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「新たな社会調査」で 若者の心に迫る

ー昭和~平成の意識変化を明らかにー

人間科学研究科・教授・吉川徹

吉川徹教授を代表とする研究グループは、2015年、メディアなどによる世論調査とは異なる特性を持つ大規模な学術社会調査・SSP調査(Stratification and Social Psychology/階層と社会意識全国調査)を実施。蓄積された過去のデータと比較することで、これからの日本社会を構成する若年層の「社会の心」の変容の兆しを明らかにした。

「新たな社会調査」で 若者の心に迫る

◉ タブレットPCによる社会調査は世界初

吉川教授の専門は「調査計量」。入念な設計による社会調査と高度な解析技術により、今を生きる日本人の意識や考え方を数的根拠により明らかにする。昨年行われた第1回SSP調査では、全国の自治体に申請し、選挙人名簿もしくは住民基本台帳から20歳から64歳までの総計9000人を選出。訪問調査員による精密な面接調査を実施した。

今回使用したのは、社会調査の分野で長く用いられてきた紙(質問紙)と鉛筆ではなく、タブレット型PC。訪問を受けた調査対象者は、調査員とともにタブレットPCの画面を確認しながら回答を直接入力していく。これは「世界で初めての先駆的な試み」と吉川教授。

調査ツールをタブレットPCに変更した理由を、「在宅率の低下などにより調査票の回収率が非常に下がっている現状があります。個人情報を提供することへの不安も大きい。タブレットPCへの直接入力なら、質問紙方式とは異なり、情報が他人の目にさらされる心配がなく機密性が高まる。データの集計作業や解析、保存も容易になります」と説明する。

◉人口ピラミッドを考慮した調査設計

若年層に着目した設計も今回のSSP調査の大きな特徴だ。「少子化が進む日本では、団塊世代や団塊ジュニアなどと比較して20〜30代の人口規模が小さく、従来の設計では、その層の動向が把握できませんでした。日本社会の心の変化をいち早く捉え、日本が今後どのような方向に進むのかを見極めるため、現役で社会を支える、昭和の終わりから平成生まれの人たちの声を抽出できるよう工夫を施しました」

その工夫のひとつが、今の日本人にとって関心が高い、格差・ジェンダー・教育などに関する新しい質問を設定したこと。社会調査では、これまで蓄積されてきた10年・20年前のデータと比較できることが重要であるため、「従来どおりの定点観測的な質問と、日本社会の最新の論点に関する質問を半数ずつ提示しました」と語る。

また、紙と鉛筆による社会調査が戦後70年間続けられてきたため、調査ツールや記録方法をデジタル化することで回答に微妙な影響が出ないよう、タブレットPCのサイズや入力画面のレイアウトなどハード面・ソフト面で試行錯誤を繰り返した。その結果、「ここを掘り下げていけば、いろいろな事象や社会意識が見えてくるはずだという幾つかのキーワードをたぐり寄せることができました」と自信を見せる。

◉意外な「イクメン意識」も判明

吉川教授が特に驚いたのは、「イクメン意識」に関する解析結果だった。日本人男性は家事・育児に携わる時間が極めて短く、それが女性の社会参画などを阻む要因と一般に言われる。しかし、「データを分析すると、『夫が妻と同じくらい家事や育児をするのは当たり前』と考える人は女性より男性でむしろ多い。男性は仕事も家事も両方したいと考えている一方で、若い女性は、一般に思われているほど男性の家事・育児参加を強く望んでいないという結果が出ました。若年層の女性の保守化や専業主婦願望が言われますが、実際に意識が変化してきており、40〜50代の女性との大きな世代差が明確になりました」。他にも「職場で働きぶりが認められていない」、「他人に追い越されそうな不安を強く感じている」など、これまでは見えてこなかった若年層の心や、報道などで伝えられていた印象論が統計的数値データによって証明された。

これらの分析結果は、団塊の世代など日本の中核だった世代が退きつつある現在、何が社会の真の課題なのかをはっきりと示しており、今後の政策立案などにも役立つ貴重な基本データとなる。「例えば今、男性の家事・育児参加が進めば少子化などが解決するように考えられていますが、本当にそうか。今回の結果を踏まえて、国民の『標準的な考え方』を正確な数値を根拠に世の中にわかりやすく伝え、当事者に響く政策立案に繋げていくことが使命だと考えています」

◉最新ニーズに合う調査システムの開発へ

今後の目標は「正確な大規模調査を続けていくためにも、未来を担う若い人たちの最新のニーズに合うような調査システムを開発していきたい。新しいことをするだけなら誰にでもできますが、私は、10年間隔の調査の継続性を維持しながら、慎重に少しずつ改革していきたい」と話す。さらに、「SSP調査のような長期的視点による社会調査とは別に、震災前と震災後といったような短期的な切り口でも、自分たちが生きている社会の心の動きを調べ、わかりやすく発表していきたいですね」と意欲を語る。

今年6月には、単著である『現代日本の「社会の心」計量社会意識論/有斐閣』を英訳した「Social Mentality in Contemporary Japan」 が大阪大学出版会から刊行され、世界に向けて発信された。「日本の社会意識の変遷に関する解析が、発展を続ける東アジア諸国の未来設計に役立てばと考えています」

常に多忙な吉川教授だが、論文の執筆などに行き詰まった時の対処法はテニス。「大阪大学在学中に立ち上げたテニスサークルの顧問も務めています。最近は体力維持のため万博公園の外周道路を走っていて、近隣のフルマラソン大会にも出場しています」と日焼けした顔をほころばせた。

●吉川 徹(きっかわ とおる)
1994年大阪大学大学院人間科学研究科修了。94年大阪大学人間科学部助手、95年静岡大学人文学部講師、96年同助教授。2000年より大阪大学人間科学研究科助教授。准教授を経て14年から現職。専門分野は計量社会意識論、社会調査。

(2016年9月取材)