元素比率がそろっていない量子材料でも高い電子移動度が発現することを実証

元素比率がそろっていない量子材料でも高い電子移動度が発現することを実証

超省エネ・高速化の次世代デバイスと期待される量子デバイスの開発促進

2024-2-21自然科学系
理学研究科助教村川 寛

研究成果のポイント

  • 量子材料の一つであるヒ素化タンタルは、結晶構造に原子の欠損がほとんどない場合、元素比率の揃っていない結晶でも、揃っている結晶と同等の電子移動度が発現することを実験的に証明。
  • 結晶格子の1原子の欠損を検出できる陽電子分析法が、結晶構造と量子機能との関係解明に有用であることを示す成果。
  • 今回の成果は、量子デバイス実現に向けて、量子材料の元素比率を精密に制御することなく産業レベルでの大量生産につながる可能性を示唆。

概要

量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)高崎量子応用研究所先進ビーム利用施設部の河裾厚男上席研究員らは、大阪大学(総長 西尾章治郎)大学院理学研究科の村川寛助教、京都大学(総長 湊 長博)大学院工学研究科の須田理行准教授、関修平教授、等の研究グループと共同で、元素比率1:1のヒ素化タンタル(TaAs)結晶が持つ極めて大きい電子移動度が、元素比率が6:4に大きく崩れたTaAs結晶においても保持されていることを見出しました。研究グループは、この原因を究明するために、電子顕微鏡観察やX線結晶構造解析と組み合わせて、元素比率が6:4に大きく崩れたTaAs結晶の構造解析を行いました。その結果、電子顕微鏡観察やX線結晶構造解析ではきれいな結晶構造が形成されていることを示す結果が得られました。一方で、原子レベルで分析が可能な陽電子分析法では格子上原子の欠損は、わずか10万箇所に1箇所しかないことがわかりました。これは、余剰に存在するTa原子が、本来As原子が占める結晶格子の位置に収まる、アンチサイト欠陥の構造を取っていることを実験的に初めて示した成果です。

この知見は、元素比率が揃わないTaAs結晶でも、結晶格子に原子の欠損がほとんどないアンチサイト欠陥の構造を取れば、元素比率が揃った結晶と同等の電子移動度(量子機能)が得られることを示すものです。量子材料の元素比率を精密に制御することなく産業レベルでの大量生産を見据えた量子材料開発が期待されます。

この成果は、アメリカ応用物理学会誌 Journal of Applied Physicsの2023年6月14日号に掲載された内容を、量子デバイス開発の基盤となる量子材料の産業レベルでの開発促進にも寄与するという、社会的意義の観点から、一般、特に産業界向けに成果と意義を要約し、国際会議Symposium on Emergent Quantum Materials 2024(CEMS, 2024年2月20-22日)の開催に合わせて公開するものです。

特記事項

【掲載論文】
“Robustness of semimetallic transport properties of TaAs against off-stoichiometric disorder”
A. Kawasuso, M. Suda, H. Murakawa, M. Komada, C. Suzuki, H. Amada, K. Michishio, M. Maekawa, A. Miyashita, N. Seko, S. Yamamoto, N. Oshima, S. Seki, N. Hanasaki
Journal of Applied Physics. 133, 223903 (2023)
https://doi.org/10.1063/5.0147663

なお、この研究の一部は、JSPS科研費基盤研究(S)JP23H05462研究課題名「スピン偏極陽電子ビームを基軸する新しいサイエンスの展開」などの助成により実施したものです。

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図1. 主なデバイス材料の電子移動度

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図2. 陽電子分析法のイメージ図

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図3. 従来のデバイスの素子(左)と量子デバイスの素子(右)

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図4. 結晶(2原子の例)

用語説明

量子材料

電子やスピンの状態を人為的に制御することで新たな量子力学的機能を発現する材料。

ヒ素化タンタル(TaAs)

半金属元素のヒ素(As)と金属元素のタンタル(Ta)から成る金属と半導体の中間的な性質を持つ合金。大きな電子移動度が発現するなどで注目を集めた。この発見を基に、様々な半金属合金で超高速の電子移動度の特性等が研究された。この性質を利用することで、超低消費電力デバイス開発等への応用が期待される。

電子移動度

電子移動度μは、物質中の電子の定常状態の速度v[m/s]とそこに掛かる電界E[V/m]の比例定数で、固体中での電子の移動のしやすさを表す物理量。数値が大きいほど電流を流すため、電子デバイスの性能向上に寄与する。v=μE なので、単位は[m/s]/[V/m]=[m2V-1s-1]現在、最も利用されているSiで1,000 cm2V-1s-1程度。今回実験したTaAsはこれが1,000,000 cm2V-1s-1とSiの1000倍程度大きく、それだけ電子がデバイス中を高速で移動できるため、より性能の良いデバイス作製が可能となる。主なデバイス材料の電子移動度を図1に示す。

陽電子分析法

電子の反粒子でプラスの電荷を持つ陽電子は、物質中の原子空孔に捕獲されやすく、電子と出会うと消滅しガンマ線を発する。この性質を使うと、陽電子で物質中の電子の状態や原子空孔を観測することができる。陽電子のエネルギーと方向をそろえた陽電子ビームを作ることで、物質の最表面から内部まで任意の位置を選択的に観測することができる。(図2)

量子デバイス

超スマート社会の実現に不可欠とされる、超省エネ化+超高速化を、量子材料を利用して実現する、次世代デバイスの総称。 現在のデバイスが、電流のON/OFF(電荷のある・無し)により情報を制御するのに対し、量子デバイスは、1個の電子が持つスピン(電子の自転的な性質)を利用した情報制御や、電子回路内の抵抗が低減された超高速電子移動度を利用し情報処理の高速化と省エネ化が可能となる。(図3)

格子欠陥

結晶中の規則正しい繰り返しパターンが崩れた箇所の総称。不純物混入や温度による原子の移動などの原因で形成される。格子欠陥が生じることにより、一般的には機械的強度や電気特性が低下するが、半導体ではその特性向上に利用されている。 格子欠陥には、結晶格子の存在すべき原子が不在となってしまった原子空孔(格子上原子の欠損)と、本来存在すべき原子が異なる原子に置き換わってしまったアンチサイト欠陥(置換)がある(図4)。

アンチサイト欠陥

TaとAsの本来の結晶の比率1:1から6:4の結晶のように、Taの原子数に対してAsの原子数が少ないとき、本来、As原子が存在するはずの結晶格子に入るべきAs原子が不足した状態となる。このとき、As原子の位置が原子空孔にならず、代わりにTa原子が収まっている欠陥の総称。今回の試料では、原子空孔が原子数に対し10ppm(10万原子に1個)程度に抑えられているとで、この欠陥がアンチサイト欠陥であることがわかる。組成比が大きくずれても電子移動度が変わらないという現象がアンチサイト欠陥に起因するものなのかなど、今後の研究が期待される。