微小水流が新たなエネルギー源に
注目材料グラフェンと水流を活用した環境発電システムの可能性
研究成果のポイント
概要
世界的なエネルギー需要の増加に伴い、身近な環境からエネルギーを収集する技術、すなわち環境発電(エネルギーハーベスティング)の技術開発が望まれています。
東北大学大学院工学研究科の岡田健准教授と同大学流体科学研究所の小宮敦樹教授、名古屋工業大学の種村眞幸名誉教授と本田光裕准教授、大阪大学大学院工学研究科の山下一郎招へい教授らの研究グループは、グラフェン上を流れる微小な水流による発電現象に着目し、実験と数値シミュレーションを通じて、発電に適した水流の状態を明らかにしました。この成果は、生活環境中に数多く存在する微小な水流を活用できる発電デバイスの最適な設置場所を示す指針となり、これにより効率的な環境発電システムの実現が期待されます。
本研究成果は、2024年10月28日に米国物理学協会が発行する科学学術雑誌Applied Physics Lettersにオンライン掲載されました。
研究の背景
世界的なエネルギー需要の増大に伴い、環境発電(エネルギーハーベスティング)の研究開発や新たなエネルギー源の探索がますます重要視されています。環境発電に利用できるエネルギー源には光、風、熱、振動など様々なものがありますが、研究グループは「微小な水流」に着目しました。地表付近に存在する液体の水は雨滴、河川、海洋、そして生活環境中に多様な形態で存在しています。その多くは流れを伴っていますが、従来の水力発電として利用できるのは一部であり、多くは水量が不十分であるため、エネルギー源として活用できていませんでした。
近年の研究によって二次元ナノ材料であるグラフェン上を水が流れる際、グラフェン自体が発電することが明らかにされています。しかし、発電量を最大化するために必要な流動状態が解明されていないことが課題の一つでした。環境発電システムとして社会実装するためには、発電に効果的な流動状態を解明し、適切な設置場所や方法の選定を行う必要があります。また、学術的には既存の理論の拡張につながる可能性があり、重要な研究テーマとなります。そこで研究グループは、マイクロ流路を用いた発電実験と数値シミュレーションによる流体の相関解明に取り組みました。
研究の内容
まず、ガラスでグラフェンを挟み込んだマイクロ流路(全長約5cm、幅約3mm)を作製し、シリンジポンプで水流を加えた際の電圧を測定しました(図1)。この際、負荷抵抗の大きさを調整し、出力が最適となる条件を設定しました。その結果、得られた典型的な電圧波形は、水流の印加に応答してON/OFFを繰り返しており(図2(a))、水流が持続している間は発電が維持されることが確認されました。また、グラフェンの位置を流路内で変化させた実験では、流入口からの距離に依存して起電力が大きく変化し、流路中央付近で最も高い電圧が発生することがわかりました(図2(b))。
次に数値シミュレーションを用いて流動状態を解析しました。図3はマイクロ流路内の速度分布をカラースケールで示したものです。流入口付近(x=0)では複雑かつ不規則な速度分布が見られましたが、流路中央部に向かうにつれて一様な流れとなる様子がわかります。この結果は、流入口での不規則な流動状態から流れが発達し、層流へと遷移していることを示しています。
さらに数値シミュレーションから得られた流速分布を基に、流動状態が理想的な層流に遷移する指標(遷移割合)を算出し、実験で得られた起電力との相関を求めました。図4の縦軸は実験で得られた起電力、横軸は層流への遷移過程を示す指標を表しています。この相関から、不規則な流動状態から層流に遷移する過程で大きな起電力が発生していることがわかります。このことから流動状態が遷移する場所、または流動状態の遷移が生じる流路を用いることで、微小な水流による発電の高効率化が期待できます。
本研究で明らかにした微小な水流を用いた発電の最適条件は、生活環境におけるわずかな水流を有効活用すれば、エネルギー創成に使用可能であることを示しており、小型で環境負荷のない新たな水利用の実現と社会実装が期待されます。
図1. マイクロ流路の模式図。
図2. (a)典型的な発生電圧波形。(b)流路内の位置と発生起電力の関係。
図3. 数値シミュレーションによる流速の分布の可視化データ。z方向は流路の厚さ方向であり50mm間隔の流速分布を示している。水流はx=0、z=300mmの位置から流入する。グラフェンはx軸上の任意の点、z=0mmの位置となる。
図4. 流動状態の遷移過程と発生する起電力の相関。流動が十分に発達し層流となるのは図3のx=30に相当する。
今後の展開
本研究を通して、生活環境中に数多く存在する微小な水流を、どこでどのように発電デバイスとして利用できるかの指針が示されました。今後は社会実装を見据えた高出力化やデバイスとしての設計が課題となります。研究グループとしては、水流から電力へのエネルギー変換機構をより深く研究し、小型センサーや非常用電源への応用に期待を寄せています。さらに地下水や海洋での応用可能性についても検討を進める予定です。
一方で学術的には、「微小水流による発電」は「水分子の運動とグラフェンの電子輸送」という視点からとらえることができ、電子工学・材料科学と流体科学をつなぐ新たな研究領域となりえます。将来的には、これまでにない概念で機能するセンサーや電子デバイスなど多くの展開が期待されます。
特記事項
【論文情報】
タイトル:Investigating the Correlation between Flow Dynamics and Flow-induced Voltage Generation
著者:Hikaru Takeda, Naoya Iwamoto, Mitsuhiro Honda, Masaki Tanemura, Ichiro Yamashita, Atsuki Komiya, and Takeru Okada*
*責任著者:東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 准教授 岡田健
掲載誌:Applied Physics Letters 125, 184101 (2024)
DOI:10.1063/5.0230115
URL:https://pubs.aip.org/aip/apl/article/125/18/184101/3318375/Investigating-the-correlation-between-flow
本研究の一部は科学研究費助成事業JP18K04880、JP24K01357、および名古屋工業大学で実施された文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(課題番号:JPMXP12 23NI5501)の支援を受けたものです。
用語説明
- グラフェン
ハチの巣状につながった炭素原子1層で構成される炭素同素体である二次元ナノ材料。次世代電子デバイスを含む様々な分野で研究が行われている材料。
- マイクロ流路
ガラスやプラスチック、シリコーン材料製の微細な構造を持つ流路。医療や半導体分野などで用いられる。
- 層流
流動の状態を示す。流路の中を流れる流体が流れの方向に向かって規則正しく流れる状態をいう。
- グラフェン上を流れる微小な水流による発電現象
この発電現象には様々な理論やメカニズム案が提案されているが、いずれも限定的な条件でのみ成立するものであり詳細は解明されていない。