
炭素原子1つを押し出す新反応
コールタールに豊富に含まれるピリジンを医薬品分子骨格に作り替える
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の上野凌向さん(特別研究学生、東京科学大学理学院化学系博士前期課程所属)、鷹谷絢教授らの研究グループは、ピリジン(6員環)の炭素原子1つを押し出すことで、ピロリジン(5員環)へと作り替える新反応を開発しました。
芳香族化合物であるピリジンをより小さな環員数の化合物へと変換することは、その芳香族性を失うことから困難でした。今回、鷹谷教授らのグループは、光エネルギーとホウ素反応剤を組み合わせて用いることで、ピリジンの安定な6員環から炭素原子1つを環外へ押し出し、5員環のピロリジン骨格を得る新反応を開発しました。本反応は、コールタールに豊富に含まれるピリジンを、医薬・農薬品などの高付加価値化合物へと一挙に変換できる新手法であり、創薬研究の加速や、新しい化石資源利用法としての展開が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、3月13日(木)19時(日本時間)に公開されました。
図1. 炭素原子1つを押し出すことで、ピリジン(6員環)をピロリジン骨格(5員環)へと作り替える新反応
研究の背景
含窒素5員環化合物であるピロリジンは、天然に存在する生理活性物質や医薬・農薬品などの基本骨格として多く含まれています。従って、その効率的な合成手法の開発は創薬研究における重要な課題です。一方で、含窒素6員環芳香族化合物であるピリジンは、コールタールに大量に含まれる化石資源であり、含窒素化合物を合成するための原料として有望です。しかし、芳香族化合物であるピリジンをより小さな環員数の化合物へと変換することは、その芳香族性を失うことからエネルギー的に不利であり、困難とされてきました。
研究の内容
鷹谷教授らの研究グループでは、ピリジン(6員環)とシリルボラン(ケイ素−ホウ素結合をもつ反応剤)に対して近紫外〜可視光を照射すると、ピロリジン誘導体(5員環)が得られるという反応を発見しました。本反応では、ホウ素反応剤と光エネルギーによる活性化を利用することで、6員環芳香族化合物であるピリジンから炭素原子1つを環外へと押し出し、5員環と3員環が縮環したピロリジン誘導体へと環構造を作り替えることができます。さらに、得られたピロリジン誘導体を様々な含窒素化合物へと短段階で変換することにも成功しました。これにより、安価で大量に入手できるピリジンを原料として、医薬・農薬品として利用される高付加価値含窒素化合物を簡便に合成することが可能になります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、医薬・農薬品候補化合物を短工程で効率的に、かつ多様に合成することが可能となり、創薬研究の加速が期待されます。また、コールタール中に豊富に含まれるピリジンを炭素資源・窒素資源として用いる新しい化石資源利用法としての展開が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年3月13日(木)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Pyrrolidine Synthesis via Ring Contraction of Pyridines”
著者名:Ryoga Ueno, Shohei Hirano and Jun Takaya*(責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-57527-w
なお、本研究は、JSPS科学研究費助成事業基盤Bならびに学術変革領域研究(A)「デジタル有機合成(Digi-TOS)(公募)」の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ピリジン
代表的な含窒素芳香族化合物であり、石油に含まれるほか、誘導体として様々な植物にも含まれている。古くは石炭を高温乾隆して得られるコールタールから製造されていた。重要な基幹化学物質の1つとして大量生産されている。
- ピロリジン
5員環の含窒素環式化合物。アルカロイドをはじめとする様々な天然物、生理活性物質、医薬品などの基本骨格としてよく見られる。
- 芳香族化合物
ベンゼンに代表される環状の有機化合物。二重結合が3つ環状に連なることで、非常に安定な分子構造となっている。
- ホウ素
金属元素と非金属元素の中間の性質を示す半金属元素であり、天然に豊富に存在する。ホウ素化合物は一般にルイス酸として働く。