有害物質から有用分子へ!

有害物質から有用分子へ!

毒性が懸念されるPFASをフッ素修飾NHCに変える新技術

2023-11-14工学系
工学研究科教授生越専介

研究成果のポイント


概要

大阪公立大学大学院理学研究科の大橋 理人教授、道上 健一助教と、大阪大学大学院工学研究科の生越 専介教授らの共同研究グループは、多数のフッ素原子を持つ電子受容性の強い含窒素ヘテロ環カルベン(NHC)をパーフルオロアルケンから合成する手法を開発しました(図1)。

本研究成果は、近年存在が問題視されているパーフルオロアルキル化合物を有用分子に変換する技術を提供するのみならず、NHCおよびそれを配位子とする遷移金属錯体の電子的・立体的な設計に新たな指針をもたらすことが期待されます。さらに、NHCの母体環構造のさらなる構造修飾が可能になれば、より精密な電子状態のチューニングが実現すると考えられます。

本研究成果は2023年9月26日、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

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図1. 本研究の概要図

研究の背景

窒素が結合した一重項カルベンを含む環状化合物、通称「含窒素ヘテロ環カルベン(NHC)」は1990年以降、錯体化学や触媒反応化学、材料化学の世界に革新をもたらし続けてきた非常に有用な化合物です。NHCの環骨格には多彩な置換基を導入することができるため、「電子状態」と「立体環境」を独立に制御することが可能です。一重項カルベンは一般に、強い「電子供与性」と弱い「電子受容性」を併せ持つ独特な化学種で、その強い電子供与性を活用した研究が古くから展開されてきました。しかし近年、実験に加えてコンピューターを用いた量子化学計算の側面からも、実はNHCの電子受容性は無視してはいけない程度に強く働いていることが明らかになり「電子受容性の強いNHC」への関心が集まっています。

しかし現状では、NHCの電子受容性を高める分子構造のバリエーションが乏しく、それゆえに立体環境が大きく変化してしまうといった課題があるため、電子受容性の強さと立体環境の微細なチューニングを実現できる方法が強く望まれています。

研究の内容

本研究では、電気陰性度が最大かつサイズの小さいフッ素原子を多数持つ含フッ素NHCの開発について、合成から電子状態・立体環境の実験的・理論的研究、およびそれを支持配位子とする遷移金属錯体を用いた触媒反応へ応用しました。今回合成した含フッ素NHCはテトラフルオロエチレンやヘキサフルオロベンゼンといった1,2-ジフルオロアルケン類縁体から二つのフッ素原子の脱離を経て得ることができます(図2)。また、フッ素原子の小ささゆえに、カルベン炭素周辺の立体環境の変化を最小限に抑えつつカルベンの電子受容性を高めることに成功しました。さらに、NHC配位子を持つ金錯体を用いた求電子的な分子活性化を鍵とする触媒的変換反応において、含フッ素NHCが従来のNHCと比べて触媒の活性を向上させることを実証しました。

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図2. パーフルオロアルケンから含フッ素NHCを合成するまでの過程

期待される効果・今後の展開

本研究成果は、NHCおよびそれを配位子とする遷移金属錯体の電子状態と立体環境を独立してチューニングする新たな指針を提供するもので、パーフルオロアルケンの新たな利用法を開拓した重要技術です。今後さらなる構造修飾などを経て、配位子としてはもちろんのこと、触媒や発光材料への応用といった幅広い展開が期待されます。

特記事項

【発表雑誌】Journal of the American Chemical Society
【論 文 名】N-Heterocyclic Carbenes with Polyfluorinated Groups at the 4- and 5-Positions from [3 + 2] Cycloadditions between Formamidinates and cis-1,2-Difluoroalkene Derivatives
【著  者】Masato Ohashi, Kota Ando, Shoichi Murakami, Kenichi Michigami, Sensuke Ogoshi
【掲載URL】https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/jacs.3c06331

本研究は、科学研究費助成金 基盤研究(B)(課題番号16KT0057)、基盤研究(B)(課題番号17H03057)、基盤研究(B)(課題番号23H01964)、若手研究(課題番号21K14632)、卓越研究員事業の支援の下で実施されました。

用語説明

パーフルオロアルキル化合物(PFAS)

1つ以上の完全にフッ素化されたメチル又はメチレン基を含むフッ素化物質(perfluoroalkyl substances, PFAS)の総称(2021年OECD定義)。PFASは撥水性、撥油性、高い化学的安定性、耐熱性を示す反面、非常に高い難分解性をもつことから「永遠の化学物質」と呼ばれており、自然環境での拡散や生体内での蓄積が問題視されている。

パーフルオロアルケン

二重結合を含む炭化水素の水素原子がすべてフッ素に置き換わった化合物の総称。そのひとつ「パーフルオロイソブテン」は吸入すると致命的な肺水腫を引き起こす恐れがあるなど、パーフルオロアルケンは人体や生物への毒性が問題となっている。

含窒素ヘテロ環カルベン(NHC)

電子を6個しか持たない2価の炭素種「カルベン」が窒素と結合した構造を含む環状化合物のこと。

一重項カルベン

電子で満たされたsp2軌道と空の2p軌道を併せ持つ2価の炭素種のこと。電子の入ったsp2軌道が電子供与性、電子の入っていない2p軌道が電子受容性をそれぞれ示す。一方、sp2軌道と2p軌道に一電子ずつ持つものは三重項カルベンと呼ばれる。