\100ナノメートル以上の距離でも発生!/ プラズモンと分子の長距離相互作用を新発見
化学的安定性と機械的堅牢性を備えた高感度分子検出へ
研究成果のポイント
- 金属中のプラズモンと分子が100ナノメートル以上離れているにも関わらず強い相互作用が発生する「リモートプラズモニック光増強現象」を発見
- 分子分析やバイオセンシングなどで高感度を実現するために重要なプラズモンと分子の相互作用について、従来は10ナノメートル以下の至近距離でないと発生しないと考えられていた
- ナノスケールにおける光と物質の相互作用に対する新しい知見を提供
- 化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた高感度分子検出が可能になることで、将来的には環境汚染物質検出、病理診断や内視鏡を用いた生体内診断など、幅広い産業・医療応用に期待
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の南川丈夫教授、京都大学の川﨑三津夫特定教授(研究当時)を中心とする、大阪大学、京都大学、京都府立医科大学、徳島大学、ウシオ電機の共同研究グループは、従来の常識を覆す新しい現象「リモートプラズモニック光増強現象」を世界で初めて実証しました。
従来、金属ナノ粒子中に発生する電子の集団振動(プラズモン)と測定分子は、10ナノメートル以下のごく近距離にないと強い相互作用が発生しないと考えられてきました。今回、本研究グループは、金属ナノ粒子の上にシリカ柱状構造を構築することで、金属中のプラズモンと分子が100ナノメートル以上離れているにも関わらず強い相互作用が発生することを発見しました。この長距離分子-プラズモン相互作用を活用することで、分子からの散乱光などを大幅に増強(リモートプラズモニック光増強)し、超高感度な分子検出を可能にします。また、金属と測定分子が直接接触しないため、化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた高感度分子検出を実現できます。
本研究成果は、リモートプラズモニック光増強現象という新たな実験的事実に基づいて、ナノスケールにおける光と物質の相互作用に新たな理解をもたらします。また、実用性の観点からも、化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた高感度分子検出法という点で、将来的には環境汚染物質検出、病理診断や内視鏡を用いた生体内診断など、幅広い産業・医療応用が期待できます。
本研究成果は科学誌「Light: Science & Applications」オンライン版に、2024年10月28日(日本時間)に公開されました。
図1. 金属ナノ粒子と測定分子が長距離相互作用している模式図
研究の背景
プラズモニクスは、金属ナノ構造における電子の集団振動であるプラズモンと光との相互作用を利用した技術で、分子分析やバイオセンシングなどにおいて高い感度を実現するための重要な手法として注目されています。しかし、従来のプラズモニクスを利用した分子センシングでは、分子とプラズモンの相互作用が数ナノメートルの非常に短い距離に限定されていました。これは、プラズモンの発生源である金属と測定分子が接触する必要があることを意味します。この性質により、金属ナノ構造と分子の直接接触による測定分子の変性、金属ナノ構造自体の変性などの化学的な安定性の低下や、機械的な堅牢性の欠如などが引き起こされます。これらが、プラズモンによる超高感度分子センシングの実用化における大きな障壁となっていました(図2左)。
図2. 従来まで知られていた分子と電子の近距離相互作用と、本研究で明らかにした長距離相互作用
研究の内容
研究グループでは、銀ナノ粒子の上にシリカ柱状構造を形成することで、分子とプラズモンの相互作用を100ナノメートル以上の長距離でも発生させることができることを世界で初めて実証しました(図2右)。これを「リモートプラズモニック光増強現象」と呼んでいます。
これを、光を用いた分子検出法の一つであるラマン分光法に適用すると従来の最大107倍、また蛍光分光法に適用すると従来の最大102倍の検出能を持つ超高感度な分子検出が可能であることを示しました。
また、シリカ柱状構造層が金属ナノ粒子を保護するため、化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた、長期間にわたる実用性の高い基板が実現しました(図3)。この技術は、環境センシング、バイオセンシング、臨床診断などを含む幅広い分野での応用が期待されます。
図3. 長距離分子-プラズモン相互作用による化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた高感度分子検出
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、「新しい分子-プラズモン長距離相互作用の発見」という基礎科学的な視点と、「化学的安定性と機械的堅牢性を兼ね備えた超高感度分子センシング法の実現」という応用工学的な視点の2つの面で大きな意義があります。
基礎科学の観点では、光と物質がどのように相互作用するのかについて新しい物理的考え方をもたらします。本研究で実験的に示した100ナノメートルを超えるプラズモンと分子の長距離相互作用は、これまでの理論では考えられなかった現象です。この現象論的発見を基に、理論的枠組を含めてこれからさらに研究が進めば、「リモートプラズモニクス」という新たな学問分野の可能性を拓き、光技術やナノテクノロジーの分野において大きな進歩が期待されます。
また、応用工学的な視点から見ると、センサー基板中で最も繊細な部分である金属ナノ粒子が直接外部と接触していないため、さまざまな化学物質に暴露されやすい状況や、力が加わりやすい厳しい環境でも、高感度な分子分析が可能となります。特に、内視鏡などの化学的・力学的負荷がかかりやすい生体内診断への応用が期待されており、臨床現場での診断に役立つ可能性があります。この技術により、患者の負担を軽減しつつ、迅速かつ正確な診断が可能になると期待されています。
特記事項
本研究成果は、2024年10月28日(月)(日本時間)に科学誌「Light: Science & Applications」(オンライン版)に掲載されました。
タイトル:“Long-range enhancement for fluorescence and Raman spectroscopy using Ag nanoislands protected with column-structured silica overlayer”
著者名:Takeo Minamikawa, Reiko Sakaguchi, Yoshinori Harada, Hiroki Tanioka, Sota Inoue, Hideharu Hase, Yasuo Mori, Tetsuro Takamatsu, Yu Yamasaki, Yukihiro Morimoto, Masahiro Kawasaki, and Mitsuo Kawasaki
DOI:10.1038/s41377-024-01655-3
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR17PC)、日本学術振興会科学研究費助成事業(15K12519, 19K22969, 21H01847)などの支援の下で実施されました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- プラズモン
プラズモンは、金属中の電子が集団で振動する現象です。特に、銀などの金属ナノ粒子を用いると、光と強く結びつき、その近くにある分子との相互作用を促進します。プラズモンを利用すると、光を効率的に使ったセンサーや新しい光学デバイスを作ることができます。
- ラマン分光法
ラマン分光法は、光を物質に当てたときに生じる微弱な散乱光を測定し、その物質の化学構造や分子の性質を調べる方法です。これにより、目に見えない分子の分子種や分子構造といった分子情報を得ることができます。
- 蛍光分光法
蛍光分光法は、分析対象となる分子に蛍光色素と呼ばれる「光る分子」を結合させ、生体内のタンパク質の分布などを高感度に解析する方法です。