クォーク4個から成る「純粋テトラクォーク」

クォーク4個から成る「純粋テトラクォーク」

加速器実験で見えた新粒子をスーパーコンピュータ「富岳」で解明

2023-10-20自然科学系
感染症総合教育研究拠点教授池田陽一

概要

理化学研究所(理研)数理創造プログラムの土井琢身専任研究員、初田哲男プログラムディレクター、リュー・ヤン研修生(研究当時)、京都大学基礎物理学研究所の青木慎也教授、大阪大学感染症総合教育研究拠点の池田陽一教授らの国際共同研究グループは、クォーク4個から成る純粋テトラクォーク状態Tccの性質を理論的に解明しました。

本研究成果は、素粒子クォークがどのように組み合わさった状態が物質として存在できるのかという、現代物理学の根源的問題の解明に貢献すると期待されます。

クォークは物質の基本構成要素となる素粒子です。これまで、クォーク2個から成る中間子、3個から成るバリオンが実験で観測されてきました。クォーク4個、5個、…といったそれ以外の組み合わせの状態が存在するかは長年の謎でした。しかし、2022年にLHCb加速器実験で発見されたTcc状態は、純粋にクォーク4個から構成されるテトラクォーク状態と考えられており、その性質の解明が求められていました。

今回、国際共同研究グループは、Tccについてクォークの基礎理論である量子色力学(QCD)に基づいた理論研究を行いました。スーパーコンピュータ「富岳」を用いた大規模数値シミュレーションの結果、Tccの構成要素としてD中間子とD*中間子の間に強い引力が働くことを明らかにし、この二つの中間子が結びつくことでテトラクォーク状態Tccが形成されることを解明しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(10月16日付)にEditors' Suggestion(特に重要かつ興味深い論文)として掲載されました。

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図. 純粋テトラクォークTccのイメージ図

研究の背景

物質がどのように素粒子から構成されるのか、どのような物質が存在し得るのかという問いは、物理学の最も根源的な問題の一つです。身の回りの物質を構成する原子核は、究極的にはクォークという素粒子から構成されることが分かっており、クォーク3個でバリオン(陽子や中性子)と呼ばれる粒子を構成し、バリオンが複数個集まって原子核となります。また、バリオン同士を結びつける引力は、湯川秀樹博士が1935年にその存在を予言したパイ(π)中間子と呼ばれる粒子に起因しており、中間子はクォーク2個で構成されます。

このようなクォーク複合体は総称して「ハドロン」と呼ばれ、現在までに約400種類もの状態が知られています。それらは、いずれもクォーク2個の中間子、3個のバリオンに分類されてきました。しかし、クォーク4個(テトラクォーク)や5個(ペンタクォーク)など、それ以外の組み合わせからなる新奇なハドロンが存在するかどうかは明らかでなく、素粒子・原子核物理学における長年の謎でした。

この状況は近年の加速器実験により大きく変わりつつあり、チャームと呼ばれる重いクォークを含む新奇なハドロンの候補が相次いで発見されています。中でも2022年に欧州原子核研究機構(CERN)のLHC加速器を用いたLHCb実験で報告されたTcc状態は、チャーム2個と反アップ、反ダウン各1個の計4個のクォークから構成されると考えられており、クォーク2個、3個では決して説明できない純粋テトラクォーク状態の初めての例として大きな注目を集めています。

このような状態がなぜ存在するのかを理論的に解明するには、クォークの基礎理論である量子色力学(QCD)に基づいた研究が必要です。しかし、QCDを紙と鉛筆による計算だけで解くことは、理論物理学の最先端手法をもってしても困難です。この問題は格子量子色力学(格子QCD)と呼ばれる手法によって解決され、大規模数値シミュレーションによるQCDの直接計算が可能になりました。さらに、2007年に石井、青木、初田によって提唱されたHAL QCD法注1)によって、格子QCDを用いてハドロンの間に働く力を決定することが可能になり、QCDから新奇なハドロンを解明する道筋が開かれました。共同研究グループではLHCb実験に先立つ2014年に、Tccについて世界初の格子QCD計算を行い、Tccを構成する粒子間に強い引力が働くことを予言していました注2)。しかし、当時は計算機性能の不足から、現実世界のシミュレーションは困難であり、実際にTcc状態が存在するかどうかは未解明な状況にありました。

注1) N. Ishii, S. Aoki and T. Hatsuda, “Nuclear Force from Lattice QCD” Physical Review Letters, vol. 99, p.022001, 2007.
注2) Y. Ikeda et al. (HAL QCD Collaboration), “Charmed tetraquarks Tcc and Tcs from dynamical lattice QCD simulations” Physics Letters B, vol. 729, pp.85-90, 2014.

研究手法と成果

共同研究グループは、Tcc状態が、D中間子(チャーム1個と反アップ(もしくは反ダウン)1個)とD*中間子(チャーム1個と反ダウン(もしくは反アップ)1個)の状態に分割できることに着目し、この二つの中間子の間に働く力を格子QCDで計算しました。

格子QCD計算は二つのステップから成ります。クォークがない状態でQCDがどのような性質を持つかを計算する部分と、その状態に(Tccに対応する4個の)クォークを付け加えた場合にどのような現象が起きるかを計算する部分です。最初のステップについては、一世代前のスーパーコンピュータ「京」を用いてすでに共同研究グループが大規模計算を完了していました。2番目のステップについても大規模な数値計算が必要で、これはスーパーコンピュータ「富岳」の能力を用いることで計算ができるようになりました。「京」から「富岳」へとつながるスーパーコンピュータ(スパコン)の発展を最大限に活用することで、これまで不可能だった、「ほぼ現実世界」に対応する状況(パイ中間子質量146メガ電子ボルト(MeV、100万電子ボルト、1MeVは約1.8×10-30kg))でのTccのシミュレーションを、世界で初めて行いました。

この結果、D中間子とD*中間子の間には、互いに引き合う力が働くことが分かりました(図1)。特に、距離が遠いときには、二つのパイ中間子がD中間子とD*中間子の間を飛び交って引力が働くことも分かりました。陽子、中性子の間では、距離が遠いときには一つのパイ中間子が飛び交って引力が働き束縛状態が構成されることが湯川博士の理論で知られており、今回の結果は湯川理論の新たな拡張ともいえる結果となっています。

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図1. スーパーコンピュータ「富岳」で計算されたD中間子とD*中間子の間に働く力
クォークの運動を記述する量子色力学(QCD)をスパコンで解くことによって、D中間子(チャームと反アップ)とD*中間子(チャームと反ダウン)の間に引力が働くことが分かった。距離が遠い領域では、二つのパイ(π)中間子がD中間子とD*中間子の間を飛び交うことで引力をもたらしている。

シミュレーションで得られた引力を基にD中間子、D*中間子がどのように振る舞うかを計算すると、2中間子が仮想的に結合するバーチャル状態が作られることが分かりました。さらに、「ほぼ現実世界」(パイ中間子質量146MeV)における計算結果を基に、「現実世界そのもの」(パイ中間子質量135MeV)でどうなるかを近似的に計算すると、D、D*の2中間子は、バーチャル状態から、真に結合した束縛状態へと変化することが分かりました。これはLHCb実験で発見されたTcc束縛状態と対応すると考えられます(図2)。また、得られたD中間子とD*中間子の間に働く力に基づいて、加速器実験においてTcc状態が生成される頻度を理論的に計算すると、LHCbの実験データと非常に近い結果を得ることができました(図3)。

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図2. 格子QCD計算で得られたTcc状態を結び付ける引力の強さ
横軸は、格子QCD計算で用いられたパイ中間子質量の自乗(2乗)であり、右側から左側に行くほど現実世界により近い状況に対応する。縦軸は、散乱長の逆数であり、上側から下側に行くほどD中間子、D*中間子間の引力が強いことを示す。Tcc束縛状態が存在するかどうかの境界線はユニタリ―極限と呼ばれる。一番右側の緑の点が2014年に共同研究グループが行った世界初のTcc計算結果。中間の橙、青緑の2点は他グループによる2022年の結果。左端近くの赤色の点が「富岳」を用いた今回の成果で、世界初の「ほぼ現実世界」での計算である。ユニタリ―極限ぎりぎりのバーチャル状態の存在が予言される。拡大図における左側の赤紫の+点が「現実世界そのもの」でどうなるかを近似的に予言した結果。ユニタリ―極限を示す線をわずかに下側に超えてTcc束縛状態が存在することを示しており、青の点で示されたLHCb実験の結果をほぼ説明できている。

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図3. 加速器実験においてTcc状態が生成される頻度
横軸は加速器実験で観測されるD0D0π+のエネルギー。縦軸は各エネルギーでTcc状態が生成される頻度を示す。今回得られた「ほぼ現実世界」における計算結果を用いると黒のバンドとなり、LHCbの実験データ(黒点)とおおよそ類似の振る舞いを示す。さらに「現実世界そのもの」に対応する近似計算をすると赤のバンドとなり、実験データをほぼ説明できる。中央上部の図は、今回の研究で明らかになったTcc状態の内部構造。

これらの結果により、Tcc状態は、D中間子とD*中間子が互いに引き合う力によりぎりぎり束縛する、あたかも分子的な状態として存在していることを、QCDから明らかにすることができました。

今後の期待

本成果により、クォーク4個から成る純粋テトラクォーク状態Tccの性質を解明することができました。またこの成果は、新奇なハドロンを量子色力学に基づいて統一的に解明する第一歩ともなるものです。

今回の計算では、スーパーコンピュータ「京」で得られた成果と、「富岳」で新たに行ったTcc状態の計算を組み合わせることで、「ほぼ現実世界」に対応する状況での結果を得ることに成功しました。今後は「現実世界そのもの」の状況において近似なく格子QCD計算を行うことが重要となります。すでに「富岳」を用いて計算を進めており、今後の成果が期待されます。

本研究で用いた手法は汎用的なものです。チャームクォークを含む状態に加えて、より重いボトムクォークを含む状態についての研究も進めることにより、クォーク4個、5個、6個、…といったさまざまな状態における新粒子の探索を進めていく予定です。これにより、クォークはどのように組み合わさり、どのような状態が物質として存在し得るのかという謎に対し、素粒子理論に基づく根源的な解明が進むものと考えています。

特記事項

<論文情報>
<タイトル>Doubly Charmed Tetraquark Tcc+ from Lattice QCD near Physical Point
<著者名>Yan Lyu, Sinya Aoki, Takumi Doi, Tetsuo Hatsuda, Yoichi Ikeda and Jie Meng
<雑誌>Physical Review Letters
<DOI>10.1103/PhysRevLett.131.161901

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「クォークから中性子星へ:QCDの挑戦(研究代表者:初田哲男)」「QCDから解き明かす重クォークエキゾチック粒子の謎(研究代表者:土井琢身)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「第一原理計算から明らかにする階層構造の発現機構(研究代表者:肥山詠美子)」、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで(課題責任者:橋本省二)」「シミュレーションでせまる基礎科学:量子新時代へのアプローチ(課題責任者:橋本省二)」、計算基礎科学連携拠点(JICFuS)による助成を受けて行われました。

用語説明

クォーク

物質を構成する最も基本的な素粒子。質量の軽い順に、アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)の6種類があり、それぞれが3種類のカラー(赤、緑、青)を持つ。またこれら計18種類のクォークのそれぞれに対応する反クォークが存在する。このうちアップ、ダウンクォークは核子の約300分の1の質量を持つ軽いクォークで、チャームクォークは核子の約1.4倍の質量を持つ重いクォークであり、それらの組み合わせから多彩な粒子が形成されると考えられている。

純粋テトラクォーク状態Tcc

テトラ(tetra)とはギリシャ語で「四つの」という意味であり、テトラクォーク状態とはクォーク4個から成る複合体をいう。このうちTccは、チャーム(c)2個(および反アップ、反ダウン各1個で計4個)を含むテトラクォーク状態のことである。一般に同じ種類のクォークと反クォークは一対で消滅できるため、テトラクォーク状態の候補のほとんどはクォーク2個の状態と混合してしまうが、Tccはそのような対消滅が起こり得ずクォーク数が決して4個未満にならないことから、純粋テトラクォーク状態とも呼ばれる。なお、Tccはティー・シー・シーと読む。

LHCb、LHC

LHCは、欧州原子核研究機構(CERN)に設置されている大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider)の略称であり、全周27kmとなる世界最大の衝突型円形加速器。主にATLAS、CMS、ALICE、LHCb実験が行われている。このうちLHCb実験は重いクォークを含む状態の実験に適しており、素粒子標準理論の検証や新奇な粒子(新奇なハドロン)の探索に強みを持つ。

量子色力学(QCD)

量子色力学は、原子核を構成するクォークとその間に働く強い相互作用を媒介するグルーオンが従う物理法則であり、素粒子の標準理論の一部である。南部陽一郎博士(2008年ノーベル物理学賞受賞)が1966年にその原型を提唱した。量子色力学によれば、クォークは単体で存在できず、常に数個のクォークが集まって複合体(ハドロン)を作ると考えられている。QCDはquantum chromodynamicsの略。

スーパーコンピュータ「富岳」、スーパーコンピュータ「京」

「富岳」は、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータ。2021年3月に共用開始し、計算速度は約442ペタフロップス。「京」は、「富岳」の前世代のスーパーコンピュータ。2012~19年に共用運用され、その計算速度約11ペタフロップスは、当時世界最高レベルの性能であった。ペタフロップスは計算性能の単位で、毎秒1,000兆回の浮動小数点演算ができることを表す。

D中間子、D*中間子、パイ(π)中間子

中間子はクォーク1個と反クォーク1個から構成される粒子であり、D中間子はD0中間子(チャームと反アップ)とD+中間子(チャームと反ダウン)の総称である。D*中間子も同様にD*0中間子(チャームと反アップ)とD*+中間子(チャームと反ダウン)の総称であるが、D中間子はスピン(粒子が持つ角運動量)と呼ばれる量が0であるのに対し、D*中間子はスピンが1であるという違いがある。パイ(π)中間子は湯川秀樹博士(1949年ノーベル物理学賞受賞)が1935年にその存在を予言した粒子であり、π+中間子(アップと反ダウン)、π0中間子(アップと反アップ、もしくはダウンと反ダウン)、π-中間子(ダウンと反アップ)の総称である。

ハドロン、新奇なハドロン

複数のクォークが結合してできる粒子を総称してハドロンと呼ぶ。通常はクォーク2個(正確にはクォーク1個と反クォーク1個の計2個)から構成される中間子、クォーク3個から構成されるバリオンに分類される。それ以外の構成(クォーク4個、5個、…など)から成る粒子は新奇なハドロンと呼ばれ、その存否は長年の謎であった。

格子量子色力学(格子QCD)

量子色力学を、時間と空間を4次元の格子状グリッドで置き換えて定式化する理論。ケネス・ウィルソン博士(1982年ノーベル物理学賞受賞)によって提唱された。モンテカルロ法などを使った大規模数値シミュレーションに適しており、量子色力学を近似なく計算できる。

HAL QCD法

格子量子色力学を用いることにより、ハドロンの間に働く力を量子色力学(QCD)から直接計算する理論手法。2007年に石井理修(現大阪大学核物理研究センター准教授)、青木慎也(現京都大学基礎物理学研究所所長)、初田哲男(現理研数理創造プログラムプログラムディレクター)により提唱された。その後、これら3人を含む共同研究グループ「HAL QCD Collaboration」によって、さらなる発展研究が行われている。HAL QCD CollaborationはHadrons to Atomic nuclei from Lattice QCD Collaborationの略称であり、Lattice QCDは格子量子色力学を指す。

現実世界のシミュレーション

量子色力学に基づくシミュレーションは、パイ中間子の質量で特徴付けられ、その質量が大きいほど容易に計算ができる。現実世界でのパイ中間子の質量は、約135メガ電子ボルト(MeV、100万電子ボルト、1MeVは約1.8×10-30kg)である(相対性理論によりエネルギーと質量は等価であるため、光速c=1とする自然単位系において MeVは質量の単位ともなる)。しかし、これまでの研究ではスーパーコンピュータの性能の限界から、その質量が数倍以上大きい、現実から離れた状況での計算しかできなかった。一方、今回のスーパーコンピュータ「富岳」を用いたシミュレーションでは、パイ中間子の質量を146MeVで計算することが可能となり、ほぼ現実世界と対応する状況での計算を実現した。

バーチャル状態、束縛状態

二つの粒子の間に働く引力が十分強いとき、2粒子は結合して束縛状態と呼ばれる新しい状態を作る。束縛状態が生まれるかどうかぎりぎりの境目はユニタリ―極限と呼ばれる。束縛しないときも、ユニタリ―極限に近いほどの強い引力があれば、バーチャル状態と呼ばれる仮想的状態が存在することがある。なお、2粒子間に働く力は散乱長と呼ばれるパラメータで特徴付けることができ、ユニタリ―極限は散乱長が発散する状況に対応する。