昆虫のからだの作り替えは 細胞死への道連れによって加速される
先天性奇形の病態解明の進展に期待
研究成果のポイント
- 昆虫の変態で組織の作り替えを加速する仕組みを解明。
- 細胞死の起こり方が近隣細胞を道連れにするようなモードに切り替わることで、不要な細胞の除去スピードが加速することが分かった。
- 細胞死不全が一因となる先天性奇形の病態解明の進展に期待
概要
大阪大学大学院理学研究科の梅津大輝講師、東北大学大学院生命科学研究科のKevin Yuswanさん(博士後期課程)、倉永英里奈教授らの研究グループは、昆虫の変態において、組織が作り替わる際に見られる不要な細胞の除去は、細胞がアポトーシスを起こす際に近隣細胞を道連れにする仕組みが働くことで途中から一気に加速されることを世界で初めて明らかにしました。
これまで、昆虫の変態において、不要になった細胞が新しい細胞と入れ替わることが知られていましたが、新しい細胞の増殖が加速していく一方で不要な細胞の除去がどのように加速されるかは明らかになっていませんでした。細胞が死ぬ際に周りの細胞を道連れにする現象は以前から知られていましたが、それは病的な状態でのみ起こるものと考えられていました。
今回、研究グループは、細胞の道連れは正常な個体発生でも起こり、組織の入れ替わりをスムーズに進行する役割を果たしていることを解明しました。これにより、アポトーシスが関わる先天性の発生異常の病態解明につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「PLOS Biology」に、10月15日(火)3時(日本時間)に公開されました。
図1. ERKシグナルの制御による細胞死の道連れが起こる仕組み
研究の背景
これまで、昆虫の変態時の組織の作り替えで不要な細胞が除去される際、時間の経過とともにアポトーシスを起こす細胞が増えていき、細胞の除去が加速していくことが知られていました。しかし、どのような仕組みで加速しているのかは知られていませんでした。アポトーシスは母親の体内で胎児が成長していく際にも様々な組織で起こっています。限られた空間の中で急速に成長する組織もあり、周りの組織の成長のペースに合わせて不要な細胞や組織の除去をコントロールし、体の成長のバランスを保つことが重要です。一度失われた細胞を取り戻すことはできないので、過不足のないように慎重に細胞を除去しなければなりませんが、時にそれを加速する仕組みも必要です。
研究の内容
今回の研究では、ショウジョウバエという小さな昆虫を使って生きた個体をそのまま撮影する技術を用い、蛹の時期に幼虫の表皮が成虫の表皮に入れ替わる現象を詳しく観察しました。すると、はじめは幼虫の表皮細胞(図の緑色部分)がアポトーシスによってまばらに死んでいくのですが、次第に、アポトーシスを起こした細胞が近隣細胞を道連れにして死んでいくようになることが明らかになりました。これによって組織からの細胞の除去が加速されていると考えられます。
さらに、細胞の生存シグナルとして知られるERKシグナルを生きた体の中で可視化することにより組織の全ての細胞のERKシグナルの動きを調べました。その結果、細胞の除去がゆっくりと起こる時期では、一つの細胞が細胞死を起こす際、近隣細胞にERKシグナルの活性化が引き起こされることが観察されました。光遺伝学という方法を用いて強制的にアポトーシスを起こさせると、その周囲の細胞ではERKシグナルの活性化が引き起こされました。一方、より後の時期になると、近隣細胞でのERKシグナルの活性化が起こらなくなり、その結果、細胞死への道連れが起こってしまいます。以上の結果から、ショウジョウバエの表皮組織の入れ替えにおいては、ERKシグナルの活性化を介して細胞死の道連れを制御していることが明らかとなりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
細胞の生存に必要なシグナルが少なくなれば必然的に細胞死を起こす細胞は増えていくと考えられますが、今回の発見は、細胞が死ぬ時に周りの細胞を道連れに巻き込んでいくという能動的な手段を用いて体の成長のバランスをとることがあることを示しています。このようなやり方は細胞の除去を効率よく確実に全うするための工夫なのかもしれません。
胎児の先天性奇形の原因の一つとして、細胞死不全が神経管閉鎖の遅延を引き起こすことなどが指摘されています。細胞除去の進行を速めたり遅めたりする仕組みの理解から、先天性奇形の病態解明が進展することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年10月15日(火)3時(日本時間)に米国科学誌「PLOS Biology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Reduction of endocytosis and EGFR signaling is associated with the switch from isolated to clustered apoptosis during epithelial tissue remodeling in Drosophila”
著者名:Kevin Yuswan, Xiaofei Sun, Erina Kuranaga, Daiki Umetsu
DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002823
本研究は、科学研究費(課題番号 JP24687027、JP16H04800、JP26114003、JP21H05255、JP21K06144J、P21H05105、JP24H01405)、 科学技術振興機構 CREST(課題番号 JPMJCR1852)、創発的研究支援(課題番号 J210000474)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号 JPMJSP2114)、アステラス病態代謝研究助成、武田科学振興財団生命科学研究助成、東北大学学際科学フロンティア研究所領域創成研究プログラムの支援を受けて行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- アポトーシス
多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一つで、遺伝子の働きによってあらかじめスケジュールされた細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと。
- ERKシグナル
細胞の増殖や分化に関与する様々な種類の受容体によって活性化されるシグナル伝達系。