髪の毛の太さと同じ! 直径0.1 mmの光ファイバー1本からなるレンズのいらない内視鏡技術の開発に成功!

髪の毛の太さと同じ! 直径0.1 mmの光ファイバー1本からなるレンズのいらない内視鏡技術の開発に成功!

血液除去がいらない超低侵襲医療の扉を拓く

2024-2-15生命科学・医学系
工学研究科准教授水谷康弘

概要

埼玉医科大学(学長 竹内 勤)の 若山 俊隆 教授(保健医療学部・臨床工学科)、樋口 裕大 院生(当時)、近藤 隆久人 学部4年生 と大阪大学(総長 西尾 章治郎)の 水谷 康弘 准教授(大学院工学研究科)、宇都宮大学(学長 池田 宰)の 東口 武史 教授(工学部基盤工学科)らは、共同で直径0.1 mmという髪の毛の太さほどの光ファイバー1本からなるレンズレス内視鏡を開発しました。

開発された極細径のイメージング内視鏡は、レンズを使用しないため、内視鏡の直径を非常に細くできます。実験では直径が0.1 mmの光ファイバーを用いて光ファイバー先端から距離が数mm ~ 数十mmという臨床で重要な領域のイメージングが実証されました。本技術は、血液による光を散乱させる媒質においても影響を受けにくいのが特徴です。

極細径の光ファイバーからなるレンズレス内視鏡の実現により、患者の生体深部の病態の直接観察が可能になると期待されています(図1)。脳や心臓のカテーテル治療の質を向上させるだけでなく、病理メカニズムや薬理の解明にも寄与すると期待されます。これまでの光学的な血管内視鏡の課題とされた生理食塩水を用いた血液除去(フラッシュ)を使用しない超低侵襲医療の扉を切り拓くものになると注目されています。

この成果は2023年12月20日号の米国光学会 Applied Optics誌に掲載されました。本論文はEditor’s Pickに選出され、12月号のTop downloadsの第1位と国際的にも高い評価を受けています。

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図1. 本研究の概要

共同研究開発の経緯と目的

埼玉医科大学は、医工連携のもと形状計測できる三次元内視鏡の開発を行ってきました。2018年に若山 俊隆 教授は、宇都宮大学 東口 武史 教授が開発した超広帯域光源によるスペックルを除去した滑らかな光セクショニング技術から2 mmの分解能をもつ三次元内視鏡の開発に成功しました。この三次元内視鏡技術に大阪大学大学院工学研究科 水谷 康弘 准教授の開発したゴーストイメージング技術を融合させることで、レンズレス・シングルファイバー・ゴーストイメージングを世界で初めて実証しました。血管内の超低侵襲医療を目的に、埼玉医科大学と大阪大学大学院工学研究科、宇都宮大学の研究グループでさらなる共同研究開発が進められています。

レンズレス・シングルファイバー・ゴーストイメージングの特徴

これまでの細径な内視鏡は、1 mm角ほどの小型CMOSカメラ(高性能撮像カメラ)を用いたものや、直径400 nm(ナノメートル)の光ファイバーを5,000本束ねた直径数mmの内視鏡が臨床にも使用されてきました。しかし、これらはいずれも結像するためのレンズが必要です。このレンズの大きさが内視鏡の極細径化を阻んでいました。今回の内視鏡は、レンズなしで画像化できるのが特徴です。さらに、これまでの先行研究のレンズレス光ファイバー内視鏡では撮像できなかった数mm ~ 数十mmという臨床で最も重要とされる空間領域を対象としています。ゴーストイメージング法は、光が散乱する血液中のイメージングでも影響を受けにくいといった特徴を併せもっています。

臨床的意義

血管内のイメージング技術は、近年、世界的にも注目されているトピックスの一つで、目覚ましい勢いで発展しています。これまでの内視鏡技術は、光学的な血管内視鏡、光コヒーレンストモグラフィー、超音波診断の3つに大きく分類されています。超音波診断は、血液の散乱の影響は受けない方法として、血管内の診断にも広く普及していますが、光学式の内視鏡に比べて分解能が低いことや計測装置の細径化に課題が残っています。光学式は、分解能は高いのですが、血液中にある赤血球によって光が散乱するため、画像を取得することは難しいのが現状です。そのため、画像化するには生理食塩水を用いた血液除去(フラッシュ)を必要としていました。このフラッシュは、細径血管で血管内腔の圧力を急激に上昇させるため、禁忌とされています。このような背景からこれまでの技術では細径血管内をフラッシュなしで内視鏡イメージングすることはできていません。

レンズレス・シングルファイバー・ゴーストイメージング技術は、従来の直径1 mmの内視鏡の1/10の直径(面積比率1/100)でイメージングを可能にし、ゴーストイメージング技術を取り入れたことで、赤血球による光散乱の影響を受けにくくなります。本技術の高速化とさらなる高分解能化が進めば、映画「ミクロの決死圏(1966年、リチャード・フライシャー監督)」の一幕にあるような脳血管の内部で起こる生命現象を撮像し、超低侵襲な医療を提供する日が実現できると期待されています。

レンズレス・シングルファイバー・ゴーストイメージングの原理

単一の光ファイバーで光拡散場の中にある物体をイメージングするために、ゴーストイメージングと呼ばれるイメージング技術を導入しています。ゴーストイメージング法は、あらかじめ座標が登録された光(スペックルパターン)と、その光が物体を照らした散乱光の信号強度の相関関係から測定対象物体をイメージングする技術です。

図2aに示したような光学系を作製し、すりガラス状の拡散板を回転させることでレーザーの干渉性の高さから発生する模様として知られるスペックルパターン(図2b)を制御しました。3万枚のスペックルパターンをCMOSカメラで事前に記録し、同じスペックルパターンを測定対象に照射しました。測定対象の散乱光は、光ファイバーを介して記録します。

図2cは従来の脳神経外科で使用される光ファイバーバンドル内視鏡と本研究との比較の一例です。今回開発された内視鏡は極めて細いことがわかります。図2d1は測定対象で、図2d2は従来のバンドル型内視鏡で撮像された測定対象の画像です。図2d3は我々の方法で撮像された画像で、従来の内視鏡と比較してもエッジが鮮明になっています。このように光ファイバー先端から10 mmの位置にある測定対象を1本の光ファイバー(光ファイバーの全長 2 m)でイメージングすることに成功しました。

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図2. 実研究内容
a. 実験光学系 b. スペックルパターン c. 従来の脳外科内視鏡と本手法による内視鏡の比較 d1. 計測に用いた試料 d2. 脳外科内視鏡による画像 d3. 本方法で得られた画像
(注)ここでの測定は拡散板がない状態で撮像している。

また、光ファイバーと測定対象の間に光散乱場の一つとして拡散板(図2a)を入れて実験を行いました。測定対象は一辺が1 mm角の正方形としました。拡散板がない場合は、脳外科内視鏡によって図3aのような画像が得られます。ぼやけているのは脳外科内視鏡の分解能が低いためです。顕微鏡画像にすると図3bのように見えます。拡散板を介してみると、図3cのように画像化することはできませんでした。一方で、本方法を用いると、測定対象の拡散光との相関関係から画像化することができるので、測定対象をうまく復元(図3d)することができるようになりました。このように血液による光散乱場においても堅牢なイメージングが可能になることをシングルファイバーイメージングで初めて実証することができました。

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図3. 光拡散場の復元実験
一片が1 mmの正方形試料を撮像した。
a. 拡散板なしの脳外科内視鏡で得た画像   b. 5倍の光学顕微鏡で得た画像
c. 拡散板ありの脳外科内視鏡で得た画像   d. 拡散板ありの本方法で得た画像
従来の方法では撮像できなかった拡散板の先にある測定対象を映し出している。

今後の展開

今回、ゴーストイメージング法を使ってレンズなしのシングルファイバーイメージングを世界で初めて実証しました。実験で使用した光源は、波長840 nmの単色の半導体レーザーですが、使用する光源の波長や偏光、そして、波面といった光の性質を精密に制御することで測定対象の吸光度や異方性、そして、形状なども取得できます。今後は、波長、偏光や波面を精密に制御し、極細径な血管内部のイメージングに発展させ、病理診断できるほどの高い空間分解能を有した極細径内視鏡の開発に発展させていきたいと考えています。また、イメージングだけでなく、カテーテル治療の超低侵襲な三次元ナビゲーションシステムの開発に発展させることも予定しています。このような先端医療機器開発と共に、アルツハイマー疾患における発生機序の解明や薬理効果を決定づける動画撮影から基礎医学への貢献を果たしていきたいと考えております。

特記事項

本研究は、JSPS科研費(JP20H02157, JP20H05885, JP21H03842,JP22H01499, JP23H01416) 大澤科学技術振興財団、住友財団 (2200578); 天田財団 (AF-2019204-B2, AF-2022217-B3); 上原記念生命科学財団 (2019, 2022)より支援を受けて実施されました。

用語説明

レンズレス内視鏡

従来の内視鏡はレンズを用いていますが、レンズがなくなれば、内視鏡を非常に細くすることができます。

イメージング

画像化させることをイメージングと呼んでいます。

ゴーストイメージング

対象物をレンズと2次元検出器(CCD or CMOS)を使って直接撮影するのではなく、あらかじめ構造がわかっている光強度分布(本研究ではスペックルパターン)を対象物に照射して、散乱した光の情報を利用して画像を再構築する方法のこと。

スペックルパターン

レーザー光がすりガラス状の拡散板など粗い表面に照射されたときに生じる粒状の光のパターンのことです。本研究では構造がわかっている光強度分布としてスペックルパターンを利用しています。

偏光

光の波動性に関する現象で、光の電磁波が特定の方向に振動する性質を指します。

波面

光波が同じ位相で振動している領域の形状のことを指します。波面は、光の進行方向に垂直な平面や曲面となり、光が一定の時間に同時に到達する点の集合を表しています。