
\アパレル循環の新展開!/ ストレッチ素材の弾性繊維を混紡繊維から分離
多様な混紡繊維を再資源化し、循環型社会に貢献
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院工学研究科の宇山浩教授らは、ストレッチ素材として用いられる弾性繊維(ポリウレタンなど)を含む混紡繊維を対象に、弾性繊維のみを効率的に分解・除去し、残された綿をリサイクル可能な形で回収する新技術を開発しました。綿と弾性繊維の混紡の場合、綿はマテリアルリサイクルに適した状態で回収され、弾性繊維は短時間で分解・除去されます(特許出願済み)。
本技術は、電子レンジと同じ原理であるマイクロ波による加熱を利用し、混紡繊維を薬剤とともに約200℃で数分間照射することで、弾性繊維を選択的に分解できます。綿繊維は損傷を受けずに残り、再利用可能な形で回収できます(図1)。この結果、ストレッチ素材を含む混紡繊維の分別と再資源化を実現しました。
アパレル産業は石油業界に次いで環境負荷が大きいと指摘されており、特にファストファッションはその象徴とされています。低価格で大量生産・大量消費される衣料品は短期間で廃棄され、日本国内だけでも年間約47万トンが廃棄され、その95%が焼却または埋立処分されています(環境省資料2022年)。リサイクルが進まない要因として、衣料品の半数近くを占める綿/ポリエステル混紡に加え、微量に含まれるストレッチ素材(弾性繊維)の存在が分別を阻み、再資源化を妨げてきました。
今回の成果は、昨年、宇山教授が発表した「綿/ポリエステル混紡繊維の迅速な分別・リサイクル技術」(2024年3月26日プレスリリース)を基盤として発展させた成果であり、より複雑な素材への対応や素材を高い割合で回収することが可能となり、アパレル産業が直面する多様なリサイクル課題の解決に向けた新たな展開を示すものです。
図1. 綿/ポリウレタン混紡繊維の革新的分別・リサイクル技術
研究の背景
アパレル市場は世界的に拡大を続けており、2024年には約1.8兆米ドル、2030年には約2.3兆米ドルに達すると見込まれています。人口増加と経済成長を背景に、アジアを中心とした新興国でも衣料品需要は増大しており、ファッション産業は今後もグローバル経済において重要な位置を占め続けると考えられます。
日本国内においても、2021年の市場規模は約10兆円に達し、2022年時点での衣類の新規供給量は約82万トンに上ります。家庭から手放された衣類のうち、リユースやリサイクルに回らず未利用のまま国内で処理された量は約51万トンに達し、その多くは可燃・不燃ごみとして排出されたものです。さらに、事業所由来の産業廃棄物約5万トンを加えると、合計で約56万トンが未利用のまま国内で処理されています(環境省「2024年版衣類のマテリアルフロー」、図2)。この数字は、国内で供給された衣料の大部分が資源循環に乗らず、焼却や埋立によって消費されている現状を如実に示しています。
しかし、アパレル産業は大量生産・大量消費・大量廃棄という構造的な課題を抱えており、その環境負荷は国際的にも大きな懸念材料となっています。世界全体では毎年約9,200万トンの衣料品が廃棄され、その焼却や埋立によって多量の温室効果ガスが排出されています。さらに製造段階では約930億m³に及ぶ水資源が消費されており、これは数百万人規模の生活用水に匹敵します。また、合成繊維の使用拡大に伴い、毎年約50万トンのマイクロプラスチックが海洋へ流出していると推計され、世界の海洋汚染問題を一層深刻化させています。こうした環境負荷の蓄積は気候変動や生態系の劣化とも直結しており、衣料品のライフサイクル全体を見直すことが国際社会において急務となっています。
図2. 日本における衣類のマテリアルフロー(2024年版)
一方で、リユース市場や古着取引は急速に拡大しており、オンラインプラットフォームやシェアリングサービスの普及も後押ししています。しかし、これらはあくまで一時的な使用延長にとどまるもので、根本的な解決策としては使用済み繊維を再び原料に戻す「繊維to繊維」のリサイクル技術が不可欠です。この課題を認識した欧州や北米の大手アパレル企業は、2030年までに使用する素材の半数以上をリサイクル由来に切り替えるといった野心的な目標を掲げ、サプライチェーン全体を変革する取り組みを加速させています。
近年、消費者のニーズは「快適さ」や「機能性」に向かい、衣料品にストレッチ性やフィット感が求められるようになりました。ポリウレタンをはじめとする弾性繊維を混ぜ込むことで、衣類は動きやすく、しなやかで型崩れしにくくなり、Tシャツやジーンズ、スポーツウェア、下着など幅広い分野で採用が急増しています。これらは現代のライフスタイルに欠かせない機能を提供している一方で、リサイクルの観点からは新たな課題を生みました。混紡繊維の中に弾性繊維がごく数%含まれるだけでも、弾性繊維が効率的な分別を阻み、資源循環のボトルネックとなっているのです。
研究の内容
研究グループはマイクロ波を活用した新しい分別手法に着目し、綿を保持したまま弾性繊維(ポリウレタン)を効率的に分解・除去できる技術の開発に取り組みました。
これまで、綿/ポリエステルや綿/弾性繊維といった混紡繊維は、複数の素材が複雑に絡み合っているため分別が困難で、リサイクルを阻む大きな障害となってきました。特に弾性繊維は、混紡中にわずか数%含まれるだけでも再資源化を妨げる「最後の壁」とされてきました。
研究グループが今回開発した技術は、この課題を克服するものです。混紡繊維を薬剤とともに混ぜ、マイクロ波で200℃前後に短時間加熱することで、弾性繊維のみを選択的に分解・除去することに成功しました。マイクロ波は繊維内部まで均一に加熱できるため、数分以内という極めて短い時間で反応が進みます。その結果、弾性繊維は分解され、綿は大きな損傷を受けることなく残存し、95%以上の回収率でマテリアルリサイクルに適した状態で取り出すことができました。現段階でも繊維として再利用可能性を示す結果が得られており、実用化に向けた基盤となることが期待されます。
本技術の大きな特長は、その簡便さと安全性にあります。操作は「繊維を薬剤と混ぜてマイクロ波で加熱する」だけで成立し、特別な高圧容器や危険な溶媒を必要としません。使用する薬剤も安価かつ入手容易であり、環境負荷を抑えながら効率的な分別を実現できます。また、マイクロ波を利用することでエネルギー消費も低く抑えられ、従来の高温加熱や長時間反応を必要とする方法と比べて、省エネ性にも優れています。
さらに本技術は、綿/ポリエステル/ポリウレタンといった三元混紡繊維(図3)や、ウールを含む複合繊維にも適用できることが確認されており、高い拡張性を持っています。
現在は大学のラボスケールでの検証段階ですが、今後は反応条件のさらなる最適化やプロセス設計の改良を進めるとともに、アパレル企業やリサイクル産業との連携を通じてスケールアップを目指します。将来的には、これまで焼却や埋立に回されてきたストレッチ素材を含む膨大な量の衣料品を資源循環に組み込み、アパレル産業の持続可能性を大きく前進させることが期待されます。
図3. 綿/ポリエステル/ポリウレタン混紡繊維の分別・リサイクル
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、従来リサイクルが極めて困難とされてきた綿/ストレッチ素材混紡の分別を可能にした点に大きな意義があります。快適性やフィット感を重視する消費者ニーズの高まりにより、弾性繊維を含む衣料品は急速に普及しましたが、その存在が資源循環の「最後の壁」となってきました。今回の技術は、この課題を突破し、従来は焼却や埋立に回されてきた衣料品を資源循環に組み込む新たな道を開きます。
また、本技術は綿/ポリエステル/ポリウレタンの三元混紡やウール混紡など、複合繊維にも応用できる拡張性を持ち、アパレル産業全体におけるリサイクルの幅を大きく広げる可能性を秘めています。今後、産学連携を通じたプロセス開発やスケールアップが進めば、持続可能なアパレル産業と循環型社会の実現に向けた重要な一歩となると期待されます。
特記事項
本研究の一部は、環境研究総合推進費[3G-2501]((独)環境再生保全機構)の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 弾性繊維
弾性繊維とは、伸ばしても元に戻る性質を持つ繊維の総称です。代表的なものはポリウレタンを主成分とする繊維で、スパンデックスやエラスタンの名称でも知られています。少量を混ぜるだけで衣料品に伸縮性やフィット感を与えることができ、ジーンズ、スポーツウェア、下着、靴下など幅広く利用されています。一方で、綿やポリエステルと混紡された状態では分離・除去が難しく、衣料品リサイクルを妨げる要因となってきました。
- マイクロ波
マイクロ波は電磁波の一種で、波長や周波数によって特性や用途が異なります。電子レンジはこのマイクロ波を食品に照射して加熱しており、分子が電界の影響で振動し、分子同士の衝突によって熱が生じます。今回の新技術では、この特性を応用することで、短時間で分解反応を進行させています。







