
「繊毛モーター」を組み立てる分子、 FBB18の特徴的な構造を解明
繊毛病の発症メカニズムの理解・組み立て機構の分子基盤解明に期待
研究成果のポイント
- 細胞小器官「繊毛」を動かすモーター(繊毛ダイニン)を細胞質内で組み立てる分子の構造を解明。
- 繊毛ダイニンの組み立てが上手くいかないと、ヒトでは繊毛病と呼ばれる一連の病気(不妊・気管支炎・左右軸逆位など)を引き起こすが、その組み立ての分子基盤はほぼ謎に包まれていた。
- 「FBB18」というタンパク質が繊毛ダイニンを組み立てる機能を持ち、さらにFBB18は新規のユビキチン様タンパク質であることが明らかに。
- 繊毛病の発症機構の理解や、繊毛ダイニン組み立て機構の具体的な分子基盤の解明に期待。
概要
大阪大学大学院理学研究科の山本遼介講師、昆隆英教授らの研究グループは、大阪大学蛋白質研究所、県立広島大学、コネチカット大学ヘルスセンター(アメリカ合衆国)、パウル・シェラー研究所(スイス連邦)らとの共同研究により、ヒトを含む多くの真核生物が持つ細胞小器官「繊毛」を動かすモーター(繊毛ダイニン)について、その組み立て分子である「FBB18」が新規の「ユビキチン様タンパク質(UBL: Ubiquitin-like protein)」であることを世界で初めて明らかにしました。
FBB18と働きが似ているヒトのタンパク質(ヒト相同タンパク質)の異常は繊毛病を引き起こすことが知られています。そのためFBB18と、繊毛を動かすモータータンパク質複合体である繊毛ダイニンがどのように関連しているのかが注目されていました。しかし、FBB18の具体的な分子機能については明らかにされていませんでした。
今回、研究グループは緑藻クラミドモナス(図1A)において「FBB18が細胞質内において繊毛ダイニンを組み立てる機能を持ち、FBB18を欠損すると繊毛ダイニンの組み立てが異常になること」「FBB18はその分子内にユビキチンと類似する部位を持つ新規のユビキチン様タンパク質であること(図1B)」を解明しました。
これにより、FBB18のヒト相同タンパク質の異常に起因する繊毛病の発症機構理解や、これまで多くの謎が残されていた繊毛ダイニン組み立て機構の分子基盤の解明が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS誌)」に、3月19日(現地時間)に公開されました。
研究の背景
繊毛(図1A)はヒトを含む多くの真核生物が持つ細胞小器官で、単細胞生物では個体運動や外界感知、多細胞生物では生殖や発生などに重要な役割を持ちます。ヒトでは、脳室内や気管、精子や輸卵管などに繊毛が生えていて、これらの繊毛が正常に動かないと繊毛病と総称される病気を引き起こします。
繊毛の運動は、繊毛ダイニン(図1C)というモータータンパク質複合体によって駆動されます。繊毛ダイニンは、繊毛内へと運び込まれてモーターとして機能する前に、細胞質内において組み立てられる必要があることが知られていました。しかしながら「繊毛ダイニンがどの様に組み立てられるのか?」「繊毛ダイニンを組み立てる分子の正体は何なのか?」など、多くの謎が残されていました。
研究の内容
研究グループでは、繊毛を持つ単細胞の緑藻であるクラミドモナス(図1A)を用いて、FBB18と呼ばれる分子の機能解析と構造解析を行いました。
FBB18を欠損するクラミドモナス変異株で繊毛ダイニンの安定性や量を生化学的に調査した結果、FBB18が細胞質内において繊毛ダイニンの正常な組み立てに必須な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、結晶学的な手法を用いてFBB18の分子構造を決定したところ、予期しなかったことにFBB18がユビキチンと類似する部位を持つことが明らかになりました(図1B)。ユビキチンと類似する部位を持つタンパク質群をユビキチン様タンパク質と呼び、オートファジー・免疫・転写・物質輸送など様々な生理機構にユビキチン様タンパク質が関わっていることがこれまでに知られています。しかしながら、繊毛ダイニンの組み立てにユビキチン様タンパク質が関わっていることが示されたのは、今回が世界で初めてです。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、繊毛ダイニンの組み立てに新規のユビキチン様タンパク質(FBB18)が関わっていることが明らかにされました。繊毛ダイニンの組み立てを担う特殊化したユビキチン様タンパク質(FBB18)が存在するというこの予期しない成果は、真核生物の進化における繊毛ダイニン組み立て経路の起源と分子進化の過程にも重要な示唆を与えるものです。
また本研究成果は、繊毛ダイニン組み立て機構の具体的な分子基盤の一端を明らかにしたものであり、今後、繊毛ダイニン組み立て機構の包括的な理解の一助になると考えられます。加えて本研究成果は、FBB18のヒト相同タンパク質の異常により引き起こされる繊毛病の発症機構についても、貴重な基礎的知見を与えるものだと考えられます。
特記事項
本研究成果は、2025年3月19日(現地時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS誌)」(オンライン版)に掲載されました。
タイトル:“Chlamydomonas FBB18 is a ubiquitin-like protein essential for the cytoplasmic preassembly of various ciliary dyneins”
著者名:Ryosuke Yamamoto, Yui Sahashi, Rieko Shimo-Kon, Miho Sakato-Antoku, Miyuka Suzuki, Leo Luo, Hideaki Tanaka, Takashi Ishikawa, Toshiki Yagi, Stephen M. King, Genji Kurisu, Takahide Kon
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2423948122
なお本研究は、日本学術振興会、上原記念生命科学財団、伊藤忠兵衛基金、スイス国立科学財団、アメリカ国立衛生研究所のご支援の下、行われたものです。また、本研究は大阪大学蛋白質研究所の栗栖源嗣教授、県立広島大学の八木俊樹教授、コネチカット大学ヘルスセンター(アメリカ合衆国)のStephen M. King教授、パウル・シェラー研究所(スイス連邦)の石川尚教授らのご協力の下、行われました。
参考URL
用語説明
- 繊毛
真核生物界に広く存在する細胞小器官で、鞭毛とも呼ばれる。ゾウリムシの体表面に沢山生えている「毛」の様な構造体や、精子に生えている「尾っぽ」の様な構造体も相同。ゾウリムシの様な単細胞生物では個体運動や外界感知に重要な働きを持つ。また、ヒトを含む多細胞生物では生殖(精子運動を含む)や個体発生に重要である。
- 繊毛ダイニン
繊毛内部に配列して繊毛を駆動するモーター。モーターと一口に言っても、繊毛内に10種類以上が存在し、どの種類も多数の分子(サブユニット)から組み立てられる超巨大な生体分子マシンである。酵素活性を持ち、ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解して、その化学エネルギーを力学的な力に変換することで繊毛の運動を駆動している。
- ユビキチン様タンパク質
ユビキチンは、ヒトでは76個のアミノ酸から構成される小分子で、翻訳後修飾としてタンパク質に共有結合することで、結合されたタンパク質の分解を促進する。ユビキチンに類似した部位を内部に持つタンパク質群を総称してユビキチン様タンパク質(UBL : Ubiquitin-like protein)と呼び、 オートファジー・免疫・転写・物質輸送など多くの重要な生理機構に関与する。その重要性より、ユビキチン/ユビキチン様タンパク質とも、世界中で活発に研究が行われている。