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皮膚と細菌を見つめ、免疫疾患や老化の「なぜ」に挑む。

免疫学フロンティア研究センター 教授 松岡悠美

皮膚と細菌を見つめ、免疫疾患や老化の「なぜ」に挑む。

日本の医療費問題に一石を投じる、アトピー完治法の確立。

 私の研究のキーワードは、「皮膚」と「細菌」。その中でも主に、皮膚上の細菌とアトピー性皮膚炎の関連性を紐解く研究に取り組んでいます。アトピーのようなアレルギー疾患は私たちの「免疫機能」によって引き起こされる病気。途上国より先進国での罹患者が多いのが特徴です。衛生面が発達している先進国では、ヒトが各種細菌に暴露する機会が減り、免疫機能が本来活躍するはずの「病気や汚染から体を守る」という場面が減少。その結果、さまざまな理由で免疫が別軸に働き、身体に不利益をもたらす症状として発現します。

 アトピー自体は古くから研究が続けられている疾患であり、適切に治療すれば抑え込むことが可能です。ただ完治が難しいのも、この疾患の特徴。薬をやめるとぶり返すため、何年、何十年という長期にわたり治療を続ける方がほとんどです。私がめざすのはアトピーを完治する病気に変え、この「長期に及ぶ治療」を無くすこと。疾患に悩む患者さんを救いたい気持ちももちろんですが、アトピー治療にかかる高額な医療費への問題意識も研究のモチベーションのひとつです。社会の近代化に伴って、アトピー患者はこれからも増え続けていくかもしれません。その全員が一生治療を受けるとなると、どうでしょうか?経済的に治療を継続できない人が出てくるだけでなく、医療費を賄うために社会全体の負担も増えるはずです。こういった背景から、アトピーの完治がもたらす社会的意義は非常に大きいと考えて、研究に向き合っています。

アトピー発症のカギとなる、菌の変化を世界で初めて発見。

 アトピー完治をめざして私が着目したのは、患者の皮膚上にいる「黄色ブドウ球菌」の存在です。昔から知られていたものの、その原因までは分かっていなかった「アトピー患者の皮膚では、黄色ブドウ球菌が繁殖しやすい」という事実にこそ、完治の糸口があるのではないかと考え、アトピー患者の黄色ブドウ球菌の遺伝子解析に挑戦。患者の皮膚にいる黄色ブドウ球菌が、増殖に伴って形質を変化させていることを突き止めました。 

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 増殖に伴って形質が変化するメカニズムは、「狭い場所に大勢の人が閉じ込められ、食料を満足に得られない状況」を思い浮かべると、簡単にイメージがつきます。きっとその場にいる人たちはいがみ合ったり、食料を奪い合ったり、攻撃的になることでしょう。アトピー患者の皮膚の上でも、これと同じことが起きているのです。黄色ブドウ球菌が増殖した皮膚では、まず栄養素が枯渇。すると黄色ブドウ球菌の形質が変化して、皮膚上の善玉菌を攻撃して競争相手を減らしたり、皮膚を壊して湿潤してくる栄養素を得ようとしたりしはじめます。このように黄色ブドウ球菌がある種の「凶暴化」を遂げることで、痒みや痛み、皮膚の炎症といった、アトピーの症状が起こっている可能性が見えてきました。

 また研究を通して、アトピーでない人の皮膚には、黄色ブドウ球菌の形質変化を阻害する機能が備わっていることも判明。アトピー患者の皮膚の細菌バランスを保ち、健康な人と同じように菌の変化を防ぐ機能を獲得できれば、理論上はアトピーの完治が可能になるということが明らかになりました。この結果をベースに皮膚の細菌環境を整える治療法研究が世界中で始まっており、アメリカでは治験が行われる段階に至っています。

“観察できる臓器”=皮膚を通じて、より多くの「なぜ」を明らかに。

 アレルギー疾患の研究に加えて、免疫学の知見を生かし、医療施設内で広がる薬剤耐性菌の問題にも取り組んでいます。抗生物質の登場によって、人類は多くの感染症を克服しました。しかしそれは同時に、薬が効きにくい耐性菌の誕生も引き起こしました。耐性菌による死者は、全世界で年間約70万人。医療の発達とともに耐性菌は増えるため、2050年には年間1000万人が耐性菌によって命を落とすと予測されています。この問題に立ち向かうためには、研究活動と並行して正しい知識を一般の方々に届けることが大切です。耐性菌によって多くの人が亡くなっていること。抗生物質の濫用がそれを加速すること。研究活動に加えてこういった医療界の当たり前を、広く発信することにも重きを置きながら、研究にあたっています。

 また長期的な視点をもった研究として、皮膚から「老化の仕組み」を導き出すことにも挑戦中。皮膚の中の「速く老化する炎症」と「相対的に老化が遅い炎症」に着目し、「老化」のスピード差の原因を遺伝子レベルで解析しています。老化が遅い=ガン化が遅くなる、ということですから、この研究から新たなガン予防の方法などが見えてくるかもしれません。

 アトピー、耐性菌、老化などの研究を通じて、私が成し遂げたい目標。それは目の前の事象に対する「なぜ」を解明し、原因から結果に至る道筋を理解することです。メカニズムの解明は、医療の進歩だけでなく「善く生きる人生」を生み出します。医療の発達に伴って人の寿命は伸び続けていますが、生きている限り必ず病気にはなりますし、原因が分からない病気はいつの時代にも存在します。そういったとき、たとえ治療法が分からなくとも「なぜ病気になったのか」「どんな理由で症状が起きているのか」を知って納得することは、その人が病気を受け入れ、QOLを保ちながら日々を送るために必要であるはずです。耐性菌研究に関しても同じこと。多くの情報に誰でもアクセスできる現代において、「なぜ」に対する正しい答えや知識を得られないことは、その人の健康を害したり、QOLを低下させることにつながりかねません。だからこそ私たち医療に携わる人間は、病気や症状の背景を正しく解明・理解し、それを多くの人に伝えていく使命を負っていると感じています。こういった医療人としての責任感と自身の知的探究心、双方を原動力としながら、日々の研究に挑み続けていきたいと考えています。



- 2050 未来考究 -

データの解釈も担うAIが、研究者のクリエイティビティを引き出す。

遺伝子解析やオミクス解析などにあたり一番時間がかかるのは、膨大な解析結果の「眺め方」を考えるフェーズ。データをどう扱うべきかがすぐには見えず、情報処理の専門家と数ヶ月協議し続けることもあるほどです。2050年には、情報の計算・解析に加えて、データの解釈もAIが担うようになることを期待しています。研究者が提示したいくつかのキーワードに沿って、対話するようにデータの解釈パターンを提示してくれるAI。そんな存在が登場すれば、私たち人間はより創造的な作業に時間を傾けることが可能になり、想像もつかないような大きな成果を、短期間で挙げられるようになるかもしれません。


松岡教授にとって研究とは

好きなこと。生命科学を最先端の技術で眺める、仕事を超えたライフワークです。

○松岡 悠美(まつおか ゆうみ)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 教授
山梨大学、千葉大学の医学部附属病院医員を経て、千葉大学大学院博士課程を修了。ミシガン大学病理学教室などでリサーチフェローを務めたのち、千葉大学大学院医学研究院にて助教、講師を歴任。大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任准教授(常勤)、准教授を経て、2022年11月より現職。

■デジタルパンフレットはこちらからご覧いただけます。

▼大阪大学 「OU RESEARCH GAZETTE」創刊号
https://www.d-pam.com/osaka-u/2312487/index.html?tm=1

(2022年12月取材)