
有機分子によるエチレンのキャッチ&リリースに成功
金属を使わずにエチレンを分離・貯蔵・変換する新技術
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科 特別研究学生の柳大輝さん(研究当時/現:東京科学大学理学院化学系博士前期課程所属)、鷹谷絢教授らの研究グループは、ホウ素とリンからなる有機分子を用いてエチレンをオンデマンドで(必要なときに)捕捉・放出する分子システムの開発に世界で初めて成功しました。
これまでエチレンと有機分子は、元に戻ることができない「一方通行」の反応しか実現していませんでした。今回、研究グループは、光エネルギーと熱エネルギーを外部刺激として用いることで、可視光によりエチレンを捕捉し、熱によりエチレンを放出するという「往復可能」な反応を実現することに成功しました。これにより、省エネルギーなエチレン分離・精製プロセスの実現や、エチレンの貯蔵、貴金属を用いないエチレンの有用物質合成への変換プロセスの開発などへの応用が期待されます。
本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に、4月23日(水)0時(日本時間)に公開されました。
図1. 光と熱により、エチレンを“オンデマンド”で捕捉・放出する新技術
研究の背景
エチレンは石油化学工業における最も重要な基幹化学品として大量に生産されていますが、エチレンの分離・精製には多大なエネルギーとコストがかかるという課題があります。そのため、外部刺激に応じてエチレンとの化学結合を形成したり元に戻したりすることができる分子は、エチレンの分離・精製・貯蔵のための新たな材料候補として有望です。しかし、そのような分子はごく一部の遷移金属錯体に限られており、エチレンの捕捉と放出を双方向で行うことができる有機分子はこれまで存在しませんでした。
研究の内容
鷹谷教授らの研究グループでは、ホウ素とリンを併せ持つ有機分子の光反応性に着目することで、光と熱を外部刺激としてエチレンを捕捉・放出する新しい分子システムを実現することに成功しました。これにより、可視光によりエチレンを捕捉し、熱によりエチレンを放出するという、エチレンのオンデマンド固定化が可能になりました。さらに本反応系を利用することで、アルケンの1種であるシクロオクテンを熱力学的に安定なcis体からより不安定なtrans体へと選択的に異性化させることにも成功し、可視光エネルギーと有機分子を用いたアルケンの分子変換法としての有用性を実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、低温・高圧条件を必要としない省エネルギーなエチレン分離・精製プロセスの実現や、エチレンの貯蔵技術としての展開、貴金属を用いないエチレンの有用物質への変換プロセスの実現などが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年4月23日(水)0時(日本時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Light- and Heat-responsive Frustrated Lewis Pairs Enables On-demand Fixation of Ethylene”
著者名:Taiki Yanagi, Jun Takaya*(責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.5c03130
なお、本研究はJSPS科学研究費助成事業基盤Bならびに学術変革領域研究(A)「デジタル有機合成(Digi-TOS)(公募)」の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ホウ素
金属元素と非金属元素の中間の性質を示す半金属元素であり、天然に豊富に存在する。ホウ素化合物は一般にルイス酸として働く。
- リン
非金属元素であり、天然に豊富に存在する。リン化合物は一般にルイス塩基として働く。
- 有機分子
今回用いた有機分子は、ルイス酸であるホウ素とルイス塩基であるリンを併せ持った有機分子であり、その両方の性質を示すことから、フラストレイテッドルイスペア(Frustrated Lewis Pairs)と呼ばれる。
- エチレン
最も単純なアルケン。石油化学工業における最も重要な基幹化学品であり、様々な化学製品の原料となる。世界の年間生産能力は2億トンを超える。
- エチレンの分離・精製
一般に、ナフサの熱分解により得られる混合物を、低温・高圧下で繰り返し蒸留・凝縮することでエチレンを分離・精製する。この分離・精製工程に多大なエネルギーとコストがかかる。
- アルケン
炭素−炭素二重結合をもつ有機化合物。
- シクロオクテン
8員環構造をもつアルケン。炭素−炭素二重結合の同じ側で環を巻いたcis体と、反対側で環を巻いたtrans体がある。trans体は反応性が高く様々な用途に用いられるが、不安定なため合成するのは困難である。