2013年4月10日

リリース概要

大阪大学蛋白質研究所の篠原彰、中川敦史教授のグループはゲノム/染色体の安定化に関わる新しいタンパク質複合体を同定し、その構造を決定することで、DNAの交換反応である組換えに関わる、複合体の役割を明らかにしました。特に、この複合体は家族性乳がん※1の原因責任タンパク質※2であるBrca2※3と異なる働きで、組換え反応を制御することを提唱しました。これらのタンパク質の欠損は、ガンの原因になるだけでなく、この複合体の機能を増強することで家族性乳がんの欠損を補う薬の開発に役立つ情報を提供することが期待されます。

なお、本研究成果はロンドン時間4月9日16:00に英国科学雑誌「Nature Communications (ネイチャー、コミュニケーションズ)」オンライン速報版で公開されます。

 

研究の背景

生物の設計図であるDNA/ゲノムはその情報を正確に維持することが大切です。その情報が書き換えられると生物は様々な病気になることが知られています。そのようなゲノムの情報の書き換えは生物の身体の中にできる活性化酸素などの内的な代謝物や、放射線のような外的な要因によって、傷(損傷が)生じることによって起きます。このようなDNAの傷は日々様々な状況で生じるため、生物は傷を治す(修復する)さまざまな力を持っています。傷を治す方法は複数あり、DNAの鎖の交換を伴う“組換え”は、傷などによって失われた情報を正確に書き戻すことができる力を備えています。この組換えには多数のタンパク質が協調的に働くことが重要です。ヒトなどで組換えが正常に働かなくなると、ガンを発症しやすくなることが知られています。実際に、家族性乳がんの原因遺伝子であるBrca2は組換えに関わることが知られています。このようなDNAの傷を治す力のある組換えの仕組みを理解することは、ゲノムの不安定化を介した細胞の癌化やその治療を考える上で基礎的な情報を提供すると考えられています。

 

研究の成果

組換えの根幹反応である、相同鎖検索反応※4は、DNA鎖の相同性を認識し、DNA鎖の交換反応であり、この過程を担うRad51※5タンパク質が知られています。このRad51は一本鎖DNAに複数分子が結合することで、右巻きの螺旋構造を持つフィラメントを形成します。細胞の中ではこのRad51フィラメントが相同鎖検索反応を担う分子マシナリー※6となります。このRad51フィラメントは細胞が組換えを起こすとき、つまり放射線などでDNAが傷ついた時や精子や卵子を作る減数分裂時に起きることが知られています。Rad51フィラメントの形成はDNAの傷を治すことができる一方、ゲノムの変化を作り出す諸刃の剣となるため、その形成する場所や時期は厳密に制御されています。つまり、Rad51フィラメント形成はさまざまな補助的な役割を果たすタンパク質によって、制御されています。上述した家族性乳がんの原因タンパク質であるBrca2はこのRad51フィラメントの末端に結合することで、フィラメント形成を促進することが知られていています。

本研究ではPsy3, Csm2, Shu1, Shu2の4つのタンパク質からなる新しいタンパク質複合体を見いだし、PCSSと命名しました。

従来の研究から個々のタンパク質は減数分裂期の組換えやDNA複製時に生じるDNA損傷の修復に関わることが知られていました。我々の研究から、4つのタンパク質がPsy3, Csm2をコアとして、安定な複合体を形成し、細胞内でRad51フィラメント形成に必要であることを証明しました。さらに、コアとなるPsy3-Csm2の2量体のX線構造解析を行った所、Psy3-Csm2の2量体の構造がRad51と類似していることを明らかにできました。その構造をもとに、Psy3-Csm2の2量体がRad51フィラメント形成を促進、安定化するモデルと提唱し(図1)、そのモデルの妥当性を実験的に証明できました。興味深いことに、Psy3-Csm2の2量体はRad51フィラメントの一方の末端に結合し、その形成を促進しますが、この結合様式は家族性乳がん責任タンパク質であるBrca2の反対になります。この結果は、Rad51フィラメント形成の末端の安定化が組換え、つまり、ゲノムの安定化に大切な役割を果たすことを示しています(図2)。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

DNAの組換え反応はゲノムの安定化に関わっています。その機能の破綻は、ゲノムの不安定化の引き金になり、発ガンの原因になります。さらに、卵子や精子形成での破綻は流産やダウン症などの異数体病※7を引き起こします。今回見つかったタンパク質複合体は組換えに重要な役割を果たしていることから、ヒトなどにおいては、その機能が不全している個体は発ガンなどのリスク、流産や不妊のリスクが高くなると考えられます。また、このタンパク質複合体は家族性乳がんの遺伝子と似た働きをすることから、このタンパク質複合体の機能を強化するような薬などの開発は、家族性乳がんに代表される組換えの欠損によって生まれるガンなどの治療薬の開発に繋がることが期待されます。

 

特記事項

本研究成果はロンドン時間4月9日16:00に英国科学雑誌「Nature Communications (ネイチャー、コミュニケーションズ)」オンライン速報版で公開されます。

 

参考図

図1 DNA上にPsy3-Csm2[青—赤]が結合し[上]、Rad51[緑、4つの分子]のフィラメント形成を促進する[下]

図2 Psy3-Csm2[青—赤], Brca2[緑]がRad51[茶、5つの分子]のフィラメントの反対側の末端に結合することで安定なフィラメント形成を協調的に制御している

 

用語解説

※1 家族性乳がん
家族性乳がんは“遺伝性乳がん”と同じ意味を持つ。日本人では乳がんの発症率はおおよそ女性20名あたり1名(アメリカでは10名あたり1名)が生涯で発症することが知られている。この中で数から10%が遺伝性の乳がんであることが知られている。遺伝性とは同じ遺伝子の欠損(変異)を親から子に伝える形式のことを表す。同一家系で乳がんの発症が多く見られることから“家族性”と表す。遺伝性の場合、その欠損を持つ個体は通常より若年(20代から30代で)で乳がんや卵巣がんを患うことが知られている。これは非遺伝性の乳がんが50歳代以降で、高頻度で発症することとは大きく異なっている。ちなみに、乳がんは低頻度であるが男性でも起こることが知られている。

※2 原因責任タンパク質
そのタンパク質(遺伝子)の機能欠損/異常が、特定の病気の原因になる場合を表す。

※3 Brca2
Breast cancer 2の省略、遺伝子名/タンパク質名。家族性乳がんの責任遺伝子として同定された。ヒトでは第13番染色体に位置し、3418アミノ酸からなる巨大タンパク質をコードしている。組換え反応に関わるタンパク質で、特にRad51と結合することでRad51の集合反応を制御する。この遺伝子の欠損をヘテロに持つ個体で若年性の乳がんの発症確率が大きく上がる。Brca1は別の家族性の乳がんの原因遺伝子で、これも組換えに関わることが知られている。

※4 相同鎖検索反応
DNAの入れ替え反応である組換え反応の1段階。2つのDNA間の塩基配列が同じであるか、異なるかを認識、区別する反応。1000塩基対から同じDNA配列を持つ配列がヒトのゲノム上に存在する確率は300万分の1以上だが、組換えの反応は その中から、同じDNA配列を見つけることが出来る。

※5 Rad51
Radation 51の略称、遺伝子/タンパク質名。ヒトでは333アミノ酸からなる。細菌からヒトまで普遍的に存在しているタンパク質。組換えに関わっている。この遺伝子の機能がおかしくなると、細胞はX線などの放射線、紫外線、プラチナ系の抗がん剤などの感受性を示す。つまり、そのような外的な要因によって生じたDNAの傷を治すために中心的な役割を果たす。2つのDNA間の塩基配列が同じであるか、異なるかを認識、区別し、同じ塩基配列を持つDNA分子の入れ替え反応を行う。この入れ替え反応を行うためには、Rad51がDNA上に右巻きの螺旋構造を作ることが大切である。

※6 分子マシナリー
分子機械、生体内ではタンパク質は単独ではなく、複数のタンパク質が大きな集合体を作り、まるで機械のように正確な反応を行うことから、そのような集合体を指す時に使われる。

※7 異数体病
ヒトの場合は細胞(核)あたりの染色体数は46本(性染色体も含む)を持っている。異数体とは健常な個体とは異なる染色体数を持つ個体を指す。例えば、47本は健常人に比べて、特定の染色体を1本、つまり計3本(トリソミー)持つことになる。21番染色体の異数体(21番トリソミー)はダウン症候群を引き起こすことが知られている。ヒトではこれ以外に、13、18番のトリソミーが知られている。それ以外のトリソミーは胚発生の段階で致死になる。つまり、流産となってしまう。

 

参考URL

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/genome/

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/supracryst/jp/

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