新型コロナウイルスの感染を抑制する糖質を開発

新型コロナウイルスの感染を抑制する糖質を開発

COVID-19の重症化を抑える治療薬開発に期待

2024-10-31生命科学・医学系
微生物病研究所教授渡辺 登喜子

研究成果のポイント

  • 特定のフコイダン類縁体(図1の10)が、COVID-19の重症度に関与するヘパラナーゼに対して高い阻害活性を発現することを明らかにしました。
  • アグリコン構造をオクチル基からコレスタニル基に変更した新規フコイダン類縁体(図2の14)のヘパラナーゼ阻害活性とスパイクタンパク質に対する結合活性が、10と比較して大きく向上することを明らかにしました。さらに、本類縁体14が、パンデミック発生当初の武漢株及び変異株(オミクロン株BA.2及びBA.5)の感染を抑制することを見出しました。
  • 様々な変異株に有効かつ重症化を抑える新たなCOVID-19治療薬の開発への寄与が期待されます。

概要

慶應義塾大学理工学部応用化学科の高橋大介准教授、戸嶋一敦教授、大阪大学微生物病研究所の安齋樹助教、渡辺登喜子教授らの研究グループは、海藻のぬめり成分などに含まれるフコイダンの基本構造となる硫酸化四糖の類縁体(糖質)を化学合成し、COVID-19の重症度に関与する酵素ヘパラナーゼの阻害活性と新型コロナウイルス(以下、SARS-CoV-2)の感染阻害活性を評価しました。その結果、本類縁体が、ヘパラナーゼ阻害活性とSARS-CoV-2感染阻害活性の両方の機能を併せ持つことを明らかにし、COVID-19の重症化を抑える治療薬のリード化合物として有望であることを見出しました。

天然由来フコイダンがSARS-CoV-2の感染阻害活性を発現することは報告されていましたが、構造が不均一な多糖であるために、どの部分構造が活性発現に重要かが判明していませんでした。本研究グループは、これまでに硫酸化パターンと糖鎖構造が種々異なる13種類の硫酸化四糖(フコイダン類縁体)を化学合成し、SARS-CoV-2の表面抗原であるスパイクタンパク質に対して結合活性が高い類縁体を見出していました。本研究では、見出していた類縁体のうち、アグリコン構造をオクチル基からコレスタニル基に変更した新規類縁体が、スパイクタンパク質に対して高い結合活性を発現することを明らかにしました。さらに、本類縁体は、COVID-19の重症度と相関して発現レベルが上昇するヘパラナーゼの活性も阻害することを突き止めました。加えて、本類縁体がCOVID-19パンデミック発生当初の武漢株だけでなく、オミクロン株BA.2及びBA.5といった変異株の感染も抑制することを見出しました。以上のことから、今後、様々な変異株に有効かつ重症化を抑える新たなCOVID-19治療薬の開発への寄与が期待されます。

本研究の成果は、2024年10月7日に、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition (アンゲバンテ ヘミー インターナショナル エディション)」のオンライン版で公開されました。

研究の背景

これまでに、海藻のぬめり成分などに含まれる硫酸化多糖フコイダンが、SARS-CoV-2の感染阻害活性を発現することは報告されていました。しかし、天然より得られるフコイダンは、高分子量の多糖であるだけなく、単離・精製方法によって糖鎖構造や分子量が不均一になってしまう問題点を有しており、詳細な構造活性相関はいまだ明らかにされていませんでした。このような背景の中、本研究グループは、フコイダンの提唱構造であるType I 構造(α(1,3)フコシド結合の繰り返し)、Type II 構造(α(1,3) とα(1,4)フコシド結合の交互繰り返し)、及びType III 構造(α(1,4)フコシド結合の繰り返し)を基本構造とし、これらの糖鎖構造と硫酸化パターンが異なる計13種類からなるフコイダン類縁体ライブラリー1-13(図1)を系統的に化学合成後、SARS-CoV-2の表面抗原であるスパイクタンパク質に対する結合活性を評価する構造活性相関研究に取り組んできました。その結果、類縁体10が最も高い結合活性を有することを見出していました[1]。

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研究の内容

今回、本研究では、SARS-CoV-2の感染と炎症の調節に深く関与するヘパラナーゼに着目し、13種類のフコイダン類縁体のヘパラナーゼ阻害活性を評価しました。その結果、ヘパラナーゼに対して、10が最も高い阻害活性を発現することを見出しました。続いて、さらなる活性の向上を目指し、10のアグリコン構造をオクチル基からコレスタニル基に変更した新規フコイダン類縁体14をデザイン・合成後、機能評価を行いました(図2)。その結果、14のヘパラナーゼ阻害活性とスパイクタンパク質に対する結合活性が、10と比較してそれぞれ約3倍及び約400倍と顕著に向上することを見出し、アグリコン構造がスパイクタンパク質に対する結合活性に大きく影響を与えることを明らかにしました。さらに、14がCOVID-19パンデミック当初の武漢株だけでなくオミクロン株BA.2及びBA.5といった、変異株の感染も抑制することを見出しました。

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今後の展開

本研究では、新たにデザイン・合成したフコイダン類縁体が、SARS-CoV-2の感染と炎症の調節に関与するヘパラナーゼの活性を阻害するだけでなく、スパイクタンパク質に結合し、SARS-CoV-2武漢株だけでなく変異株(オミクロン株BA.2及びBA.5)の感染も抑制することを見出しました。以上のことから、様々な変異株に有効かつ重症度を抑えることが可能な新たなCOVID-19治療薬の開発への寄与が期待されます。

参考文献

[1] Synthesis of Low-Molecular-Weight Fucoidan Derivatives and Their Binding Abilities to SARS-CoV-2 Spike Proteins, Koike, T.; Sugimoto, A.; Kosono, S.; Komaba, S.; Kanno, Y.; Kitamura, T.; Anzai, I.; Watanabe, T.; Takahashi, D.; Toshima, K. RSC Med. Chem. 2021, 12, 2016-2021, doi: 10.1039/D1MD00264C

特記事項

【論文情報】

Synthesis of Low-Molecular-Weight Fucoidan Analogue and Its Inhibitory Activities against Heparanase and SARS-CoV-2 Infection, Aoi Sugimoto, Tatsuki Koike, Yuya Kuboki, Sumika Komaba, Shuhei Kosono, Maniyamma Aswathy, Itsuki Anzai, Tokiko Watanabe, Kazunobu Toshima and Daisuke Takahashi, Angewandte Chemie International Edition, 2024, e202411760, doi: 10.1002/anie.202411760
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(課題番号: 23H01966、23K23786、24K18069)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「新たな生産プロセス構築のための電子やイオン等の能動的制御による革新的反応技術の創出」研究領域研究課題名「「ルイス酸—外部刺激」系によるイオン性中間体の活性化」(課題番号: JPMJCR20R3 研究代表者: 安田誠)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「広域スペクトルを有する抗ウイルス薬開発を目指した創薬標的探索と次世代創薬モダリティの基盤構築」(課題番号: JP22gm1610010 研究代表者: 渡辺登喜子)、AMED SCARDA ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」、および公益財団法人武田科学振興財団などの支援を受けて行われました。

参考URL


用語説明

ヘパラナーゼ

ヘパラン硫酸を加水分解する酵素エンドβ-D-グルクロニダーゼをヘパラナーゼと呼んでいます。

アグリコン

配糖体のグリコシド結合を切断した際に生成する非糖化合物をアグリコンと呼んでいます。