微生物群集の成り立ちを理解する新手法を開発

微生物群集の成り立ちを理解する新手法を開発

微生物の「三角関係」から複雑な生態系を紐解く

2024-2-15生命科学・医学系
工学研究科教授池 道彦

研究成果のポイント

  • 微生物群集の構造を微生物間の競争・協力といった関係性から予測する手法を開発
  • 種間の関係性を2種ではなく3種ごとに捉えることで、正確な予測が可能となった
  • 様々な環境中の微生物群集を理解し、制御する技術に向けた応用展開に期待

概要

微生物は地球上のあらゆる環境に微生物群集と呼ばれる複雑な生態系をつくって生息しており、その働きは農業・排水処理といった産業のほか、地球温暖化を始めとする環境問題と密接に関係しています。今回、兵庫県立大学 大学院工学研究科の石澤秀紘助教、静岡大学 グリーン科学技術研究所の二又裕之教授、同大学 学術院工学領域の田代陽介講師、大阪大学 大学院工学研究科の池道彦教授、井上大介准教授の共同研究グループは、こうした微生物群集の成り立ちを、微生物間の競争・協力といった種間相互作用の情報をもとに予測する手法の開発に成功しました。この手法は、環境中における微生物群集の挙動を正確に理解することに寄与し、適切な微生物群集の利用・管理に役立つことが期待されます。

研究の背景

地球上のあらゆる環境には多種多様な微生物が生息しており、互いに影響を及ぼし合いながら、1つの生態系(微生物群集)を形成しています。こうした微生物群集は幅広い産業や環境問題と密接に関わっており、例えば農業における植物病害の予防や、下水処理場における排水の浄化等に活用されています。また、腸内環境を通じて人間の健康にも大きな影響を及ぼしています。そのため、微生物群集の成り立ちを理解し、自在に制御する技術が実現すれば、様々な産業技術の発展や環境問題の解決に貢献することが可能です。しかし、微生物群集は通常、数百~数千の種が共存する非常に複雑な生態系であり、人間による理解や制御が及ばないブラックボックスとして扱われているのが現状です。

研究成果の内容

本研究では、複雑な微生物群集の成り立ちを理解するために、微生物間相互作用(微生物どうしの競争や協力などの関係性)という現象に焦点を当てました。研究対象には、コウキクサという水生植物を無菌化し、ここに最大7種類の微生物を共生させて構築した人工生態系を用いました。コウキクサは再生可能なバイオマス資源としての利用が期待されるだけでなく、水面で光合成を行って無性増殖する性質から、微生物に安定した栄養源や住処を提供する実験モデル生物としても有用です(図1)。この特徴を活かし、7種の微生物を考え得る全ての組み合わせ(27 – 1 =127通り)でコウキクサに共生させた人工生態系を構築し、7種の微生物間の相互作用と、形成される微生物群集の構造をデータ化しました。

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図1. 実験で用いたコウキクサと栽培の様子

得られたデータを解析すると、いくつかの興味深い知見が得られました。まず、これまで微生物間相互作用は主に2種の微生物の間で起こるものと考えられてきましたが、実際の微生物群集には、3種類以上の微生物が存在することで初めて観察される相互作用が多数存在することが分かりました。このような相互作用は高次相互作用(Higher-order interaction)と呼ばれており、例えば、もともとは中立的な関係にあった2種類の微生物が、別の微生物が存在することで競争的な関係に変化する、というものです(図2)。この高次相互作用が存在する場合、たとえ2種間の関係性を完璧に把握しても、微生物間相互作用を理解したことにはならず、正確な予測は不可能になってしまいます。

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図2. 高次相互作用の概念
2種間の相互作用が、共存する別の種による干渉を受け、量的・質的に変化することがある。

そこで本研究では、微生物群集の挙動を正確に予測するため、微生物間相互作用を考える基本単位を2種の組み合わせから3種の組み合わせに変更することを提案しました。既存の数理モデルを改変し、3種間の微生物間相互作用を考慮する予測モデルを開発したところ、3種以下の組み合わせのデータを入力するのみで、4種から7種の組み合わせが作る微生物群集の構造を正確に予測できることが分かりました(図3)。更に、微生物相互作用を考える基本単位を4種、5種の組み合わせへと増やしても、予測精度は3種の場合と大きく変化しないことも分かりました。以上のことは、高次相互作用が起こる最小単位である3種の組み合わせから微生物間相互作用を把握することが、微生物群集の挙動を理解する上で有用なアプローチであることを示唆しています。

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図3. 開発した数理モデルの概要
少数の微生物種の組み合わせの情報から、多様な微生物群集の構造を予測する。2種の相互作用のみを考慮するモデルで予測された微生物群集(Pred_pair)は実際に観察された微生物群集(Observed)と大きく異なるが、3種の相互作用を考慮したモデルの予測結果(Pred_trio)は観察結果とよく一致した。

今後の期待

微生物群集は人々の健康・生活と密接に関わっていますが、その挙動を理解し、人の手で制御することはまだまだ難しいのが現状です。今後、本研究で提案した「3種の組み合わせの情報から複雑な微生物群集を理解する」というアプローチを活用することで、複雑な微生物群集を理解し、より上手く扱うための技術開発に繋がることが期待されます。

特記事項

【論文情報】
タイトル:Learning beyond-pairwise interactions enables the bottom-up prediction of microbial community structure
著者:Ishizawa, H., Tashiro Y., Inoue D., Ike M., Futamata H.
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
https://doi.org/10.1073/pnas.2312396121 (2024年2月5日公開)

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP20J00210)および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST、JPMJSA2004)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の支援を受けて実施しました。