
宇宙ニュートリノの起源を説明する新理論
強いニュートリノ信号と弱いガンマ線の矛盾に新たな解答
研究成果のポイント
- 銀河の中心領域におけるニュートリノの起源について、ヘリウム原子核が紫外線と衝突して「光分解」され、中性子を放出し、これがベータ崩壊することでニュートリノを生成するという、新たなメカニズムを提案
- 従来のモデルでは、実際に観測される強いニュートリノ信号と著しく弱いガンマ線放射の両立を説明できなかったが、提案した新たなメカニズムは、この観測的矛盾を統一的に説明可能
- 活動銀河核ジェット内での原子核崩壊(本研究では外部の光の影響で起こる光分解と、その後の自発的なベータ崩壊から成る連続的な崩壊過程を指す)が、高エネルギーニュートリノの起源となる可能性が示され、「隠れたニュートリノ源」の存在を裏付けるとともに、今後のマルチメッセンジャー天文学に新たな展開をもたらすことが期待
概要
大阪大学大学院理学研究科の坂井延行さん(博士後期課程)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の安田航一朗さん(Ph.D. program in Physics大学院生/大阪大学理学部卒業生)を中心とする、大阪大学大学院理学研究科の井上芳幸准教授およびUCLA/東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構のAlexander Kusenko教授による国際共同研究チームは、活動銀河核NGC1068における高エネルギーニュートリノの起源について、新たな理論モデルを提案しました。
近年、南極の宇宙ニュートリノ観測装置IceCubeによって活動銀河核NGC1068からの非常に強いニュートリノ信号が検出された一方で、対応するはずのガンマ線が著しく弱いという従来の解釈と矛盾する観測結果を得られたことで、井上准教授らを中心に、活動銀河核の中心近くに存在する高温プラズマ(「コロナ」)をニュートリノの起源とする理論モデル (「活動銀河核コロナ起源説」) が提案されてきました。しかし、理論的検討により、コロナ領域で加速される宇宙線のエネルギーが不足する可能性が指摘されていました。
今回、研究グループは、ジェット中で加速されたヘリウム原子核が、銀河中心から放射される強い紫外線に“刺激”されるようにして壊れ、中性子を放出し、それが自然にベータ崩壊してニュートリノを放出するという、一連の過程に着目しました。つまり、紫外線による外部からの刺激により始まる原子核の分解と、その後の中性子の自発的なベータ崩壊によってニュートリノが生まれるという構図です。この一連の「原子核崩壊」のメカニズムが、高エネルギーニュートリノの起源を説明する鍵となる可能性が示されました。この過程で生じる電子からのガンマ線も、観測された低強度のスペクトルとよく一致します。これにより、観測されたニュートリノとガンマ線の不一致を統一的に説明することに成功しました。
本研究成果は、従来見落とされていた可能性のある「隠れたニュートリノ源」の存在を理論的に裏付けるものであり、宇宙からの高エネルギーニュートリノの起源解明に向けた大きな一歩となります。
本研究成果は、2025年4月18日に米国科学誌「Physical Review Letters」から出版されました。
図1. 原子核の光分解によって生成された中性子の崩壊によりニュートリノが生成される仕組みの概略図
研究の背景
これまで、活動銀河核ジェット内での高エネルギーニュートリノの生成は、主に陽子と光子やガスの相互作用によるものと考えられていました。この「陽子と光子やガスの相互作用によるニュートリノ生成モデル」では、加速された陽子が活動銀河核の周囲に存在する光子と相互作用し、中間子(特にパイ中間子)を生成し、その崩壊によって高エネルギーニュートリノが放出されるとされていました。陽子と光子の相互作用では、パイ中間子の崩壊により高エネルギーガンマ線も同時に生成されるため、ニュートリノとガンマ線の比率が同程度になると予測されていました。しかし、南極に設置されたIceCubeニュートリノ天文台によって、活動銀河NGC1068から非常に強い高エネルギーニュートリノの信号が検出され、実際の観測ではNGC1068からのガンマ線放射は予想よりも極端に弱いことが報告され、従来想定されてきたモデルでは説明が困難でした。
これを受けて、井上准教授らを中心に、活動銀河核の中心近くに存在する高温プラズマ領域(コロナ)をニュートリノの起源とする理論が提案されてきましたが、近年そのエネルギー収支や粒子加速過程に課題があることが指摘され、新たなシナリオの必要性が高まっていました。
研究の内容
本研究では、NGC1068のジェット中で加速されたヘリウム原子核が、銀河中心から放射される紫外線と衝突することで「光分解」を起こし、中性子を放出するプロセスに着目しました。放出された中性子はベータ崩壊してニュートリノを生成し、同時に生成される電子が周囲の光子と相互作用することで、観測される弱いガンマ線を生じます (図1)。この新しいモデルを用いて、ニュートリノとガンマ線の観測スペクトルの大きな違いを自然に説明することに成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、これまで見過ごされてきた「隠れたニュートリノ源」の存在が理論的に示唆され、宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノの起源解明に向けて重要な手がかりが得られました。さらにこのメカニズムは、他のセイファート銀河など活動銀河核ジェットを持つ天体にも応用可能であり、高エネルギー宇宙線やニュートリノ天文学のさらなる発展に貢献することが期待されます。
また、高エネルギー宇宙ニュートリノの起源解明に貢献するだけでなく、活動銀河核における新たな反応メカニズムの理解は、以下の宇宙物理学や素粒子物理学の分野への応用が期待されます。
(1) 宇宙線物理学への応用
本研究で提案されたヘリウム核の光崩壊プロセスは、活動銀河核ジェットやその成分そして起源を解明する手がかりとなります。高エネルギー宇宙線の生成と伝播の理解が進むことで、銀河系外宇宙線の加速源の特定や、宇宙線が地球環境に与える影響の解明に役立つと考えられます。
(2) マルチメッセンジャー天文学への貢献
ニュートリノやガンマ線など異なる観測手法を組み合わせることで、ブラックホール周辺の物理や宇宙の高エネルギー現象を包括的に理解する新たなアプローチが可能になります。次世代の観測施設と連携することで、さらに精密なデータ解析が期待されます。
(3) 素粒子物理学・標準理論を超える物理への示唆
宇宙最高レベルの加速器として、活動銀河核の極限環境で発生する粒子反応を理解することは、未知の素粒子や新物理の探索にもつながります。
今後の研究では、より多くの活動銀河核や高エネルギー天体のニュートリノ・ガンマ線観測を進め、提案モデルの普遍性を検証するとともに、宇宙の極限環境における新たな物理法則の探求が進められる予定です。
特記事項
本研究成果は、2025年4月18日に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:”Neutrinos and gamma rays from beta decays in an active galactic nucleus NGC 1068 jet”
著者名:Koichiro Yasuda, Nobuyuki Sakai, Yoshiyuki Inoue, Alexander Kusenko
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.151005
参考URL
井上 芳幸 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/6d8c6508be4b427f.html
SDGsの目標
用語説明
- ニュートリノ
質量が極めて小さく、電荷を持たない素粒子で、宇宙の高エネルギー現象で大量に生成される。他の物質との相互作用が非常に弱いため、宇宙の極限環境を探る「メッセンジャー粒子」として注目されている。
- 光分解
高エネルギー光子が原子核と相互作用し、中性子や陽子を弾き出す過程。
- ベータ崩壊
中性子が陽子に変化し、電子と反ニュートリノを放出する放射性崩壊の一種
- ガンマ線
電磁波の中で極めてエネルギーが高い放射線で、ブラックホールや超新星爆発などの極限環境で発生する。
- 活動銀河核
超大質量ブラックホールを中心に持ち、強力なエネルギー放射を伴う銀河の中心領域。
- ジェット
活動銀河核やパルサーなどから高速で放出されるプラズマの流れ。
- マルチメッセンジャー天文学
ニュートリノ、電磁波、重力波など複数の観測手法を組み合わせて宇宙現象を研究する分野。
- IceCube
南極の氷中に設置されたニュートリノ観測装置で、高エネルギーニュートリノを検出する。
- コロナ
ブラックホール周辺に存在する高温プラズマ領域。X線を放射することが知られており、これまでニュートリノ生成の候補領域とされてきた。
- 宇宙線
銀河系内外から飛来する高エネルギーの粒子。