。

さらなる応用用途として、次世代の半導体材料として生活の中の身近な製品への応用が進められている有機半導体材料合成への展開を挙げることができます。一般に、有機半導体の構造には炭素-炭素不飽和結合が数多く連なった「π共役系構造」を含むことが必須とされています。今回の研究成果を応用することで分子内の望む位置にアレン構造やアルキン構造を導入することが可能となり、有機半導体としての特性の自在制御につながると期待できます。

特記事項

本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌Chemisty - A European Journalの速報版としてジャーナルHPに発表されました。論文の詳細は以下のとおりです。

“Organomagnesium-Catalyzed Isomerization of Terminal Alkynes to Allenes and Internal Alkynes”, Raphaël Rochat, Koji Yamamoto, Michael J. Lopez, Haruki Nagae, Hayato Tsurugi, Kazushi Mashima

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」研究領域(入江正浩研究総括)における研究課題「多核金属クラスター分子の構造制御によるナノ触媒の創製」(研究代表者:真島和志)、ならびに、日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

参考図

図1 触媒として作用する有機マグネシウム化合物の合成スキーム

図2 炭素-水素結合活性化を経た異性化反応

図3 有機マグネシウム化合物と末端アルキンの反応

参考URL

用語説明

異性化反応

分子式は同じであるが性質が異なる関係にある化合物を異性体と呼び、構造異性体や立体異性体などがある。今回発見した異性化反応は、分子内の原子同士の結合の仕方の違いによる結合異性体であり、異性体同士が相互に移り変わる反応のことを示す。

Grignard試薬

エーテル溶媒中でハロゲン化アルキルやハロゲン化アリールと金属マグネシウムを作用させて得られる化合物の総称。一般式としてRMgX(R = アルキル基、または、アリール基、X = ハロゲン)として表す。また、Schlenk平衡によりR2MgとMgX2を形成する。本研究ではR2Mgを使用。

有機金属化合物

金属と炭素の結合を含む化合物の総称。

単結晶X線構造解析

単結晶内の分子の配列の規則性を利用してX線干渉模様の計測と数値解析により実像である電子雲(また、それに基づく原子核の位置)を明らかにする手法。