行動変容理論で乳がん受診率が3倍に

行動変容理論で乳がん受診率が3倍に

日本人特有の心理・行動特性に基づいた独自モデルを開発

2013-6-24

リリース概要

大阪大学大学院医学系研究科 生体機能補完医学寄附講座の平井啓 招へい教員(大型教育研究プロジェクト支援室/未来戦略機構 准教授)、国立がん研究センターの斎藤博部長、宮城県対がん協会の渋谷大助がん検診センター所長、自治医科大学の石川善樹研究員らのグループ(H22までの厚生労働省研究班)は、乳がん検診の受診率向上のための3つの研究において、行動変容の理論を応用した受診勧奨の方法を開発し、自治体の検診事業の中で無作為化比較試験によりその有効性を確認しました。

今回開発した受診勧奨の方法は、テイラードメッセージ介入と呼ばれるもので、対象者の心理・行動的特徴を把握し、それに合わせたメッセージを送りわけることで受診行動の行動変容を起こさせるというもので、実際に受診率を約3倍に増加させることに成功しました。 なお本研究の成果は3つの国際誌(Psycho-Oncology, Journal of Health Communication, BMC Public Health)に掲載されている研究成果を体系的にまとめたものです。

研究の背景

がんによる死亡者数を減少させるためには、早期発見・早期治療が重要であることから、がん対策基本法においては、国及び地方公共団体は、がん検診の受診率の向上に資するよう、がん検診に関する普及啓発その他必要な施策を講ずるものと定められています。

また、日本人女性の乳がん罹患率は 今や18人に1人と年々増加傾向にあります。また、日本人で1年間に新たに乳がんと診断された人の数は、2004年から5万人を超えています。しかし「OECDヘルスデータ2010年版」によれば、マンモグラフィによる乳がん検診受診率は、欧米では70%を越えているのに対して、23.8%と非常に低い水準です。

そこで乳癌検診の受診率対策が急務となりますが、具体的にどのような方法が効果的ながん検診受診率対策に利用できるのかについては明らかになっていませんでした。そこで、2008年より、厚生労働省科学研究費補助金「受診率向上につながるがん検診の在り方や普及啓発の方法の開発等に関する研究」班が発足し、本格的な受診率対策に取り組みました。

研究1 研究グループは、行動科学の分野でTrans-theoretical modelやTheory of planed behaviorと呼ばれる行動変容に関する理論を応用。これらの理論を使って日本人の心理・行動特性にあった独自のモデル(理論)を開発。

研究2 その結果、実行意図・計画意図と呼ばれる具体的な検診受診のための実施計画が立てられるような情報提供が重要であること、がんに罹患することに対する恐怖心の有無により検診に対する態度・行動が大きく異なることが明らかに。次に、がんに対する恐怖心の有無と実行意図・計画意図の有無で対象者をグループ(セグメント)に分けたところ実際の乳がん検診の受診率に差があることが判明。

研究3 そこでそれぞれのセグメントの心理・行動特性に応じた異なる検診受診を勧めるメッセージを作成し、セグメントごとに送りわける介入(テイラードメッセージ介入)を関東地方の自治体で実施。

例えば検診受診の意図が形成されておらず、かつがんが怖くない対象者のセグメント(セグメントC)に対しては、がん罹患の重大性を伝えるメッセージとそれにあったデザインのリーフレットを作成・送付しました。無作為比較試験で検討した結果、対象者の心理・行動特性を考慮しない従来通りのメッセージ(コントロール群)に比べて、テイラードメッセージ介入では受診率が有意に高いという結果が得られました(受診率:コントロール群5.8%に対してテイラード介入群19.9%)。さらに一人あたりの受診者を増やすため必要な費用(総コスト/受診者)を計算したところ、テイラード介入群の方が、総コスト自体は増加するものの、受診者が増加するため、最終的にはコントロールメッセージ群では4,366円であったのに対して、テイラードメッセージ介入群では2,544円と、受診率対策の効率性を高めることも判明しました。

本研究成果が社会に与える影響

本研究の成果から、乳がん検診の受診率向上のための効果的で費用対効果も高いシステマティックで科学的な方法が開発されたといえます。また同じ方法を他のがん検診の受診率向上対策にも応用可能な方法であると考えています。これは最終的にがんの早期発見・早期治療により我が国のがんによる死亡率の低減に貢献するものであると考えています。

一方で、今回開発した方法は、費用対効果は高いもののトータルコストは高くなる、手順が複雑になる、受診率が向上すると自治体の予算を圧迫するという問題もあり、今後は総合的に受診率向上をどのように行なっていくべきかを考える必要があると考えています。

特記事項

本研究では、医療分野・公衆衛生の臨床家、研究者のみならず、行動科学の分野の研究者、さらにはマーケティングの専門家の「文理統合」の研究チームが協働して研究を行うことで成果を得ることができました。「文理統合」研究の成功のモデルケースとして、特に人文社会科学の研究知見を医療での臨床応用や政策への応用といった観点で活用する際に、研究方法に関する知見や協働のためのプロジェクトマネジメントの技術の提供にも期待が持たれます。

参考図

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図1 乳がん検診受診行動の行動変容モデル

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図2 テイラードメッセージ介入の効果

参考資料

乳がん検診の受診行動を説明する行動変容モデルの開発:
Hirai K, Harada K, Seki A, et al. Structural equation modeling for implementation intentions, cancer worry, and stages of mammography adoption. Psychooncology. May 2013.(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/pon.3293/
abstract;jsessionid=7B93A56EF4BC659C272796037A0110E0.d01t01)

セグメンテーションアルゴリズムの開発:
Harada K, Hirai K, Arai H, et al. Worry and Intention Among Japanese Women: Implications for an Audience Segmentation Strategy to Promote Mammography Adoption. Health Communication. Jan 2013.
(http://dx.doi.org/10.1080/10410236.2012.711511)

テイラードメッセージ介入による地域での無作為化比較試験:
Ishikawa Y, Hirai K, Saito H, et al. Cost-effectiveness of a tailored intervention designed to increase breast cancer screening among a non-adherent population: a randomized controlled trial. BMC Public Health. SEP 11 2012 2012;12.
(http://www.biomedcentral.com/1471-2458/12/760)

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科生体機能補完医学寄附講座
http://osaka-cam.jp/