世界初!配偶子の異数体形成を抑える仕組みを解明

世界初!配偶子の異数体形成を抑える仕組みを解明

2019-1-11生命科学・医学系

研究成果のポイント

・配偶子(精子、卵子など)形成に必須の減数分裂期の染色体分配に関わるタンパク質複合体の新しい解離経路とその制御の分子メカニズムを解明した
・これまでは2つの染色体を束ねるタンパク質複合体(コヒーシンと呼ばれる)は分解する(切断される)ことで染色体から解離していたが、分解を経ずに解離する経路を見出し、この経路の厳密な制御が染色体の正確な分配を保証し、異数体形成を抑制していることを発見した
・本成果は、配偶子の異数体形成、特に、卵子の老化の原因究明や、その予防技術の開発に繋がることが期待される

概要

大阪大学蛋白質研究所の篠原彰教授らの研究グループは、減数分裂 期の染色体の分配に必須であるコヒーシンタンパク質複合体 が染色体から解離する新しい経路を見つけ、それに関わるタンパク質の実体とその仕組みを世界で初めて明らかにしました。この経路を厳密に制御することで、減数分裂の産物である、卵子や精子といった配偶子の染色体数を保証し、異数体 形成を抑制しうることを解明しました。

ヒトでは卵子が老化 することで、異常な染色体数を持つ卵子が増えて、ダウン症や流産などを引き起すことが知られていましたが、その仕組みは不明でした。

本研究成果により、ヒトの卵子の老化の原因の究明や診断、卵子の老化を抑える薬の開発に繋がることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「PLoS Genetics」に、1月3日(木)午前3時(日本時間)に公開されました。

図1 (上図)減数分裂におけるコヒーシン複合体の分離経路(右下図)これまでは分解(切断)することで、減数第一分裂期で染色体DNAがコヒーシンから遊離することが知られていた。(左下図)今回、第一分裂前期で新しくコヒーシンがリン酸化されることにより染色体より解離する経路を見つけた。この場合は、リングが切断なしに開環することでDNAから分離すると考えている。

研究の背景

これまで減数分裂期の染色体の分配に必須であるコヒーシンタンパク質複合体は、染色体に安定に結合し、染色体を分配する時にのみ分解されると考えられており、減数分裂期の分配前には安定に染色体に結合することが重要だと考えられてきました。ヒトの場合、卵子は、減数分裂の染色体分配の前に、減数分裂を途中で停止した状態のまま大人の女性の卵巣の中で保持されています。女性ホルモンの刺激により、減数分裂が再開し、正常な染色体数を持つ卵子が成熟し、受精に使われます。一方、女性が年齢を重ねるにつれて、卵子が老化する(染色体の数の異常を持つ異数体が増える)ことが知られています。異数体の卵子は流産やダウン症に代表されるトリソミー病の原因であり、高齢出産の大きな問題であり、社会的にも注目を集めています。ヒトの卵子の場合、コヒーシンタンパク質複合体は染色体に結合していることが、何十年にも渡り知られていました。最近の研究から、老化した卵子ではコヒーシンタンパク質複合体の染色体の量が減少していて、それが異数体形成の原因と考えられてきましたが、その実体は不明でした。

今回、篠原教授らの研究グループは、減数分裂期の染色体分配様式がヒトに似ているモデル生物であるパン酵母を用いて、減数分裂期のコヒーシンタンパク質複合体の動態を観察したところ、①分解される前の時期にも、分解を経ずに、コヒーシンタンパク質複合体が染色体から解離する新しい仕組みがあり、その仕組みを厳密に制御することで染色体分配を保証できること、②コヒーシンタンパク質複合体の染色体への安定な結合の制御は、正常な染色体数を持つ配偶子形成に大切であること、③その解離の制御に関わるタンパク質分子の分子レベルの仕組み、を解明しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ヒトの卵子の異数体の原因、卵子の老化の原因の解明や、その診断や予防に繋がる薬の開発に繋がることが期待できます。特に、卵子の老化による染色体分配の異常はコヒーシンの機能変化が原因、特に、今回明らかになったコヒーシンの制御経路の暴走がその仕組みと考えられます。逆にこの経路を薬などで抑制することで、卵子の老化による異数体(流産など)の治療が可能になると期待できます。

特記事項

本研究成果は、2019年1月3日(木)午前3時(日本時間)に米国科学誌「PLoS Genetics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Meiosis-specific prophase-like pathway controls cleavage-independent release of cohesin by Wapl phosphorylation”
著者名:Challa K., Ghanim F.V., Shinohara M., Klein F., Susan M. Gasser S.M., and Shinohara A.

なお、本研究は、大阪大学国際共同研究推進事業との一環として、また、日本学術振興会科学研究助成KAKENHI, 22125001, 22125002, 15H05973 and 16H04742 の支援を受けて、スイス FMI 研究所 Susan M. Gasser教授の協力を得て行われました。

参考URL

蛋白質研究所 ゲノムー染色体研究室
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/genome/index.html

用語説明

減数分裂

通常の体細胞分裂とは異なる、生殖腺で起きる配偶子を作る特殊な細胞分裂。1回のDNA複製の後、2回の染色体分配を行うことで、染色体数を半減する。ヒトでは通常細胞は46本(23対)の異なる染色体を持つが、卵子や精子は23本になる。受精により、46本を回復する

異数体

通常の細胞と染色体数が異なる細胞。がん細胞は異数体であることは有名である。配偶子の異数体は流産やトリソミー病の原因になる健常な人の細胞の染色体数は23種類の染色体を2本ずつ持ち、46本であるが、ダウン症はヒト21番染色体が3本あること(トリソミー)によって引き起こされる病気。ダウン症は約1000名に1名。それ以外には13、18トリソミー(ダウン症より重篤な病気)があるが、それ以外の受精卵のトリソミーは流産になる。

卵子の老化

卵子は胚の時期(妊娠2~3ヶ月)に卵巣で作られるが、卵子形成は減数分裂の途中で止まり、それ以降は成人の女性の中で、ホルモンの刺激により再開することで、卵子が完成し、受精に使われる。成人女性の場合は、卵巣内でその減数分裂途上の卵子を維持しているが、高齢になると(35歳以上)、再開した際の減数分裂で染色体分配のエラーが生じ、異数体になる頻度が急激に上がる(流産やダウン症の子を持つリスクが上がる)ことが知られている。

コヒーシンタンパク質複合体

複製した姉妹染色体を束ねている複数のタンパク質の複合体。リング構造を取り、そのリング内に染色体を2本束ねることができる。染色体を分配する際には、タンパク質の分解を受け、保持していた染色体を離すことで、染色体の分配を促す。体細胞分裂期と減数分裂期では異なる成分(タンパク質)を持つ。減数第1分裂では染色体の腕部のコヒーシン複合体が分配の際に必須の役割を持つ。