\「スピンの向き」を選ぶ仕組みに迫る!/ 不斉誘起スピン選択性を示す キラル二面性の正孔輸送材料を開発

\「スピンの向き」を選ぶ仕組みに迫る!/ 不斉誘起スピン選択性を示す キラル二面性の正孔輸送材料を開発

CISS現象の基礎理解とペロブスカイト太陽電池の界面制御に新たな知見

2026-8-28工学系
工学研究科教授佐伯 昭紀

研究成果のポイント

  • 表側と裏側に異なる化学構造を持つ「キラル二面性IDT」を基盤とした正孔輸送材料を開発し、最大約60%の不斉誘起スピン選択性(CISS)を実現
  • 3種類のキラル二面性IDT材料を用い、不斉構造と電子のスピン選択性の極性に一貫した対応を確認することで、どんな構造がスピンの向きを決めるかが見えづらいという課題にもアプローチし、光学活性体で、正孔移動度が約3倍に向上する予想外の現象を発見
  • 開発した分子は、ペロブスカイト太陽電池等に導入することで、表面欠陥の抑制と正孔抽出の促進を両立した新たな界面制御材料としての応用にも期待

概要

大阪大学大学院工学研究科のShuang Liさん(博士後期課程)、石割文崇招へい教員(兼・東京都立大学 准教授)、西久保 綾佑講師、佐伯昭紀教授の研究グループは、表側と裏側に異なる化学構造を持つ「キラル二面性インダセノジチオフェン(IDT)」を基盤とした新しい正孔輸送材料を開発しました。

研究グループはこれまで、キラル二面性IDTを用いた半導体高分子や非フラーレンアクセプターを開発し、電子のスピンを選択的に通す不斉誘起スピン選択性(CISS)を示すことを報告してきました。今回開発した正孔輸送材料でも最大約60%のスピン選択性が得られ、これまでの3種類の材料群を通じて、分子の不斉構造とスピン選択性の極性との間に一貫した対応関係が見いだされました。さらに、光学活性体ではメソ体やラセミ体と比べて正孔移動度が約3倍に向上する予想外の現象も確認されました。この向上がCISS効果に直接由来するかどうかは現時点では明らかではなく、今後の研究課題です。

また、開発した分子をペロブスカイト太陽電池の界面に導入すると、表面欠陥の抑制と正孔抽出の促進が確認され、太陽電池性能も向上しました。本成果は、CISS現象の基礎理解を深めるとともに、キラリティを利用した新しい電荷輸送材料やペロブスカイト太陽電池の界面制御材料の設計につながるものです。

本研究成果は、独国科学誌「Small」に、8月8日に公開されました。

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図1. 本研究で開発したCISS効果を示すキラル二面性IDTを用いた正孔輸送材料の化学構造と、ペロブスカイト太陽電池に用いた際の光電変換効率およびホール移動度.

研究の背景

電子は、電荷に加えて「スピン」と呼ばれる磁気的な性質を持っています。近年、右手と左手のような関係を持つキラルな分子に電流を流すと、特定の向きのスピンを持つ電子が選択的に輸送される「不斉誘起スピン選択性(CISS)効果」が注目されています。CISS効果は、磁性体を用いずに電子スピンを制御できる可能性を持つことから、スピントロニクスやエネルギー変換など、さまざまな分野への応用が期待されています。一方で、どのような分子構造がCISS特性を決めるのかなど、その発現機構にはまだ多くの謎が残されています。

研究グループはこれまで、代表的な有機半導体骨格であるインダセノジチオフェン(IDT)の表側と裏側に異なる化学構造を導入した「キラル二面性IDT」を開発してきました。この骨格を用いたπ共役ポリマーでは約70%の高いスピン選択性を示すことを見いだし(2024 年 9 月 13 日プレスリリース・https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240913_1)、さらに非フラーレンアクセプターへ展開することで、CISS効果を有機太陽電池の性能向上に利用できる可能性を示してきました(2025 年 11 月 12 日プレスリリース・https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20251112_1)。

しかし、これまでのCISS研究では、大きく異なる分子骨格を持つさまざまな材料系が個別に調べられることが多く、共通した分子骨格を用いて、分子の不斉構造とスピン選択性の関係を系統的に比較する研究は十分には行われていませんでした。また、太陽電池などの電子デバイスでは、電子だけでなく正孔を効率よく輸送する材料も重要ですが、CISS効果を示すキラルな正孔輸送材料については研究例が限られていました。

そこで研究グループは、これまで開発してきたキラル二面性IDTを正孔輸送材料へと展開し、そのCISS特性を調べるとともに、分子の不斉構造とスピン選択性との関係を検討しました。さらに、この分子をペロブスカイト太陽電池の界面に導入し、正孔輸送と表面パッシベーションの両面からその機能を調べました。

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図2. 研究グループがこれまでに開発してきたキラル二面性IDTをコアとする有機電子材料の構造とCISS効果。いずれの材料でも(S,S)体は負、(R,R)体は正のスピン偏極を示した。

研究の内容

今回、研究グループは、これまで開発してきたキラル二面性IDT骨格に、正孔輸送性に優れるトリアリールアミン部位を導入することで、新しい正孔輸送材料を設計・合成しました。右手型と左手型に相当する光学活性体に加えて、光学不活性なメソ体およびラセミ体も合成し、分子の立体構造の違いがCISS特性や正孔輸送特性に与える影響を比較しました。

まず、光学活性体のスピンコート薄膜についてCISS特性を調べたところ、最大約60%の高いスピン選択性を示しました。さらに、これまでに開発したπ共役ポリマー、非フラーレンアクセプター、今回の正孔輸送材料を比較すると、いずれの材料でも(S,S)体は負、(R,R)体は正のスピン偏極を示し、分子の不斉構造とスピン選択性の極性との間に一貫した対応関係が見いだされました。この結果は、異なる材料群においても、キラル二面性IDT骨格そのものがスピン輸送の向きを左右する可能性を示しています。

一方、正孔輸送特性を調べたところ、光学活性な(R,R)体では、メソ体およびラセミ体と比較して正孔移動度が約3倍に向上する予想外の現象が確認されました。この向上がCISS効果によるものか、薄膜中の分子配列や界面状態など別の要因によるものかは現時点では明らかではありませんが、キラリティと電荷輸送との間に新たな関係が存在する可能性を示す結果です。

さらに、これらの分子をペロブスカイト太陽電池の表面に導入したところ、ペロブスカイト表面の欠陥が抑制されるとともに、正孔抽出が促進されることが分かりました。特に光学活性体を用いた場合には、メソ体やラセミ体と比べて太陽電池性能が向上しました。これらの結果から、キラル二面性正孔輸送材料が、CISS特性を示すだけでなく、ペロブスカイト太陽電池の界面を制御する材料としても有効であることが示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、共通のキラル二面性IDT骨格を用いて、分子の不斉構造とCISS特性の関係を系統的に比較し、スピン選択性の極性に一貫した対応関係があることを示しました。CISS効果は近年注目を集めていますが、その発現機構には未解明な点が多く残されています。本成果は、分子構造とCISS特性の関係を理解するための基礎的な知見を与えるものです。

また、開発した光学活性な正孔輸送材料では、メソ体やラセミ体と比べて正孔移動度が約3倍に向上する興味深い現象も見いだされました。その起源は現時点では明らかではありませんが、キラリティと電荷輸送との間に新たな関係が存在する可能性を示しています。

さらに、これらの分子はペロブスカイト表面の欠陥を抑制するとともに正孔抽出を促進し、太陽電池性能の向上にも寄与しました。今後、キラリティを利用してスピン選択性、電荷輸送、界面機能を同時に制御することで、スピントロニクス材料や高性能な光・電子デバイス材料の新しい設計指針につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2026年8月8日に独国科学誌「Small」に掲載されました。

タイトル:“Chiral Bifacial Indacenodithiophene-Based Hole-Transport Materials with Chirality-Induced Spin Selectivity: Chirality-Spin Polarity Correspondence and Perovskite Passivation”
著者名:Shuang Li, Fumitaka Ishiwari, Ryosuke Nishikubo, Akinori Saeki
DOI: 10.1002/smll.75074

なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ「自在配列」JPMJPR21A2、CREST「未踏物質探索」JPMJCR23O2、ERATO 「山本量子キラル変換プロジェクト」JPMJER2503、JST創発的研究支援事業JPMJFR246J、JSPS 科研費 基盤研究B 23H02013、学術変革領域B「ラダーポリマー」研究JP25H01409、「超セラミックス」JP23H04626、などの一環として行われました。

参考URL

佐伯昭紀教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/9edffb14f50a9e1f.html

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

キラル

鏡に映した像が元の像と重なり合わない性質のこと。右手と左手の関係が代表的な例である。このような関係にある二つの分子を鏡像異性体(エナンチオマー)という。正四面体型の炭素原子に4つの異なる置換基が結合している場合、その炭素原子を不斉炭素原子といい、鏡像異性体が生じる原因となる。不斉炭素原子まわりの立体配置は、国際的な命名規則に従ってRまたはSで表される。本研究で用いたキラル二面性IDT骨格には2つの不斉炭素原子があり、(R,R)体と(S,S)体は互いに鏡像異性体の関係にある。一方、(R,S)体(または(S,R)体)は、不斉炭素原子を持つものの、分子全体として対称性を持つためキラルではなく、meso体と呼ばれる。

IDT

インダセノジチオフェン。複数の芳香環がつながった剛直で平面的なπ共役骨格の一つ。有機半導体材料の基本骨格として広く利用されている。本研究グループでは、IDT骨格の表側と裏側に異なる化学構造を導入した「二面性IDT」を開発し、さらにそこにキラリティを持たせた「キラル二面性IDT」を研究している。

正孔輸送材料

半導体中で電子が抜けた状態である「正孔」を効率よく輸送するための材料。太陽電池や発光デバイスなどでは、発生した電荷を電極まで運ぶ重要な役割を担う。本研究では、キラル二面性IDT骨格にトリアリールアミン部位を導入することで正孔輸送材料を設計した。

不斉誘起スピン選択性(CISS)

Chirality-Induced Spin Selectivityの略。キラルな分子や物質を電子が移動する際に、一方の向きのスピンを持つ電子が選択的に輸送される現象。キラル分子が電子スピンを選別する「スピンフィルター」のように働く現象として、近年注目されている。

電子のスピン

電子が持つ磁気的な性質のこと。一般に「上向き」と「下向き」の二つの状態として表される。通常の電流では両方のスピンを持つ電子が混在しているが、一方のスピンが多く含まれる電流をスピン偏極電流という。

光学活性体

キラルな分子のうち、右手型または左手型の一方が偏って存在する物質。直線偏光の偏光面を回転させる性質を持つため「光学活性」と呼ばれる。本研究では、(R,R)体および(S,S)体がこれに相当する。

メソ体やラセミ体

メソ体は、不斉中心を持ちながらも分子全体として対称性を持つため、光学活性を示さない化合物である。ラセミ体は、(S,S)体と(R,R)体のような鏡像異性体が等量混合したもので、全体として光学活性を示さない。本研究では、これらを光学活性体と比較することで、キラリティがCISS特性や正孔輸送特性に与える影響を調べた。